絶対なんてないものね〈上〉
文字数 1,703文字
放課後、学校からほど近い図書館に行ってみると自習スペースは満員だった。教室では何かと気が散るし、校内の図書室はというと梅雨の湿気が災いしてか空調が壊れていた。他の学生たちも同じ気持ちで図書館へ流れたのだろう。行き場を失った研人と唯月はしばらく館内ロビーに立ち尽くす。
程なくして、唯月の提案により彼の家へ向かうことになった。研人はこれに二つ返事で了承し、湿っぽい曇り空の下、二人は歩き出した。
唯月の家は研人の家に比べ、学校から離れた場所にある。そこまで大きな差はないものの、放課後からとなるとやはり研人の家に出向くことが多い。受験を控えた今、勉強なしに互いの家を訪ねる機会も減った。そのため、研人が佐治家へ足を運ぶのは久々だった。おかげで何度も通っている道が新鮮に感じられる。
研人が住んでいるあたりは比較的新しい住宅街で、ほとんどの家が外壁に白や明るいベージュの塗装を施した洋風住宅だ。一方、唯月の家はどちらかといえば古風な、日本家屋といった風貌の建物が目立つ地域にある。学校へ続く大通りに沿う形の町には厳しい石造りの塀や竹垣のある家が連なっていた。家の外観に個性があるうえ、立派な庭がついている家庭が多いので季節の草花も楽しめる。久しぶりに通って気付いたことだが、研人はこの辺りの景色が好きだった。
「おい、研人」
懐かしさからあちこち眺めていたところ、唯月からふいに名を呼ばれる。研人が視線を向けると、彼は真っ直ぐ前を向いたまま歩みを止めていた。
「あれ鏡子ちゃんじゃないか?」
「えっ」
すぐさま同じ方向に目を向けると、数メートル先には研人の5つ違いの妹、鏡子がいた。指定の紺セーラーを身に着けているため学校帰りなのだろう。今しがたどこかの家を出たらしく、軽く会釈しながら玄関フェンスを閉めていた。すると鏡子も二人に気付いたのか、一瞬驚いた表情を浮かべて動きを止める。
「お兄ちゃーん、唯月さーん」
次の瞬間には花が咲くような笑顔を浮かべ、ぶんぶん音がしそうな勢いで手を振ってきた。同時に彼女は兄に向かって駆け出す。研人は振り返そうと上げた手をすぐさま前に構え、鏡子を受け止めるべく体勢を整えた。
「あぶねっ」
勢いそのまま自分の懐へ飛び込む妹を研人はなんとか受け止めた。体格差があるとはいえ、本気で走ってこられては結構な衝撃がくる。
「お前何してんだここで」
「隣の席の子に授業のプリント届けに来たの。その子、今日体調が悪くて休んだから…二人はなんでここにいるの?」
「俺の家がこの辺りだからだよ」
唯月が言うと、鏡子は兄にひっついたまま「そっかぁ」と頷いた。
「ていうか唯月さん久しぶり!ピアス増えた?」
「久しぶり。さすが鏡子ちゃんはよく気付くな、兄の方は人がピアス増やしたって髪切ったってなーんにもわからんが」
「それわかる。お兄ちゃん私がロング卒業したときも全然反応してくれなかったんだよ、ひどいよね」
すると鏡子は身体を離し、兄へ非難の目を向けた。動揺した研人が咄嗟に唯月を見ると、彼はとても楽しそうに笑っている。
「急に俺の悪口で盛り上がるなお前ら。んなもん指摘してもらいたくて変えるわけじゃねーだろ?」
「お兄ちゃんわかってなーい」
「わかってなーい」
唯月に関してはちっともそう思ってないのが見え見えだ。鏡子を利用して俺をからかいやがってこの野郎。心の中で毒づきながら研人は適当に流す。
この二人は何かと馬が合うらしく、特に鏡子が唯月に懐いていた。妹が唯月を好きになったらどうしようと悩んだ時期もあったが、これについては杞憂で済んだ。それどころか、現実はより複雑な状況であることが判明したのだが…。
「俺こいつんちで勉強して帰るから。気を付けて帰れよ」
「わかった、お兄ちゃんもね。唯月さんまたね、バイバイ」
「またね鏡子ちゃん」
彼女は曲がり角で一度振り返ると、二人に向かって笑顔で手を振った。鏡子を見送ったあと研人と唯月は再び歩き出す。
「鏡子ちゃんは可愛いな」
