第1話

文字数 998文字

 「ここにしよう。」と入ったその居酒屋は東京駅構内にあった。
 時は2019年9月のある日曜日の昼過ぎ、2日間に及ぶ仕事の全国会議が解散した後で、その日のメンバーは自分と、同じく仲間2人の計3名だった。お互いに気心のよく知れた、価値観や苦労を共にする酒飲み仲間でもある。
 「おや?」席について3人ともすぐに気が付いた。テーブルの上にお品書きしか載っていない。箸も醤油や塩、胡椒、七味、爪楊枝など一切ない。お品書き以外に何もないのだ。開店の準備中かと思ったがそうでもなさそうだ。
 メニューはつまみ、料理、日本酒など豊富な品揃えだった。
 注文した刺身の盛り合わせが出てきた。若い店員はそこで初めて箸と箸置き、取り皿を銘々に配って曰く、「刺身には味付けがしてあります。何もつけずにそのままお召し上がり下さい。」と。成る程、だから調味料は何も置いていないのか…。客の味覚に対して挑戦的な言葉だったが、刺身は薄い塩味で美味しかった。
 山形の日本酒の上喜元(じょうきげん)を2合注文した。髪を金色に染めた若い店員が、先ず江戸切子のデカンタとぐい呑みを3個持ってきた。次に一升瓶のラベルを皆に見せてから、テーブルで一升瓶からデカンタになみなみと上喜元を注いでくれた。酒飲みにはこの上なく嬉しい仕草だった。江戸切子のぐい呑みで飲む、きんと冷えた吟醸香のある辛口の酒は、爽快で美味しかった。
 そしてメンチカツを注文した時だった。「一人前2個」とのお品書きに思案していると、腰パンにエプロンをした店員がすかさず、「メンチは3個でも注文できますよ。」洞察力と臨機応変な対応に感心した。
 店のスタッフは皆、若く、それぞれ個性のある今風の恰好をしている。オープンキッチンの中では4人の若者が真剣な顔をして調理していた。
 自分がよしとする価値観や生き方、大事にする「こだわり」を若い人達に感じた時が、世代交代の時ではないかと思う。

 さて写真は、羽越本線下り貨物列車を牽引する機関車 EF510 である。

 最近、撮り鉄の中で機関車に凝っている。長い貨物列車を牽引する機関車の力強さを撮りたかった。撮影の場所は西袋(にしぶくろ)―余目間で、自分の足で探し当てた秘密の場所で、望遠レンズと絶妙の立ち位置の組み合わせで決まる。
 趣味は奥が深い。どんどんはまる。
 プロにはあるが、趣味には世代交代がない。そこがプロと趣味の違いだと思う。
 んだんだ!
(2019年9月)
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