第1話
文字数 2,018文字
左遷先は平家落人の里
2両編成の古い電車は終点『落人 の里』に到着した。だいぶ遠かった。
俺は平忠実 の生まれ変わり。今回の異動で、東京本社から山奥のヤシマ工場へ、奇遇にも前世で都落ちしてから潜伏していた里に左遷されたのだ。
電車を降りるとホームに20人ほどの老若男女が笑顔で小旗を振り出迎えてくれた。
前世の家臣達は数年前から現地に集結している。もちろん小旗の文様は蝶の家紋。
中年男性が小走りで近づいて来た。あれは伴 氏、ここの町会長だ。
伴氏とは『前世人捜しアプリ』で知り合った。
「我が殿、平忠実公を探しています。当方壇ノ浦合戦後、落人の里に同行した家臣」とあったので、「当方、平忠実」と返答して以来、ずっとメールでやり取りをしている。
みんなが前世の記憶を保有している中、俺はどちらかというと記憶が薄い方だ。だから前世にはあまりこだわらない。
ただ、前世の因縁を引きずる奴らは一定数いて……
「ようこそ殿! 殿のご帰還をずっとお待ち申しておりました」
伴氏の言葉に傍らの女性が小声で釘を刺す。
「殿は望んでこちらにいらしたわけではないのよ。本社のエリート社員だった殿が、敵の策略で流されたんだから」
一瞬剣呑 な雰囲気になったので俺は慌てて、
「俺、みんなに会えて嬉しいよ。ありがとう」
ワッと歓声が上がった。
「殿! おかえりなさい」
「ああ、前世と変わらず泰然自若 となさっている」
「変わらず凜々しいお姿を、生きているうちに拝めるとは」
「やだ、どうしよう、写真よりカッコいい」
泣いている人もいる。俺は熱烈歓迎を受けた。俺は背も低く、どこからどう見ても地味な男なのに。
殿としての自覚の芽生え
到着早々、俺はそのまま駅前の『落人会館』に誘導された。
入れ替わり立ち替わり、女の子達がお茶や珈琲、蒸かし立ての饅頭、五平餅 なんかを運んでくる。緊張している子、キャッキャしている子、みんな素直そうで可愛い。全員で記念写真を撮った。
伴氏は立派なカメラをテーブルに置き、
「殿、差し支えなければ、都でなにがあったのか話していただけませんか?」
俺は栗がゴロゴロ入った饅頭を食べながら、
「うん。同期がパワハラ受けていたから人事に報告したのよ。そしたら人事とパワハラ上司が繋がっていてさ、それで煙たくなった俺をヤシマ工場に左遷したってわけ」
「なんだって!? 卑怯な奴らだ」
思わず中腰になるガタイのいい角刈りは山田 氏。
「殿、ひょっとして、源氏ゆかりの奴らじゃないですか?」
眼光鋭い老人は桐原 氏。「うん、そう」と俺が返すと、
「殿の敵 討ちだ!」
武闘派の坊主は黒子 氏。
どんどん記憶が蘇ってくるぞ。こんなに慕ってついてきてくれるなんて、俺は果報者だ。じんわり胸が熱くなる。
「いいって、俺も少し調子にのっていたかもしれないから」
俺は手の平でみんなを制す。「あ、それ殿の癖、前世でもやってらした」俺の一挙手一投足がみんなにウケる。
伴氏は目に涙を浮かべた。
「殿、みんながこんなに楽しそうなのは、835年ぶりです」
リモート合戦場
工場で仕事を終えると、食堂で夕飯を食べ近くの温泉で憩う。工場の仲間も前世の仲間も混ざり合って。以前とは違って人間らしい生活だ。
ふと最近町民に元気が無いように思えた。どうやらコロナの影響で『平家落人宴祭 』が中止になったせいらしい。
祭名物のミニかまくらに灯籠 を灯 し、それを眺めながら俺にジビエ料理を振る舞いたかったと伴氏が呟いた。
俺はみんなが元気になるようなイベントはないものかと考えた。
「みんな聞いてくれ、那須与一 の生まれ変わりと和睦 をしたいと思う」
山田氏、桐原氏、黒子氏が一斉に顔をしかめた。
那須与一は人気者だ。屋島 の戦いで見事船上の扇を射貫き、源氏を調子づかせるきっかけを作った憎い敵。
「800年もいがみ合ったままじゃなにも進まないよ。まず対話をすることが大切だと思う」
俺の言葉に山田氏が、
「向こうが舐めたマネしたらどうします?」
「その時はみんなに任せるよ」
「やっぱり俺達の殿は最高!」
みんなは一気に祭のテンションになった。
コロナ禍によりリモート和睦会議となった。
現世の那須与一は、なんと隣県の女子高生だった。PC画面の中で那須川 さんは、弓道部の主将をしているのだがコロナのため練習ができない、大会も無いと訴え肩を落とした。
思わず常識人の伴氏が、
「大丈夫、状況は変わるから元気出して。応援しているよ」
