第7話 心を失くした悲しみは、網の帽子を被る

文字数 2,715文字


衍字
心を失くした悲しみは、網の帽子を被る


 第七話

【心を失くした悲しみは、網の帽子を被る】

























 寒い、本当に寒い季節になった。

 炬燵が必需品になる今日この頃、夏の暑さの中にいるときにはこの寒さを求めたにも関わらず、いざ寒くなると夏が恋しくなる。

 本当に、人間は勝手なものだ。

 よばね、たかや。そう名乗っている。

 四年前、もうすぐ五年になるが、妹の瑠奈が交通事故で亡くなった。

 俺より2つ下の妹は、当時妊娠していた。

 相手の男のことは詳しくは知らないが、写真を見せてもらったことがある。

 当然結婚するんだろうと思っていたが、その男は別の女と婚約したそうだ。

 女の親父の権力と結婚するらしい。

 俺と妹は施設で育ち、2人で生きて来た。

 そろそろ子供が生まれるかという時期にも仕事を休むことが出来ずにいる俺に、妹は早めに病院に行ってみてもらう、と言っていた。

 俺が、ちゃんと送ってやれば良かったんだ。

 俺が仕事に出かけた後、妹は病院へと向かって行った。

 その途中、妹は体調を悪くしその場に倒れてしまい、かかりつけではないが大きな病院へ運ばれた。

 その場には、笑いながらスマホで写真を撮る女性がいたようだ。

 警官の格好をした男もいたらしいが、その男は痛み方が大袈裟ではないかという言葉を妹にかけていたと聞いた。

 その警官が救急車を仕方なく呼んで、ようやく救急車が到着し、もしかしたら産まれるかもということで、すぐに準備を始めようとしたらしいが、その時、別のVIPの患者の治療が優先だと言われてしまったらしい。

 そのVIPというのは、ただの食あたりで訪れていて妃という女らしく、その旦那が自分の妻を先に視ろと圧力をかけた。

 救急隊員がその病院に連絡をしたとき、対応した女性は山口というらしく、ちょっと待ってください、と言ってから1時間以上も待たされ、忘れていたといって電話に再び出ると、無理だという言葉を投げ捨てた。

 別の病院に搬送しようと救急車を走らせると、高級車がぶつかってきた。

 相手側の信号は赤だったそうだ。

 その高級車はその場から逃げるように去って行ったが、俺が調べた結果、当時薬をしていたことをバレたくなかった、中井という男だということが分かった。

 その後別の救急車が来て、妹や隊員たちを病院へ運んだそうなのだが、その病院に勤務していた妃優介という男は、対応してくれなかった。

 当時まだ研修医だったその男は、その日忙しかったからなのか、今日はもう無理、他のところに行って、他の先生も手術中、などと言っていたそうだ。







 妹も、お腹の子も亡くなったと聞いて、俺は決心した。

 妹を殺した奴らを全員、殺してやると。

 妹を殺したことにさえ気付いていない奴らを全員、殺してやると。

 もうすぐ妹が亡くなって四年経つという頃、一人の男が事故で亡くなった。

 男の名は、こたにあきみち、古谷昭充。

 その男を想い、復讐しようとしてる奴らと出逢い、こいつらを使おうと思った。

 そこで、奴らに別の名を与えた。

 1人目は、男の弟、古谷春哉。

 “こたにしゅんや”から“ふるやはるとし”に変え、自分は関係ないと思っている潮室かえでの情報を渡した。

 2人目は、男の事故現場に居合わせた、小田良真。

 “おだよしまこと”から“おだりょうま”に変え、検視官という重大な任を放棄した中井勝の行きつけを教えた。

 3人目は、男の高校時代の同級生だった、澪朝晶。

 “れいともあき”から“みおあさあきら”に変え、男の事故を目撃したにも関わらずその場から逃げ出した山口愛の居場所を教えた。

 4人目は、男の学生時代の定食屋のおかみだった、由麻友美。

 “よしまゆみ”から“ゆあさともみ”に変え、男の事故を自殺にしろと命令した妃久道の趣味を教えた。

 5人目は、男の彼女だった妃里歩。

 旧姓は木崎と書いたが、結婚して字が変わったため、“きさきりほ”から“ひさとあゆむ”に変え、学生時代に男に嫌がらせをしていた妃優介の好みを教えた。

 6人目は、男の兄の古谷恵亮。

 “こたにけいすけ”から“めぐみりょう”に変え、男の事故に駆けつけていながら、自殺だと勝手に判断をした水本政信の現状を教えた。

 そして、俺も。







 「まったく。折角名前が分かっていうのに、道理で見つからないわけだ」

 よばねが一番赦せないのは、あいつだ。

 妹を孕ませておきながら、権力を手に入れるために簡単に寝返った男。

 「隠れるには、うってつけだったというわけか」

 奴とは、春からだから、もう一年近くの付き合いになる。

 記者だと名乗って近づくと、同業者だと言って話が盛り上がった。

 「よばねさん、早いですね」

 「ようやく飲みに行けるので、楽しみで。乗ってください」

 レンタカーを借りてきて、それで男を迎えに行き、怪しまれることなく乗せる。

 目的地まで運転している間の話。

 結婚した経緯や、中学生時代の同級生を売ってしまったことがあるなど、もっと話を聞けば膿がでてきそうだ。

 だが、それはこの際関係無い。

 俺の隣に座っている男は、水本有志、旧姓だと田所有志。

 婿養子になったようで、見つけ出すのに苦労したし時間もかかってしまった。

 最近、義理の父親は拳銃自殺をしたらしい。

 捜査一課で煌びやかに働いていた男で、怪我さえなければもっと上へ行っていただろうと言っていた。

 「何処へ向かっているんです?」

 「内緒です。でも、とても良いところですよ。行った人が帰ってこれなくなるくらい」

 「そんなに良い店が?愉しみだなぁ」

 アクセルを踏みながら、俺はシートベルトを外した。

 隣の男はびっくりしたような顔をしていたが、驚くのはこれからだ。

 車の先には崖があり、落ちたらまず助からないだろう。

 慌てて自分のシートベルトも外そうとしているようだが、もう遅い。

 弧を描きながら落ちて行く車を眺めていると、妹が耳元でありがとうと言ったような気がした。

 車が燃えやすいように細工もしたし、レンタカーと同じ車を用意し、同じナンバーのものをとある知り合いに作ってもらい、装着した。

 もちろん、「わ」ナンバーだ。

 返却して家に戻ってテレビを点けると、事故が遭ったと報道していた。

 車は有り得ないほど燃え上っていて、その場所は自殺の名所の近くということもあり、自殺として処理されるだろうとのことだった。

 「厭世観をもつが故に身罷る者」

 「晴眼を持つべき者」

 俺の名は、よばねたかや。

 漢字で書くと、夜馬音貴也。

 本当の名は、“やめときなり”。

 だからこそ思うのだ。

 俺はこれからも、妹のために裁いていかねばならないと。

 妹の名が、そう俺に言っているから。

 「やめるな、と」



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