其の七
文字数 2,524文字
うっすらと白く積もる雪で分かり難かったが、桟橋の土台がぼんやりと岸から伸びている。それは港と呼ぶにはあまりにも質素な造り。すぐ解体できるように必要最低限の資材だけで構築されているようだった。
察するに、揚陸艇がこの場所に寄港したのは初めてではないのだろう……。村の物資を運ぶために、浜辺には車輪らしき轍の跡が幾つも残されており、着々と冬眠の仕度が進められた様子が伺えた。
そして港に近づくに連れて、奥の木陰からまばらに人が出てくる。
おそらく〝ネムラズ〟の連中だ。全身を毛皮の防寒具で覆い、彼らはまるで北海道の先住民であるカムイのような格好をしていた。みようによってはまるで熊だ。うち一人が先頭に立ち、大きな旗を手にして船を誘導する。その背格好からして〝ヨウジ〟であろう。長臣にとっては唯一の顔見知りだった。
揚陸艇から汽笛を軽く鳴らし合図を送る。すると、示しを合わせたようにネムラズが浜辺一帯に列を成す。このあたりに船を寄せろと大きく手を振るのだった。左吉はロウ・ギアを切り替え、慎重に速度を落とす。あとは彼等の指示に従い、砂浜に接岸するのだった
「オミさん、輸送車の方をお願いできますか?」
「構わんが、随分と急ぎだな」
「一応は〝隠し港〟ですからね。村人でも知ってる人は数少ないです」
「じゃあ、はやめに済ましちまおう」
と、長臣は近くに用意された上着を手にして階段を降りてゆく。
序でに、手にしていたオニギリを二口ほど齧る。中身の具材は辛子高輪だ。口に広がる旨味が朝の活力を与える。あとは、熱いお茶さえあれば文句はないのだが……。
輸送車に乗り込み、長臣は口を動かしながらエンジンをかけた。
まず、暖気をさせ暖房をいれる。もちろん全開でだ。それから空噴かしを何度かして、ハンドルの遊びやクラッチのかかり具合を同時に確かめた。思った以上にデカい輸送車である。積荷の中身についてはあまり詳しくは聞いていないものの、〝慎重に扱え、決して壊すな〟とのこと。余程に大事なものなのか、あの魔女たちでさえ、最後まで出し渋っていた代物だった。
……とはいえ、オロスの愚連隊を蹴散らすだけにしては少々大掛かりな気がする。それとも、他にも懸案事項があるのだろうか。奴らが北海道に居着いて、もう二十年近くになる。先の戦争から、この土地では因縁があっただけに嫌なな動きでもあった。
次いで、揚陸艇の船首がゆっくりと開かれる。
感慨も無く、無口に出迎えるネムラズ一同。相変わらず反応が薄い連中だ。無愛想なのか、可愛げがないのか表情が読めない。その癖、仕事だけは淡々と熟す。現に、正面に見える砂浜には木の板が何枚も敷かれ、車輪が砂に埋まらないよう細心の注意が払われていた。
──案の定、ヨウジが目だけを合わせて無言で助手席に乗り込んできた。
よお、久しいな。と、一言だけ声をかけ、厚手のフライトキャップを外す。こうして顔を合わせてるの四年ぶりぐらいだろうか……。堀の深い目鼻立ちから、あまり日本人ぽくみえない。蓄えた無精髭を長めに伸ばし、以前より顔の皺が増え老けた気がした。
「ヨウジさんよ、少し窶れたんじゃないのか?」
「見ての通りだ。厄介ごとが多くてね」
「左吉から話は聞いている。お互いにもう若くはねえからな」
「全くだよ。歳だけは取りたくないねえ……」
そうヨウジはドアのガラス窓をあけて前方の仲間たちに指示を送る。
予め仕事が与えられていたのか、次々に船に乗り込んでくるネムラズたち。輸送車を固定する留め具を慣れた手つきで解除してゆく。人手不足ならではの無駄ない動き。その一糸乱れぬ行動は実によく訓練されていた。
……感心するも束の間、急かされるように長臣は輸送車を発車させる。
サイドミラーで確認した限り、遊佐と九十九は機動戦車の上部に乗り込んだようだ。遅れてやってくる左吉は揚陸艇の引き継ぎを村の仲間たちに頼んでいた。
「なあ、ここのは大丈夫なんだろうな? あまり言いたくはねえが、あんたの所から情報が漏れる恐れがある……」
