第6話 トゲだらけの子安貝

文字数 2,580文字


衍字
トゲだらけの子安貝


 第六話【トゲだらけの子安貝】



























 桜が綺麗な時期になった。

 満開というわけではないが、それでも見ていて心が洗われるようだ。

 桜を見上げると、自然と空もバックに見えるため、その景色は言葉に出来ない。

 「きゃー!!!ふるやくーーん!!はるとしくーーーん!!!!こっち見てーー!!」

 潮室かえでは、新人俳優のふるやはるとしの大ファンである。

 だからこうして、今日も彼が出演するというドラマの現場に来ている。

 声援が聞こえてくると、ふるやはこちらを見てにこやかに笑い、さらには手も振ってくれるというファンサービス。

 「ふるやくんってなんであんなに素敵なんだろう!!彼女いないよね!?」

 「はるとしくん格好良いーー!!もっとこっち見てー!!サインお願い!!」

 撮影が終われば、ふるやは女性たちのもとへと向かい、時間が許す限り1人1人にサインをし、写真を撮り、握手もする。

 かえでも必死になってふるやにアピールすると、ふるやがこちらを見てニコリと笑ったような気がした。

 その場に居た誰しもが、自分を見て微笑んだのだと言っていたが、それはかえでも同じことだった。

 「きゃー!ふるやくんと目が合っちゃった!嬉しい!!」

 ルンルン気分でコンビニに向かい買い物を終えて出たところで、フードを被った男とぶつかってしまった。

 「すみません!」

 そう言って謝り顔をあげると、そこにいたのはあの大好きな大好きな、ふるやはるとしだったのだ。

 かえでは驚きのあまり、口をパクパクさせてしまった。

 「ごめんね、大丈夫?」

 「だ、大丈夫、です」

 ふるやはかえでにお詫びがしたいと、飲み物を買って渡した。

 「あの!は、俳優のふるやはるとしさんですよね!?私、大ファンなんです!あの、良かったら一緒に写真撮ってもらっても良いですか!?」

 「ええ、もちろん。いつも応援してくれてありがとう」

 天にも昇る気持で写メを撮り、公園のベンチで隣に座って飲み物を飲む。

 それからというもの、隠れてふるやとかえでは頻繁に会うようになった。

 まるで恋人のようでかえでは嬉しかった。

 ふるやの車で落ち合う事が多くなると、本当に彼女になったのかと思ってしまうほど。

 「はるとしって呼んだら、どんな顔するかなー?」

 フフフ、と笑っていると、公衆電話から電話がかかってくる。

 ふるやからだと分かり電話に出ると、今日の夜会おうという内容のものだった。

 ふるやの車が修理に出ているため、かえでが車を出すことにした。

 嬉しくてお洒落をしていこうと、かえではお気に入りのワンピースを着て、メイクもばっちりして出かける準備をする。







 「お待たせしました」

 「自分から会おうって言っておいて、車を出させてしまってすみません」

 「いいんですよ。気にしないでください」

 ふるやと待ち合わせをしていた場所に迎えに行くと、適当な場所に車を停める。

 時折車が通るが、それほど多くは無い。

 「かえでちゃん、この前面白い画像見せてくれたけど、あれっていつ頃のものなの?」

 「え?ああ、あれですか?確か、去年か一昨年のですね。その前にも同じような現場に遭遇して、その時も撮ったんですよ。見ます?」

 そう言うと、かえでは得意気にスマホの画像を見せる。

 「この前見せた事故の時は友達も一緒だったんですけど、この時は1人だったんですよ。すごい事故だなーとは思ったんですけど、誰かが電話かけてたし、大丈夫かと思って」

 「この前のも見ていい?」

 「ええ、どうぞ。ふるやさんって、こういう画像見るんですか?」

 「そういうわけじゃないよ。ただ、俳優としてこういうことも知っておいた方が良いかと思ってね」

 「なるほど!!さすがですね!!」

 じっとその画像を見ていると、かえでがまた口を開く。

 「その友達看護士なんですけど、今の病院のお医者さんで良い人がいるって!その、結婚とかも考えてるって言ってました」

 「へえ、そうなんですか」

 「あの、私達って、その・・・つ、付き合ってるんですか?ね?」

 もぞもぞしながらふるやに尋ねてみると、かえでのスマホを綺麗に拭いてから持ち主に返した。

 それからかえでの方にぐいっと近づくと、がたん、と運転席を倒す。

 「ふ、ふるやさん・・・」

 顔を近づけてくるふるやに、かえでは頭がパンクしそうだった。

 徐々にふるやの顔が迫ってきて、かえでは思わずきゅっと目を瞑り、唇に温かい感触が訪れるのを待つ。

 しかしその時、かえでは息が出来なくなった。

 それは、それほどまでにふるやに恋をしているからとかそういったことではなく、文字通り、息が出来なくなったのだ。

 唇には、望んでいた感触が訪れたのだが、鼻をつままれてしまった。

 「んんん!?」

 ふるやの身体を押し返そうとしても、体重を乗せられてしまっているため、手足の自由もきかない。

 苦しくて、それでもなんとか目を開けてふるやの顔を見てみると、そこにいたのはいつもの優しいふるやではなく、冷たい目つきの男だった。

 静かになったかえでの身体から離れると、ふるやは自分の口元を裾で拭う。

 かえでのスマホを操作してから車を降りると、そこから歩いて帰る。







 俺には、兄貴がいた。

 俺がわがままを言っても、馬鹿にしても、兄貴は怒ったりしなかった。

 小さい頃から兄貴兄貴と付いて回っていた俺だからわかるんだ。

 兄貴は、自殺なんかしない。

 一見大人しいようにも見えるけど、兄貴の中にはしっかりとした芯のようなものがあって、意外と頑固なのだ。

 寛容と言えばそうだし、優しいと言えばそうだし、でも言わなければいけないことは躊躇なく言ってくる。

 それで何度喧嘩をしたことかわからない。

 兄貴が事故に遭ったとき、警察は自殺で車に突っ込んだと言い切った。

 その時の兄貴は死にそうな顔をしていたとか、思いつめたような顔だったとか、そんな目撃者の妄想や先入観だけの言葉を鵜呑みにしたのかと、腹が立った。

 もらった情報を頼りに、研究の仕事を辞めて俳優への道を進んだ。

 幸か不幸か、餌に寄ってきたハエを捕えることなんて、たやすかった。

 「お前等も、加害者なんだよ」

 『発見された女性は窒息死と判明し、その後、車のマフラーに女性のものと思われるストールがつまっていたことから、一酸化炭素中毒ではないかとされています』







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