ホンモノに出会ってしまった話し

文字数 1,951文字

 わたしが占いにハマったのは小学生の時だった。
 きっかけというきっかけはよく覚えていない。
 月刊漫画誌に載っていた星座占いの記事を切り抜き、自宅の机に貼っていたくらいには興味を持っていた。
 そのときはまだ従順に自分の運命を切り開こうとしていたのかもしれない。

 でも、占い師を名乗るひとはこの世の中にたくさんいて、だいたいどんな雑誌にも占いが載っているものだった。
 学校帰りに近所の書店に立ち寄り、発売されたばかりの雑誌を見つけると占いのコーナーだけを立ち読みして帰って行った。
 血液型占いや動物占い、九星気学、ホロスコープ、その他、占いと名のつくものならなんでも。

 高校生になり、バイトしてちょっとした収入が得られるようになると、占いアプリをいくつもダウンロードして毎朝チェックするのが日課になっていった。
 それはもはやルーティンワークで、天気予報を見て傘を持って行けと声をかけてくる母親と大差がなかった。

 そのうち不特定多数に向けた占いでは飽き足らなくなって、占い師に対面して見てもらおうと意を決した。
 そこは店構えは普通のカフェなのだが、占い師が常駐しているところだった。
 おしゃれで入りやすそうだったし、最悪、コーヒーだけ飲んで帰ればいいとも思っていた。

 入ってみると、客がまばらにいて、完全な個室ではないのも安心感を覚えた。
 占うスペースは店の奥、籐で出来たパテーションの向こう側であった。
 注文を取りに来たウェイトレスに占ってもらいたいことを告げると、先生を呼んでくるのでパテーションの裏で待っているように言われた。

 当たっているとか当たっていないとかそんなことより、わたしはその占い師にとてもいい印象を持った。
 これなら占いも怖くない。
 もっといろんな占い師に出会いたかった。

 ネットで占い師の評判を調べ、完全に自分自身のインスピレーションで占い師の店をいくつも回っていった。
 通りに面した軒下のような場所だとか、占い師が何人も常駐しているまさに占いの館みたいなところもある。
 タロットに水晶、手相、姓名判断、口寄せ、大きなインコが登場したり、小豆のようなマメをかき混ぜたり、占い方はそれこそ千差万別なのだが、通い詰めてみると、どういうわけかみんないっていることが同じような気がしてきた。
 多数の人に向けて書かれた雑誌やアプリよりも、自分ひとりに向けて丁寧に占った方がボキャブラリーに変化がないのである。

 だからわたしは変な気を起こして自分を偽ってみようと思ってしまったのだった。
 何軒も回っているので覚えてない店もあるが、なんとなく一番はじめに占ってもらったカフェの占い師のところへやってきた。
 前髪を切りそろえた長い髪の女性を見て、そうだ、この人だったとわたしの方は覚えていた。
 占い師は一瞥しただけでこれといってなにもいわなかった。

「今日はなにを?」
 と、初回とも2回目ともとれる尋ね方をした。
「仕事のことで……」
 学生だけどわたしは勤め人のふりをして適当に話しを進めた。
 占い師はタロットをかき混ぜて相づちを打ちながらテーブルに並べていく。

「ふんふん、大事なことを任されているのね」
 見当違いなことをいっても、わたしはいちいち驚き、その通りだ、どうしてわかるの、そんなことをいって話をあわせた。
 でたらめな占いに金を払おうとしている自分は、気でもふれているかと自嘲したくなった。

 淡々と話しを進めていた占い師だったが「あとはそうね……」と言いよどんだ。
「暗い夜道は気をつけた方がいいわ。特に、こんな細い三日月の夜はね」
 占い師は唐突に仕事とはおおよそ関係のないアドバイスを口にした。
「え? なんですか?」
 わたしは思わず聞き返した。
「ちらつく街灯の下は気をつけないと」

 最寄り駅から自宅までの道すがら、確かに、チラチラと点滅している街灯がある。
 思い返してみれば、大学生になってひとり暮らしをするために今のところへ引っ越してきてから、ずっとちらついているような気がする。

「それはどういう意味ですか」
「一回目に見たときから気になってたの。怖がらせるつもりはないんだけどね。街灯がちらついているのは、あなたが通ったときだけのようなの」
 占い師は人のよさそうな笑みを浮かべ、タロットを裏返しに並べ直した。
「これはサービスよ。あなたの最後を占ってあげましょうか」
 わたしは急に怖くなって慌てて断り、店を後にした。

 あの占い師は適当なことをいってわたしをからかったのだろうか。
 とてもそうは思えない。
 わたしはこのとき、初めて占いというものを信じたのかもしれなかった。
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