長臣の鋭い視線。少し間をあけてから、ヨウジはやや済まなそうに口を開いた。「承知している。海上の件では迷惑をかけたな。魔女たちからも話は聴いてる。以前から身内の内偵を進めてはいたのだが……」
「詫びはいい。それで、内通者の特定は?」
「もう終わっている。確定だ。首謀者の男が一人と、あとは村の若い女が三人だな」
「……四人か。割と多いな」
「だが、事情を知らない女の二人は不問にした。色恋沙汰もあってか、うまく利用されてたみたいでな」
「なんだよ、随分と甘えじゃねえか」
「仕方あるまい。村の女たちには何かと苦労をかけた。加えて、この二人はまだ未成年だ。手をかけるにはさすがに忍びない」
鼻をふんっと鳴らし、長臣が先導する輸送車は雑木林の中へと入ってゆく。ようやく暖房が効き始めてきた。後続する機動戦車を意識しながらギアをひとつ上げ、周囲に敵の斥候が潜んでいないか入念に気を配った。
冬の木々に囲まれた鬱蒼とした獣道。木漏れ日が差し、雪は所々で除雪されているものの、道は凹凸が激しく、専用の輸送車でも走るのがやっとだ。ただ、冬の寒さで地面が凍り、泥濘 がないだけマシだろう。そして、この道を抜ければ北方の象徴でもある銀世界が広がっているに違いない……。
「……んで、その色男と、もう一人の女の方はいいのか?」
「別に男の方はいい。口先だけのくだらぬ若者だ。下手な野心など持ちよってからに」
と、さして問題もなさそうに言う。だが、こともう一人の女に関しては萎えたように口を開く。「それよりだ。女の方がちと面倒でな。正直どうしたらいいものか思い悩んでいる」
「珍しいねえ。俺に相談かい」
「悪いな。内に外に大変でよ」
「妙に素直じゃねえか。返って不気味だな」
ヨウジは僅かに表情を変え口角をあげる。明らかに意味ありげな目つきだ。
若い頃からまとめ役を任され、村の素性を隠しながらも外部と取引きを続けてきた抜け目のない男でもある。そして、その色相からして此方にも影響する事柄なのだろう。そうなると、もはや一人しかいなかった。
──「まさか、左吉に関わることじゃねえだろうな?」
察するに、揚陸艇がこの場所に寄港したのは初めてではないのだろう……。村の物資を運ぶために、浜辺には車輪らしき轍の跡が幾つも残されており、着々と冬眠の仕度が進められた様子が伺えた。
そして港に近づくに連れて、奥の木陰からまばらに人が出てくる。
おそらく〝ネムラズ〟の連中だ。全身を毛皮の防寒具で覆い、彼らはまるで北海道の先住民であるカムイのような格好をしていた。みようによってはまるで熊だ。うち一人が先頭に立ち、大きな旗を手にして船を誘導する。その背格好からして〝ヨウジ〟であろう。長臣にとっては唯一の顔見知りだった。
揚陸艇から汽笛を軽く鳴らし合図を送る。すると、示しを合わせたようにネムラズが浜辺一帯に列を成す。このあたりに船を寄せろと大きく手を振るのだった。左吉はロウ・ギアを切り替え、慎重に速度を落とす。あとは彼等の指示に従い、砂浜に接岸するのだった
「オミさん、輸送車の方をお願いできますか?」
「構わんが、随分と急ぎだな」
「一応は〝隠し港〟ですからね。村人でも知ってる人は数少ないです」
「じゃあ、はやめに済ましちまおう」
と、長臣は近くに用意された上着を手にして階段を降りてゆく。
序でに、手にしていたオニギリを二口ほど齧る。中身の具材は辛子高輪だ。口に広がる旨味が朝の活力を与える。あとは、熱いお茶さえあれば文句はないのだが……。
輸送車に乗り込み、長臣は口を動かしながらエンジンをかけた。
まず、暖気をさせ暖房をいれる。もちろん全開でだ。それから空噴かしを何度かして、ハンドルの遊びやクラッチのかかり具合を同時に確かめた。思った以上にデカい輸送車である。積荷の中身についてはあまり詳しくは聞いていないものの、〝慎重に扱え、決して壊すな〟とのこと。余程に大事なものなのか、あの魔女たちでさえ、最後まで出し渋っていた代物だった。
