8000文字Ver 第2話 ベスさんを旅立たせるために

文字数 3,083文字

大きな会議室では技術主任と現地調整担当官の議論が続いている。

検証の結論。
地球で『透明』を再現するためには、世界の境界で再び次元流を発生させる、つまり事故を再現するのが一番確実だという結果が得られた。でも、それって今の地球の技術じゃ不可能。

「技術的には容易なはずだ。地球の物理法則は既に解明されている。こちらの世界との技術の互換は可能だ」
「技術的な話じゃない。こちらの技術を一方的に地球に流せば、将来的に地球世界に侵略とみなされる可能性があるってことを言っている。その場合、世界同士が敵対関係になって、こちらの世界からの転移を地球に拒絶される可能性がある」

僕らの世界でもあった歴史。ある異世界の人たちは僕らの世界を文明的に支配しようとした。だから僕らはその異世界との関係を拒絶した。
そこに財務官が発言する。

「そうだ。そうすれば地球への航路自体が消滅する。航路の開設にいくらかかったと思ってるんだ。問題外だ」

議論は紛糾し、何度も重ねられた。
結論は、次元流を地球の技術で再現すること。でも、僕らの技術は使えない。地球の人たちの手での再現が必要。
そんなこと、可能なんだろうか。

みんなが頭を抱えた6回目の会議、その日から会議に参加した監査官のダトゥワイさんが口を開く。

「地球の技術で次元流を起こせばよろしいのでしょう?」

静まり返った部屋に澄んだ声が響く。
でも、それはこれまでさんざん議論してきたこと。現地調整担当官がいつものように苦々しく口を開こうとするのをダトゥワイさんは手で遮って続きを紡ぐ。

「これまでの議論の経過は拝見しております。ようは、地球が自らの世界のものと認識する方法での干渉であれば問題はないということではありませんか」
「それはそうですが……議事録を読まれているのであればその方法で行き詰っているのはおわかりでしょう」
「ええ、そして何故そこで止まっているのか疑問に思って本日参じました。皆様、我が社の業務は何でありましたでしょうか。夕方屋さん、あなたのお仕事はなんでしょう。それこそ、あなたがここにいる意味ですよ」

ダトゥワイさんは長い指を僕に向ける。
僕は突然のことに混乱する。参加はさせてもらっていたけど、技術的なことも政治的なことも全然わからなかったから、発言なんてしたことなかった。会議の参加者は、みんな僕の存在に初めて気づいたかのように僕を見た。

「えっと、異世界転移のナビゲーターです。お客様を地球世界に紐づけます」

その瞬間、参加者たちの目が大きく見開かれた。

「夕方屋さんのお客様は地球に今、地球の存在と誤認されています。それであれば、その方々のご協力を賜れば、地球に不当な干渉とみなされることはないでしょう。夕方屋さん、今、地球のあなたの管轄に長期滞在のお客様は何名おられますか」

ますます強まる視線に、心臓がキュッと鳴る。

「えっと、今16名の方を担当しております」
「なるほど、夕方屋さんの顧客満足度は極めて高いと伺っております。その方々にご協力頂くことは叶いましょうか」

少し考えて、ドキドキする頭でお客さんの顔を思い浮かべる。
僕はお客さんの地球での生活に問題はないか定期的にカウンセリングを行なっている。
みんないい方ばかりで、仲良しだと思う。

「協力の内容によるかと存じますが」

ダトゥワイさんは赤い唇を緩やかに上げて、なるほど、とつぶやく。

「では、ご無理のない範囲でご協力を賜りましょう。謝礼は転移3回分の最高ランクのクーポンで如何でしょう。被害者の方には追加で2枚を」

会議室全体がゆれるようにざわめいた。
それはそうだろう。最高ランクのクーポンは超上級層でもなかなか手に入らない幻の品。50枚なんて、新しい転移ルートを開拓するのと同じくらいの莫大な費用。
財務官は悲鳴を上げる。

