前編

文字数 1,868文字

 大学1年からバイトしてた老夫婦が個人経営している24時間営業のコンビニに、卒業と同時にそのまま就職。勝手がわかっている夜勤しか入らない。当時お世話になった教授や大学院生になった友人たちはたまに「論文終わらねえ」と言いながら眠眠打破を買いに顔を出してくるが、普通のサラリーマンになった友人たちとは時間も価値観も合わなくなり疎遠だ。

「2時か。5番入りまーす」
「はーい」

 5番はご飯の隠語で、休憩に入りますという意味だ。今日のペアは自分がバイト時代から居るベテラン男子大学生なので信頼している。ロッカーのタバコをとると、スタッフジャンパーを脱いで従業員入口前の喫煙スペースに向かう。

 タバコをくわえてSNSを開くとリア垢にはやれ結婚だやれ仲間と学会だと楽しそうな報告が並んでいるが、ここ数年ずっと独りの俺はスルーしてラジオ用に作ったアカウントを開く。

──今回は恋愛回にならずちゃんとコーナーに行けた!笑

──恋愛話だと新規の名前が呼ばれて、コーナーになると常連組の名前が呼ばれる。このまま交互にやれば何も文句でなさそう。

 大学受験の勉強を始めた頃から、7組のお笑い芸人が曜日ごとパーソナリティーを務める深夜ラジオが好きだ。でも、この仕事をしてからはリアルタイムで聴けることはあまりない。家に帰ってから聴き逃し配信を聴くとして、何の話をしていたかは調べておきたい。そして、大喜利等のコーナーで自分の投稿が採用されたのかも。……今日は、採用されたようだ。

 金曜日の芸人はすごく癖があるコンビだから採用基準がよく分からない。明日は男女トリオだが、これも自分とは真逆なパリピといわれる人種なので選ばれることはあまりない。一時期やっていた他の芸人をどうやったら自分の軍団に入れられるかというコーナーの時だけはよく読まれていた。

 ラジオネーム、星空ネイビー。適当に付けた割には気に入っている。投稿が読まれると「読まれましたね!」って反応が来るくらいにはSNSにフォロワーがいる。ほとんど呟かないのに、この口から出す煙のように自我のない俺に、何を求めているのだろう?

 タバコを1本吸い終え、まだしばらく休憩時間はあるが暇なのでパソコン業務をする。本当は良くないんだろうが、休憩時間にやることもないし無心になれてリフレッシュできてるし、自分なりの休憩ってことで見逃してほしい。

「すいません、ちょっと良いですか」
「どうしたー?」
「あの、先輩が好きなラジオの人が来てます」
「え、誰?」
「すいません、俺テレビ見ないから名前まではわからなくて」

 ミーハーなつもりはない。でも、気になってしまって覗きに行くと明日担当の男女トリオのチャラ男が来ていた。いつもの特徴的な色のスーツじゃなくてもオーラが出ていてわかる。プライベートっぽいし声をかけるか2人で迷っていると、目が合ってあちらから声をかけてくれた。これがチャラ男のコミュ力か。

「もしかして、俺のこと知ってくれてる感じですか?」
「あの、ラジオネーム星空ネイビーって言ったら分かりますか?」
「え、わかるも何もマブダチみたいなあれだけど。え、もしかして、まじ!?」

 勝手にマブダチ扱いされている。会ったことないのに。先程まで関心ないみたいな感じだった横の後輩が、マブダチと言った瞬間オモチャを見つけた犬のようにすごく目をキラキラさせている。なんか若さを感じてしまい眩しい。現実と同じように後輩からも目を背けて芸人の方を改めて見る。

「はい。自分です」
「うわー、まじかー、ちょっ、こんな気抜いてる時に会いたくなかったわー」
「あの、芸人さん時間あるならバックヤードで座ってお話したらどうですか? 先輩まだ休憩時間ですし」
「いや、勝手に部外者入れたら店長に怒られるだろ」
「先輩の知り合いで久しぶりに会ったけど、芸能人だから他の人に見られるのは良くないと思った。次回からは気をつけます。で、通しましょう!」

 あー駄目だ、こいつ変なスイッチ入ってる。暴走してる。怖くて右横が見られない。店内は流行りらしい陽気なBGMが流れていてすごく今の俺の感情と全く合っていない。

「後輩くん? キミもむっちゃ面白いね。最高。ネイビーも良いなら裏行きてえな」
「……従業員入口前の喫煙スペースなら、吸える場所探してるって言われたからでギリ許されるかもしれない」
「よし決まり。カゴの中の本とか後で買うね」
「承知しました!」

 後輩の見たことないニコニコ笑顔で見送られた。正直ネタはあまり見たことない陽キャ芸人と2人きりで、俺はいったい何を話せというのか。
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