第3話 被命、それから……

文字数 922文字

 意識の間をクラゲのように漂っていた。
 私は内陸育ちで海を知らないが、時折その絵本でしか見たことのない水生生物に憧れを感じていた。いつか彼らのように優雅に泳いでみたい。そう願う反面、私の両足は相変わらずひび割れた大地に刺さったまま。
 戦いの場で育ち、ずっと訓練と実践の日々を生きてきた。
 私の使命は、戦うこと、命令に従うこと。非常にはっきりしている。そこに好き嫌いの感情が入る余地はない。
 怪物と戦うことだって、命令ならば従うまで。
 スティーブと呼ばれる件の怪物は、膂力こそ人間離れしていたが純粋無垢な子どもを思わせる行動原理を持っていた。彼には高低も大小も善悪もない。面を打たれれば後退し避け、胴を突かれれば横に跳んでかわす。敵の行動に呼応しているだけ。何も複雑なことはない。それこそ、討伐対象にしなければならないほどの悪意など、これっぽっちも。手合わせするうちに悟った。
 彼もクラゲだった。波にさらわれ揺蕩うだけ、虚ろで寂しくて目が眩むほどに自由な存在。
 彼の方も何か悟ったらしく、私を判別しわざわざ勝負を仕掛けて来るようになった。
 クラゲ同士、虚しい戦いが続いた。だが、やがて執着を覚えた彼の剣は重くなっていった。剣撃にせよ装備にせよ、小柄な私にとって重たいことは良くないことだ。次第に受け流すのが難しくなった。そして、見上げる程に大きく筋骨隆々な彼にとっても重たいことは良くなかったらしい。
 1年半前、初めて拳を交えた日と比べて、彼の動きは鈍くなっていた。
 彼は我々の作戦にはまった。私という餌に釣られて包囲された。青い銃弾の雨に、岩のような巨体が沈められていく。近くに居た私も沈んだ。雨は降り注ぐ場所を選ばない。
 そう、それでいいの。
 戦いが終わるなら。役に立てるなら。私は何の役でもいいの。
 最期の瞬間、目の無いはずの彼と視線が合った気がした。

 静かな場所だ。静か過ぎて耳が痛い。わんわん響く耳鳴りに似た幻聴が、どうしてかあの怪物の声に聞こえた。何か、叫んでいる。誰かに、訴えかけている。
 悲痛な叫びだった。
 どうしたの。何があったの。
 聞いてあげて、答えてあげて。
 名前も知らない誰かに祈りながら、私の意識は更に深く沈んでいった。
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