「明らかに赤字です! 断る顧客がいるとは考えられません。50ものクーポンを配るおつもりですか!?」
「勘違いをされていらっしゃる。これは当社の千載一遇のチャンスでもあります。天文学的確率の事故すらリカバリが行える。上級顧客の求めるものは安全性。これ以上の先行投資先と宣伝効果が見込めるものはありましょうか? わたくしの立場では、十分な利益が見込めると判断いたします」

鶴の一声で、地球の技術改革を推し進める一大プロジェクトが発足した。

僕はさっそくお客さんに連絡した。報酬があまりに破格だったので皆さんに諸手を上げて協力をお約束頂けた。
肝心のベスさん以外。

ベスさんはそもそも変わった人だった。
事故で一番被害をうけてるのはベスさんなのに、申し出を断った。あまつさえ、会社に救済を止めるように掛け合ったらしい。
迷惑かけてるみたいで申し訳なくて嫌、と困った顔をした。
会社からは、この計画は今後同様の事故が発生した際のリスク管理で、成功しても利用するかはベスさんの判断に委ねる、と言われてしまったらしい。

「そうまでいわれると、もう何も言えないよね」

でも、ベスさんはこのままじゃずっと地球にいることになる。家にも帰れないし、僕としては会社の意見に賛成なんだけど。
だから僕は会社の指示に従った。
僕のお客さんの大半は人間の生活に溶け込んで暮らしている。その人間関係を技術の発展につながる方向に少しだけ向けて、それとなく情報を流してもらう。この地球の情報網、インターネットにも僕らの技術を少しずつ流す。
現地調整担当官の意見も聞きながら慎重に。

これらの情報によって、地球の技術は最初はゆるやかに、そして一定を超えたら目に見えて爆発的に発展し、とうとう次元流を制御するための諸条件が整えられた。

けれども、ただ1つ、次元流を呼び寄せるための誘因物質だけがみつからなかった。
次元流は世界と世界の間を流れていて、もともと地球にはないもの。次元流を近くに呼び寄せるためには『イヴィ』という物質が必要だ。僕らの世界には普通にありふれていた存在だっただけに、僕らにとっては盲点だった。というか、今は厳重に管理されているけどイヴィがたくさんあったからこそ、イヴィを求める異世界からの侵略を受けていたんだから。

あと一息と沸き立っていた僕らは、想定外の頓挫に再び途方にくれた。
流石に存在しない物質を持ち込んで世界に穴を開けるのは、どう考えても敵対行為。

カウンセリング時、僕は重い気持ちでベスさんに報告する。

「夕方屋さん、俺、本当に気にしてないんだよ」
「そういっても地球から出られないんですよ?」
「なるようになるし、ならなかったら仕方ないし」
「でも、僕はせっかくだから幸せな転移を提供したいんです。結局……無理のようで悔しいです」

ベスさんは少し困った顔で僕を見て、うーん、と首を回して壁の一点に目を止めた。それから僕のカウンセリングの間中、悩むように逡巡して、最後にためらいながら口を開く。

「夕方屋さんさ、進捗は当事者だから聞いてるんだけど、ようは地球にイヴィがないんだよね?」
「そう聞いています。あまり詳しくはないのですが」
「前にも聞いたけど、夕方屋さんは異世界旅行したいんだっけ」

「本当は色々行きたいんですけどお金かかるし難しいですよね。だから勉強してナビゲーターの資格を取って地球にきました」
「じゃぁお願い聞いてくれるかな。……俺、今、半分くらいイヴィなんだ」

えっ? 
何故か少しためらうようなベスさんの表情と話のつながりがわからなくて混乱する。

「隠してたけど次元流に巻き込まれた時に汚染されたみたいで」
「対価はいかようにもお支払いいたします」

突然の背後から聞こえた声にも混乱して振り返ると、ダトゥワイさんが立っていた。
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