第1話 親友の手紙

文字数 2,023文字

神様へ

 どうもこんにちは。居るかどうかわからないあなたへ言うのはちょっと考えものだけれど、今、わたしは怒っています。なぜなら、大切な友達をなくしたからです。不器用だけれど優しい子でした。どうしてあの子があんな酷い仕打ちを受けなければならなかったのでしょう。許せません。絶対に。
 あの子がどんな人物だったのか、何が起きたのか、あなたは知らないでしょうからこの手紙に添えておきます。
 どうかあなたが心を痛め悲しみに打ちひしがれますように。

マーチの親友 ヒュナより

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 その怪物はスティーブと名付けられました。第一発見者であり最初の犠牲者である男性の名前にちなんでつけたそうです。わたしはこれも嫌いです。これでは人間のスティーブは怪物に命だけでなく名前まで奪われたみたいでしょう?
 ですが便宜上、その怪物のことは今後スティーブと呼ぶことにします。
 怪物スティーブは気性が荒く、喧嘩が好きでした。破壊衝動の赴くまま、大樹を倒し岩山を砕き、そして木や岩にしたのと同じことを人間にもしました。
 やがてスティーブは人間に興味を示しました。人間は木や岩と違い抵抗します。それが面白かったのでしょう。
 スティーブはたくさんの人間を壊し、その過程で人間の行動パターンや言葉を学習しました。姿形も、初めは出来損ないのスライムのように不明瞭でしたが、すっかり成人男性のそれに形成されました。スティーブの推定年齢は2歳ですから、外見と不釣り合いでますます気持ちが悪いです。
 時は遡りスティーブがまだ0歳7ヶ月だった頃、討伐隊が組まれました。あの子とわたしもその隊員でした。
 あの子は剣の名手でした。背はギリギリ150cmある程度でとても体格に恵まれたとは言えませんが、人一倍すばしっこく、敵の懐に飛び込み一瞬の隙を突くのが上手でした。
 強かったあの子は、スティーブに一太刀浴びせることに成功しました。たった一太刀と思うかもしれませんが、怪物相手に生き延びただけでも称賛に値するというもの。それほどにスティーブは尋常ではないパワーをもっていたのです。
 生まれて初めて傷を負ったスティーブは、滴る血を舐め言いました。「お前、イイな」と。
 それまでギョロギョロと狂ったように動き回っていた目玉があの子を見つめ、もっと情報を得ようとしたのか、眉の辺りにもう1対目玉が開きました。つくづく気持ちが悪い怪物です。
 その直後、撤退命令に従いわたしたちは引き返しました。追って来ようとした怪物は、爆弾の雨に行く手を阻まれました。
 そこで止めれば良かったのです。止めていれば、あの子は怪物の手に落ちずに済んだのに。
 あろうことか討伐隊はあの子を最前線に送り込んだのです。スティーブと渡り合えるのがあの子しか居ないから、というのが隊長の言い分でした。
 ああ、可哀想なマーチ。わたしの親友は、怪物をおびき寄せるエサにされてしまった。怪物スティーブが猛威を振るって2年が経ち、なりふり構っていられなくなってしまった。討伐隊はマーチに数え切れない程たくさんの期待を背負わせ、そして使い捨てたのです。
 その日、マーチはスティーブを気を引くため1対1の戦いを申し込みました。スティーブは組み手が大好きでしたから、喜んで誘いに乗って来てそれはそれは楽しそうにマーチと手合わせしました。
 10分程度して完全にスティーブがマーチに集中した頃、周囲を取り囲んだ狙撃兵が一斉射撃しました。さすがのスティーブも反応が遅れ、攻撃をかわせませんでした。いいえ、きっと単に不意をつかれたからではありません。スティーブもショックだったのでしょう。討伐隊の狙撃兵が、仲間であるはずのマーチを撃ったことが。非情な行いが。
 スティーブを狙った攻撃は、当然ながら近くに居たマーチにも命中したのです。あの小さな背中に対怪物用の銃弾がいくつも食い込み、彼女の隊服は薬品の青と血液の赤が混ざったグロテスクな紫に染まりました。
 マーチの体が地面に倒れようという時、スティーブが腕を伸ばし抱きとめました。
 紫のべとべとで腕を濡らしながら、怪物は叫びました。「邪魔すんじゃねぇ人でなし共が!」と。スティーブはマーチを抱えて逃走しました。
 人々は怯んでその場を動けませんでした。いち早く我に返った隊長も、追跡命令を口にすることはできませんでした。なぜなら、わたしが斬り伏せたから。
 赤い血溜まりが広がっていく映像が、先刻見た紫と重なります。ああ、あなたも紫になれば良かったのに。
 立派な反逆行為でしたが、いざ実行してしまえば呆気ないものでした。
 上官殺しの罪でわたしはもうすぐ処刑されます。他に優先すべきことがあると思うのですが、混乱した人々はとにかく血を見たいようです。もうあまり時間がありません。
 さいごに、神様。勇敢で可哀想な、小さな背中を見かけたら伝えてください。
 待っていて、マーチ。すぐそっちに行くから。

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