「は?お前まさか手出す気ないだろうな」
「…本気で言ってるのか?研人は本当にわかってない」
すると唯月はなかば呆れ顔で言った。
「だって、鏡子ちゃんは男じゃないだろ」
程なくして、唯月の提案により彼の家へ向かうことになった。研人はこれに二つ返事で了承し、湿っぽい曇り空の下、二人は歩き出した。
唯月の家は研人の家に比べ、学校から離れた場所にある。そこまで大きな差はないものの、放課後からとなるとやはり研人の家に出向くことが多い。受験を控えた今、勉強なしに互いの家を訪ねる機会も減った。そのため、研人が佐治家へ足を運ぶのは久々だった。おかげで何度も通っている道が新鮮に感じられる。
研人が住んでいるあたりは比較的新しい住宅街で、ほとんどの家が外壁に白や明るいベージュの塗装を施した洋風住宅だ。一方、唯月の家はどちらかといえば古風な、日本家屋といった風貌の建物が目立つ地域にある。学校へ続く大通りに沿う形の町には厳しい石造りの塀や竹垣のある家が連なっていた。家の外観に個性があるうえ、立派な庭がついている家庭が多いので季節の草花も楽しめる。久しぶりに通って気付いたことだが、研人はこの辺りの景色が好きだった。
「おい、研人」
懐かしさからあちこち眺めていたところ、唯月からふいに名を呼ばれる。研人が視線を向けると、彼は真っ直ぐ前を向いたまま歩みを止めていた。
「あれ鏡子ちゃんじゃないか?」
「えっ」
すぐさま同じ方向に目を向けると、数メートル先には研人の5つ違いの妹、鏡子がいた。指定の紺セーラーを身に着けているため学校帰りなのだろう。今しがたどこかの家を出たらしく、軽く会釈しながら玄関フェンスを閉めていた。すると鏡子も二人に気付いたのか、一瞬驚いた表情を浮かべて動きを止める。
「お兄ちゃーん、唯月さーん」
次の瞬間には花が咲くような笑顔を浮かべ、ぶんぶん音がしそうな勢いで手を振ってきた。同時に彼女は兄に向かって駆け出す。研人は振り返そうと上げた手をすぐさま前に構え、鏡子を受け止めるべく体勢を整えた。
「あぶねっ」
勢いそのまま自分の懐へ飛び込む妹を研人はなんとか受け止めた。体格差があるとはいえ、本気で走ってこられては結構な衝撃がくる。
「お前何してんだここで」
「隣の席の子に授業のプリント届けに来たの。その子、今日体調が悪くて休んだから…二人はなんでここにいるの?」
「俺の家がこの辺りだからだよ」
唯月が言うと、鏡子は兄にひっついたまま「そっかぁ」と頷いた。
「ていうか唯月さん久しぶり!ピアス増えた?」
「久しぶり。さすが鏡子ちゃんはよく気付くな、兄の方は人がピアス増やしたって髪切ったってなーんにもわからんが」
「それわかる。お兄ちゃん私がロング卒業したときも全然反応してくれなかったんだよ、ひどいよね」
すると鏡子は身体を離し、兄へ非難の目を向けた。動揺した研人が咄嗟に唯月を見ると、彼はとても楽しそうに笑っている。
「急に俺の悪口で盛り上がるなお前ら。んなもん指摘してもらいたくて変えるわけじゃねーだろ?」
「お兄ちゃんわかってなーい」
「わかってなーい」
唯月に関してはちっともそう思ってないのが見え見えだ。鏡子を利用して俺をからかいやがってこの野郎。心の中で毒づきながら研人は適当に流す。
この二人は何かと馬が合うらしく、特に鏡子が唯月に懐いていた。妹が唯月を好きになったらどうしようと悩んだ時期もあったが、これについては杞憂で済んだ。それどころか、現実はより複雑な状況であることが判明したのだが…。
「俺こいつんちで勉強して帰るから。気を付けて帰れよ」
「わかった、お兄ちゃんもね。唯月さんまたね、バイバイ」
「またね鏡子ちゃん」
彼女は曲がり角で一度振り返ると、二人に向かって笑顔で手を振った。鏡子を見送ったあと研人と唯月は再び歩き出す。
「鏡子ちゃんは可愛いな」
「は?お前まさか手出す気ないだろうな」
「…本気で言ってるのか?研人は本当にわかってない」
すると唯月はなかば呆れ顔で言った。
「だって、鏡子ちゃんは男じゃないだろ」