……とはいえ、オロスの愚連隊を蹴散らすだけにしては少々大掛かりな気がする。それとも、他にも懸案事項があるのだろうか。奴らが北海道に居着いて、もう二十年近くになる。先の戦争から、この土地では因縁があっただけに嫌なな動きでもあった。
次いで、揚陸艇の船首がゆっくりと開かれる。
感慨も無く、無口に出迎えるネムラズ一同。相変わらず反応が薄い連中だ。無愛想なのか、可愛げがないのか表情が読めない。その癖、仕事だけは淡々と熟す。現に、正面に見える砂浜には木の板が何枚も敷かれ、車輪が砂に埋まらないよう細心の注意が払われていた。
──案の定、ヨウジが目だけを合わせて無言で助手席に乗り込んできた。
よお、久しいな。と、一言だけ声をかけ、厚手のフライトキャップを外す。こうして顔を合わせてるの四年ぶりぐらいだろうか……。堀の深い目鼻立ちから、あまり日本人ぽくみえない。蓄えた無精髭を長めに伸ばし、以前より顔の皺が増え老けた気がした。
「ヨウジさんよ、少し窶れたんじゃないのか?」
「見ての通りだ。厄介ごとが多くてね」
「左吉から話は聞いている。お互いにもう若くはねえからな」
「全くだよ。歳だけは取りたくないねえ……」
そうヨウジはドアのガラス窓をあけて前方の仲間たちに指示を送る。
予め仕事が与えられていたのか、次々に船に乗り込んでくるネムラズたち。輸送車を固定する留め具を慣れた手つきで解除してゆく。人手不足ならではの無駄ない動き。その一糸乱れぬ行動は実によく訓練されていた。
……感心するも束の間、急かされるように長臣は輸送車を発車させる。
サイドミラーで確認した限り、遊佐と九十九は機動戦車の上部に乗り込んだようだ。遅れてやってくる左吉は揚陸艇の引き継ぎを村の仲間たちに頼んでいた。
「なあ、ここのは大丈夫なんだろうな? あまり言いたくはねえが、あんたの所から情報が漏れる恐れがある……」
長臣の鋭い視線。少し間をあけてから、ヨウジはやや済まなそうに口を開いた。「承知している。海上の件では迷惑をかけたな。魔女たちからも話は聴いてる。以前から身内の内偵を進めてはいたのだが……」
「詫びはいい。それで、内通者の特定は?」
「もう終わっている。確定だ。首謀者の男が一人と、あとは村の若い女が三人だな」
「……四人か。割と多いな」
「だが、事情を知らない女の二人は不問にした。色恋沙汰もあってか、うまく利用されてたみたいでな」
「なんだよ、随分と甘えじゃねえか」
「仕方あるまい。村の女たちには何かと苦労をかけた。加えて、この二人はまだ未成年だ。手をかけるにはさすがに忍びない」
鼻をふんっと鳴らし、長臣が先導する輸送車は雑木林の中へと入ってゆく。ようやく暖房が効き始めてきた。後続する機動戦車を意識しながらギアをひとつ上げ、周囲に敵の斥候が潜んでいないか入念に気を配った。
冬の木々に囲まれた鬱蒼とした獣道。木漏れ日が差し、雪は所々で除雪されているものの、道は凹凸が激しく、専用の輸送車でも走るのがやっとだ。ただ、冬の寒さで地面が凍り、
「……んで、その色男と、もう一人の女の方はいいのか?」
「別に男の方はいい。口先だけのくだらぬ若者だ。下手な野心など持ちよってからに」
と、さして問題もなさそうに言う。だが、こともう一人の女に関しては萎えたように口を開く。「それよりだ。女の方がちと面倒でな。正直どうしたらいいものか思い悩んでいる」
「珍しいねえ。俺に相談かい」
「悪いな。内に外に大変でよ」
「妙に素直じゃねえか。返って不気味だな」
ヨウジは僅かに表情を変え口角をあげる。明らかに意味ありげな目つきだ。
若い頃からまとめ役を任され、村の素性を隠しながらも外部と取引きを続けてきた抜け目のない男でもある。そして、その色相からして此方にも影響する事柄なのだろう。そうなると、もはや一人しかいなかった。
──「まさか、左吉に関わることじゃねえだろうな?」