第2話 怪物とニンゲン

文字数 1,142文字

 俺はスティーブと呼ばれていた。名前なんかどうでも良かったが、ニンゲンってのは言葉を介して万物を理解する。だから、俺を理解するためには、とりあえずなんでも良いから名前が必要だったんだろう。
 俺はニンゲンじゃないからその辺の感覚はわからない。でも、先生が言っていたから本当なんだと思う。先生はニンゲンに詳しい。
 昔、俺がニンゲンって面白いなと言ったら、先生はニンゲンの生態とか社会のルールとか色々教えてくれた。無知は良くないことらしい。俺や先生みたいな強いヤツは、自分の行いに気をつけないといけないんだとか。正直これもよくわからないけれど、先生が言うんだから正しいんだろう。
「おい、ニンゲン」
 俺はさっき手に入れたニンゲンに声をかけた。何と声をかけたら良いかわからない。なるほど、こういう時は確かに名前ってのがあった方が便利だな。コイツは正しくニンゲンだが、1対1で会話をするってのに種属名で呼ぶのはちょっと違う気がする。
「お前、名前は」
 本人に聞いてみる。だが、返事がない。ざっと15ヶ月コイツのことを見てきたが、コイツは他のニンゲンに比べて鳴かない個体のようだった。でも、それにしても静かだ。
「おい答えろ。名前、なんていうんだ」
 顔を叩くと、嫌そうに唸った。なんだ、声は出せるじゃないか。
「おい!俺様が聞いてるんだぞ!答えろ!」
 もう一度尋ねると、ソイツはふるふると首を振りながら小さく体を折り畳んだ。なんか嫌がってないか?名前を教えろと言っているだけなのに。うーうー唸って……まさか威嚇してるのか?唸るのは、ニンゲンじゃない別の生き物の威嚇行動じゃなかったけ。
 わからない。そうだ、わからないことは先生に聞こう!
「ニンゲン、先生のところに行くぞ!先生は物知りなんだ。きっとお前のことも教えてくれる」
 提案するが、ニンゲンは寝たまま丸まっている。先生がどんなすげぇヤツか知らないから会いに行く気にならないのだろう。それか、先生の住処を知らないから出発できないか。仕方がないのでニンゲンを持ち上げる。
「うぉ!?」
 ニンゲンの下に腕を差し込んだら、すごい量のべとべとに触ってしまった。赤、青、それと紫。生温かい粘液が爪の隙間に染み込んでくる。
 青いのは毒だ。ニンゲンが使う毒。嫌な臭いがして、体の中に入るとピリピリ痺れて動けなくなる。赤いのも知ってる。見たことがある。だが、おかしいじゃないか。
「なんだこれ、お前の血か?まだ止まってないのか?」
 コイツと戦って、大勢のニンゲンに邪魔されたのはもう6時間前だ。あんな銃撃の傷は2分もあれば塞がるだろうに。コイツはそれができずに今までずっと痛がっていたのか?
「クソ!そういう大事なことは早く言え!」
 俺はニンゲンを抱えて先生のもとへ急いだ。
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