とまとめてなんとか和睦を締結した。
コレジャナイ感を前面に出した黒子氏が言った。
「不完全燃焼だ。こうなったら片っ端から源氏のビックネーム探し出して和睦を申し込みましょう。断られたら即ディスり合いだ」
「俺がビックネームじゃないからやめて、ちょうどいい人探してよ」
いい時代になった。居ながらにして全国の武士 達と合戦できる。
俺との縁を大切にしてくれた家臣達のキラキラした瞳。
俺もみんなが大好きさ。現世でもまた面白い奴らと出会おうぜ。
2両編成の古い電車は終点『
俺は平
電車を降りるとホームに20人ほどの老若男女が笑顔で小旗を振り出迎えてくれた。
前世の家臣達は数年前から現地に集結している。もちろん小旗の文様は蝶の家紋。
中年男性が小走りで近づいて来た。あれは
伴氏とは『前世人捜しアプリ』で知り合った。
「我が殿、平忠実公を探しています。当方壇ノ浦合戦後、落人の里に同行した家臣」とあったので、「当方、平忠実」と返答して以来、ずっとメールでやり取りをしている。
みんなが前世の記憶を保有している中、俺はどちらかというと記憶が薄い方だ。だから前世にはあまりこだわらない。
ただ、前世の因縁を引きずる奴らは一定数いて……
「ようこそ殿! 殿のご帰還をずっとお待ち申しておりました」
伴氏の言葉に傍らの女性が小声で釘を刺す。
「殿は望んでこちらにいらしたわけではないのよ。本社のエリート社員だった殿が、敵の策略で流されたんだから」
一瞬
「俺、みんなに会えて嬉しいよ。ありがとう」
ワッと歓声が上がった。
「殿! おかえりなさい」
「ああ、前世と変わらず
「変わらず凜々しいお姿を、生きているうちに拝めるとは」
「やだ、どうしよう、写真よりカッコいい」
泣いている人もいる。俺は熱烈歓迎を受けた。俺は背も低く、どこからどう見ても地味な男なのに。
殿としての自覚の芽生え
到着早々、俺はそのまま駅前の『落人会館』に誘導された。
入れ替わり立ち替わり、女の子達がお茶や珈琲、蒸かし立ての饅頭、
伴氏は立派なカメラをテーブルに置き、
「殿、差し支えなければ、都でなにがあったのか話していただけませんか?」
俺は栗がゴロゴロ入った饅頭を食べながら、
「うん。同期がパワハラ受けていたから人事に報告したのよ。そしたら人事とパワハラ上司が繋がっていてさ、それで煙たくなった俺をヤシマ工場に左遷したってわけ」
「なんだって!? 卑怯な奴らだ」
思わず中腰になるガタイのいい角刈りは
「殿、ひょっとして、源氏ゆかりの奴らじゃないですか?」
眼光鋭い老人は
「殿の
武闘派の坊主は
どんどん記憶が蘇ってくるぞ。こんなに慕ってついてきてくれるなんて、俺は果報者だ。じんわり胸が熱くなる。
「いいって、俺も少し調子にのっていたかもしれないから」
俺は手の平でみんなを制す。「あ、それ殿の癖、前世でもやってらした」俺の一挙手一投足がみんなにウケる。
伴氏は目に涙を浮かべた。
「殿、みんながこんなに楽しそうなのは、835年ぶりです」
リモート合戦場
工場で仕事を終えると、食堂で夕飯を食べ近くの温泉で憩う。工場の仲間も前世の仲間も混ざり合って。以前とは違って人間らしい生活だ。
ふと最近町民に元気が無いように思えた。どうやらコロナの影響で『平家落人
祭名物のミニかまくらに
俺はみんなが元気になるようなイベントはないものかと考えた。
「みんな聞いてくれ、
山田氏、桐原氏、黒子氏が一斉に顔をしかめた。
那須与一は人気者だ。
「800年もいがみ合ったままじゃなにも進まないよ。まず対話をすることが大切だと思う」
俺の言葉に山田氏が、
「向こうが舐めたマネしたらどうします?」
「その時はみんなに任せるよ」
「やっぱり俺達の殿は最高!」
みんなは一気に祭のテンションになった。
コロナ禍によりリモート和睦会議となった。
現世の那須与一は、なんと隣県の女子高生だった。PC画面の中で
思わず常識人の伴氏が、
「大丈夫、状況は変わるから元気出して。応援しているよ」
とまとめてなんとか和睦を締結した。
コレジャナイ感を前面に出した黒子氏が言った。
「不完全燃焼だ。こうなったら片っ端から源氏のビックネーム探し出して和睦を申し込みましょう。断られたら即ディスり合いだ」
「俺がビックネームじゃないからやめて、ちょうどいい人探してよ」
いい時代になった。居ながらにして全国の
俺との縁を大切にしてくれた家臣達のキラキラした瞳。
俺もみんなが大好きさ。現世でもまた面白い奴らと出会おうぜ。