8000文字Ver 第3話 僕らの旅立ち

文字数 2,339文字

「監視してたんですか!?」
「何も君を監視していたわけではない。被害者のベス氏の同意を得て、モニタリングさせて頂いている」

ベスさんは、この人たち断っても保証のためだって諦めないんだよね、と困った顔で頷く。

「なるほど、氏が健康調査を拒否する理由と検証に近づかない理由を理解致しました。イヴィが反応しないよう隠しておられたのですね」
「まあそれもあるかな」
「わざわざ口に出されたということは、献血等によるイヴィの採取にご協力頂けるということでしょう?」

あれ? ひょっとしてベスさんは僕を気遣って言い出してくれたの? でもちょっとまって、イヴィに汚染ってつまり

「えっと、あの」
「夕方屋、これは我が社と氏との取引だ。遠慮願う」
「でもね、俺がお願いを聞いてほしいのは夕方屋さんのほうなんだ。夕方屋さんに専属になってもらって一緒に旅がしたい」
「それが無理なことはご理解されているでしょう?」

ダトゥワイさんは細い眉を潜めて切り捨てる。
なんで僕? 僕は立場的に難しい。もっと適切な人なんてたくさんいるはず。

他の世界を経由して拒否した世界から再侵略をうける、そんな事態を警戒して、転移技術を持つナビゲーターの移動は厳しく制限されている。
それにベスさんが利用するような個人クーポンは、転移先で転移者同士が共謀したり争ったりしないよう、転移者に対する認識阻害制限がかかってる。だから別々に転移しても家族とか例外を除いて認識できない。

「うん、だからお願い。俺は死んじゃうかもだし、被害者の死体を使ってゲートを開けて莫大に儲けるのは外聞悪いんでしょう?」
「ではすぐに除去して治療を行いましょう」
「それ、無理なんだよね」
「ベスさんなんで黙ってたんですか? 半分も汚染されたらもう……無理でしょう?」

僕の叫びにダトゥワイさんは首を傾げる。

「どういうことだ、夕方屋」
「ベスさんはリトゥーリ人だからイヴィにとても弱くて、1度汚染されたら助かりません。半分も汚染されてるなら、……もう無事なのは核くらいです」

僕が事前に受け取ったベスさんの情報から明らかな事実。
驚いて、それから悲しくて、思わず涙が頬を伝う。
どうしようもないってわかってたから、気にしなくていいって、いってくれてたのかな……。
ダトゥワイさんも絶句した。

「偉い人なんでしょう? 核だけでも夕方屋さんが運んでくれないかなってちょっと思ったんだ、まあ俺も随分長生きしたし、夕方屋さんにも悪いからダメなら諦めるけど、その時は俺の死体は夕方屋さんにあげるから功績に少しプラスしてあげて? たくさん心配してくれたから」

ベスさんは優しく微笑んだ。

「……私の方は対処可能でしょう。夕方屋さんをわたくしの直属とします。監査官の部下として特定対象の監査という名目であれば除外事由となります」

ダトゥワイさんは言葉を切って、躊躇いげに僕とベスさんを交互に見る。

「しかし夕方屋さんはそれで、よろしいのでしょうか? ベスさんと一緒に世界を渡るという意味を、ご理解されているのですよね」

僕の心はもう決まってた。
そもそもベスさんがこうなったのは僕のせい。僕はなんとかベスさんの役に立ちたい。
でも情報ではベスさんはすでに設定された家族がいるから、僕は家族にはなれない。そうなると方法は1つ。僕もナビゲーターだから、その意味はわかる。
それにベスさんのせっかくのお誘い。異世界旅行はもともと僕の夢。普通なら迷うだろうけど、僕はなら、迷わない。
僕は大きく頷いた。


ダトゥワイさんの動きは早かった。
その日のうちに僕は配置転換され、ベスさんの監査が任務になった。といっても書類上の話で、僕はずっと地球にいたままだったんだけど。それからベスさんは自分の体と引き換えに、会社から使用回数無制限の一般クーポンを1枚勝ち取った。

ベスさんはイヴィに汚染された身体を捨てて核だけが取り出され、僕の右眼窩におさまった。
一緒に異世界を渡る方法の1つ。同じ1つの生き物になればいい。共生体の種族が使う方法だ。僕はこれから、ベスさんと一緒に生きる。同じ体を使うようになって、僕はベスさんといろいろ話をした。

「これ、俺の家族の風景。この風景があるところに家族がいるはずなんだ。でも俺じゃ色の区別がつかなくて困ってた」

ベスさんは僕の体を使って鞄から夕焼け色の結晶の入った瓶を取り出す。
ベスさんは突然いなくなった家族を探して途方も無い年月、世界を渡っていた。途方もなさすぎて、家族がどんな人だったかも忘れるほどで、ほとんどあきらめて、このまま死ぬのも運命かなと思ってた。でもカウンセリングの時、僕の作業場で結晶が入った瓶を見て、最後の希望を見出した。

「ナビゲーターの夕方屋さんなら、この結晶がとける景色を見つけられるかなと思って」

瓶の中の結晶は複雑な色に煌めいた。

「大丈夫です、僕はきっとこの夕方を見つけます」

用意が整ったとダトゥワイさんから連絡があった。

ちょうど時刻は夕方で、目の前のオレンジ色の夕焼けに『透明』が満ち溢れていく。
ベスさんの小瓶から流れる『透明』な結晶はさらさらと風景に溶けていき、ブゥンという小さな音とともに転移のゲートが開かれた。
僕自身の結晶も、他のナビゲーターが同時に違う場所で夕焼けに溶かしてくれている。

ベスさんは夕焼けを探して世界を渡る。
僕も世界の色が切り替わる時間、夕方が大好きで、色んな世界の夕焼けを見て回ることが子どもの頃からの夢だった。
これから2人で世界を渡ってたくさんの夕焼けを探そう。

「夕方屋さん、これからよろしくね」

僕の頭に声が響く。
こちらこそ、と僕らしかいない風景に小さく語りかける。

開いたゲートに一歩足を踏み込み、超える。
お世話になった地球にさよならをして、新しい夕焼けを探しに。
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