第4話 セブンスター

文字数 1,842文字

 カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中でただ独り、彼はパソコンに向かって淡々と文字を打ち込んでいた。咥えている煙草が少しずつ短くなって煤が床に落ちるのも気にも留めていなかった。彼はフリーのライターをやっていた。月の収入がバラバラなため、彼の生活スタイルも気まぐれそのものだった。彼は水谷海斗といった。巷ではそこそこ名の知れているライターだった。女遊びもいつの間にか覚えてしまった。
 彼は夜が好きだった。人であふれかえった街中よりも、まばらに存在する人々の間を縫って歩くのが好きだった。ほのかに香る食べ物の匂いも昼間なら甘ったるい感じが多いが、夜になると食欲をそそるものが多くなる。彼は仕事で様々な表現をすることが求められる。時には固い表現を、また別の場面では若者向けの表現を様々な角度で求められるのだ。だから彼は様々なところに出向いて、アンテナを張るようにしているのだ。
 彼にとって人とコミュニケーションをとることも仕事の一環だ。沢山の表現を持ち合わせる者こそが本物だと信じていた。だからこの日も彼は、気まぐれに目にとまったスナックでくだらない仕事の時間を過ごす。彼はこの日、中々気に入るような雰囲気の飲みどころが見つからずに少しイライラしていた。夜の10時も過ぎて、すれ違う人々も出来上がってきた。そろそろ店に入ってしまいたいと彼は思っていた。焦る気持ちとは裏腹に、彼が求めるような飲みどころとはかけ離れた熟女が営むようなスナックしか見つからず、一旦一服することにした。胸ポケットに入れていたいつものセブンスターの煙草が切れていることに気づいた。彼は「チッ」と小さく舌打ちをして近くのタバコ屋を探した。タバコ屋はすぐに見つかり、いつもの煙草を買った。吸いたての頃は様々な銘柄を試したりもしたが、今ではいつものしか吸わない。選ぶのが面倒なのだ。
 タバコ屋の前で一服終え、しばらく道なりに歩くとそういう店がずらっりと並ぶ通りに差し掛かった。彼はすぐにでも帰りたかった。だから通りで彼の目に入った2番目の店に入ることにした。
 店に入るとマユミという女が彼についた。お世辞にも可愛いと言えるような風貌ではなかった。彼は内心イラついた。しかし、相手も仕事でここに来ているし、ブサイクだと言ってキレるとそれこそ痛い客になってしまい、周りの客にも店にも迷惑がかかると思って渋々その事実を受け入れることにした。
 「初めましてぇ、マユミでぇす」
 と女はネコナデ声で彼に寄り添った。彼はそれにもイラついた。ただただ時間を無駄にしている気にしかなれなかった。だから彼は延長指名はせずそのまま帰った。
 今日はついてなかった、と彼は心まで疲弊してしまった。そう思わなければ彼は家までたどり着けなかったかもしれない。彼には帰ってもう一仕事ある。彼のルーティーンで、人とコミュニケーションをとったら、家に帰って話した内容をメモに残すのだ。そうすることで彼になかった表現がインプットされるのである。いつもなら絶対にしないが、彼はブサイクな女にまだイラついていたため、帰りに歩きながら煙草を吸った。
 彼は家に帰ってパソコンを立ち上げた。そうして、ブサイクな女と話した内容を思い返した。女は確か趣味でブログをやっていると言っていた。ライターをしていると言ったらあの女もブログをやっていることを強調してきたのだ。仕方がないから彼は少しだけその女のブログを覗いてやることにした。

 ブサイクな女のブログを読んだ。書いてあることまでブサイクだった。昨日は悲しいことがあったんだって。ペットのペコちゃんがエサをあんまり食べてくれなかったんだって。
 ブサイクの女のブログを読んだ。ここ最近のものしか読んでいないけど、本当にどうでもいいことしか書いていなかった。

 彼は本当にムカついた。ブサイクな女の不細工な絵文字が視界に入るだけで嫌気がさすから途中で読むのをやめた。ブサイクな女の趣味に付き合ってやったんだと言い聞かせた。
 これ以上イラついてもあの不細工の女の思うつぼではないかと彼は思いだして
 「ふぅ」
 と一つ大きな溜息をついてからベランダに出た。

 ブサイクな女のブログを読んだ。書くこともブサイクだって思った。

 とだけ綴って。
 彼はベランダで気休めに煙草を吸った。そこで見上げた暗い夜空に浮かぶ三日月の方があのブサイクな女よりも遥かに綺麗だと思えた。

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