後編

文字数 1,488文字

 喫煙スペースに着くと、長い襟足をくるくるとさせながら周囲をキョロキョロする姿は本当にチャラくて、理系の男しかいないような大学に居た自分には縁遠い人間だと思った。

「香り的にさっきまで吸ってた感じ?」
「そうですね。でも、もう1本吸います」
「付き合わせてごめんね」

 そう言うと、目の前のチャラ男は電子タバコをポケットから取り出した。自分も途中で寄ったロッカーから取り出したタバコに火をつける。いつもと同じ味のはずなのに、目の前の人物のせいかよくわからない味がする。

「数分だけキャラに合わない真面目な話していい?」
「良いですけど」
「ネイビーってさ、多分、夢とか希望とかあんまりないでしょ?」

 夢、希望。そんなものあったら、就活せずにバイト先にそのまま就職、なんてしなかっただろう。大学時代、就職課にも何度も呼び出されて何度も説得されたし、教授にも院進を勧められた。でも、当時の自分は、自分が何をやりたいかが何もわからなかった。正直今も分からない。なんて言葉を返すか迷っていると、相手が口を開いた。

「いつも横に居るギャル2人がね、そういう人間苦手なの。俺も田舎いた頃はネイビーみたいな感じだったから、ネイビーの投稿は親近感あるし面白いし好きなんだけど、ギャルはそういうの要らなーいみたいな。読むメール全部俺が選んでいいコーナー作ってもらった時はネイビーゴリ押しで選んでたんだけどね、もう終わっちゃったからさ。上手く言えないんだけど、ごめんね」

 とても深々と頭を下げて謝られた。傍から見たら俺が変な奴だと思われそうで、慌てて頭を上げてもらう。路地裏でファッション誌から飛び出したかのようにお洒落なチャラ男が、ジーパンに白ワイシャツのイモ男に頭下げてるって変な光景過ぎる。後輩でも見られたら、先ほどの調子だとなんて言われるか。

「そんな。気にしなくていいのに」
「気にするのよ。ネイビーのこと、俺は面白いと思ってるからまた投稿してね。あと、フワフワってボカすけどラジオで会ったこと話していい?」
「店名とか言われたらあれですけど、会ったくらいなら大丈夫です」
「ありがとうね」

 話題が一区切りつくと、無音の時間が始まる。芸人の方を見ると、携帯で何かを入力していた。ラジオでモテるって言っていたし、女とやり取りでもしているのだろう。画面を見るのは良くないと思い、自分の足元に視線を動かす。正社員になってからずっと履いている、穴もあるボロボロのスニーカー。店長に昨日新しいの買いなさいって言われたな。誰も俺なんか見ないだろうに。

「ネイビーはしばらくここで働く?」
「そうですね。しばらくはここに居ると思います」
「ギャルがここ来てみたいって言ってるから、店の場所教えても良い?」
「基本毎日いるんで大丈夫です」
「……それって法律的に大丈夫なの?」
「週1は確実に休んでるんで多分大丈夫です」
 
 法律なんてわからない。ただ自分1人が生きていける分の金が貰えればそれでいい。生活費以外に、タバコと仕事で着るワイシャツとジーパンが買えるくらいの金があれば。

「ギャルから居ないんだけどってLINE来たらウザいだろうなー。まーその時はこっちで適当にあしらうわ。明日午後から仕事あるし、そろそろ帰るね」
「あ、案内しますね」
「良いよ、まだ残ってるでしょ。それ吸ってから仕事戻りな。後輩くんには俺から言っておくから」
「ありがとうございます」
「楽しかった。また来るわ」

 この場を去っていく後ろ姿がかっこよかった。自分はきっとあの芸人と同じ30歳になってもこんな風にはなれないだろう。……そもそも30歳まで生きてるんだろうか?
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