第1話 太陽の上に立つ

文字数 2,260文字


衍字
太陽の上に立つ


 第一話【太陽の上に立つ】



























 肌寒い日が続いている。

 厚手のコートはまだいらないにしても、上着は必需品となってきた。

 「めぐみ、スクープはどうなった?記事は出来てるんだろうな?」

 「今終わったところです。見てください」

 中途採用で記者となっためぐみは、ボランティア活動にも参加するなど、社会との交流を積極的に行う男である。

 人当たりも良く、入社して間もないというのにスクープまでゲットしたため、将来有望と言われている。

 そんなめぐみには、ボランティアで出会った知り合いがいる。

 彼は警察官らしいのだが、こういった活動にも出ているためか、地域の人からは絶大な信頼を得ているようだ。

 めぐみの次の休みの日にも、ボランティアに参加していると、彼に会った。

 「水本さん、今日も精が出ますね」

 「りょうじゃないか。お前こそ、まだ若いのに立派なもんだ」

 「水本さんのような方がいてくださるお陰ですよ」

 彼は水本政信と言って、めぐみのことをファーストネームで呼ぶ。

 それほどまでに2人の仲はとても親密だ。







 そんなある日、2人は一緒に飲みに行こうという話になった。

 「水本さん、警察官なんて大変じゃないですか?確か、娘さんは以前、検視の助手をしていたとか」

 「そうなんだよ。ようやく結婚してな」

 「じゃあ、お嫁に行ってしまったんですか?寂しいですね」

 「いや、婿養子を取ったんだよ。私たち夫婦の間には男が生まれなかったからね。りょうと同じ仕事をしていると言っていたな」

 「記者なんですか?」

 「ああ」

 酒が進むと、水本はさらに気持ちを良くして話を進めていく。

 めぐみはおつまみを時折頼み、水本の話を頷きながら聞いていた。

 「若い奴が酒に呑まれて道で暴れていたのを叱ったり、一人暮らしの男が自殺した現場にも出くわしたことがあるなぁ」

 「一々突っかかってくる奴もいるんじゃないですか?ほら、警察とか公務員とか、税金から給料が支払われてる仕事の人は、そういうこと言われるでしょう」

 「そうなんだよ」

 「でも、自殺に出くわすなんて、気持ち悪くなったりしないんですか?」

 「そんなことで毎回気持ち悪がってたら、こんな仕事出来ないね。一課にいた当時、一緒にその遺体を見つけた俺より幾つか下の男がいたんだけどな、そいつはまだそういう現場の経験が足りなくて。他殺の可能性もあるとかなんとか喚いてたけど、結局、検視官にみてもらったら、自殺ってことで片付いたんだよ」

 「新聞にも載りました?ニュースとかは?」

 「どうだったかな?正直、その時のことはなあ・・・。自殺した馬鹿な奴がいるって、そう思っただけだからなぁ」

 「そうですよね。全員覚えていられませんよね」

 そう言いながら、めぐみは水本のジョッキのビールが減っていることに気付き、新しいジョッキを頼む。

 新しいジョッキが来ると、水本はそれをまた美味しそうにごくごく飲んで行く。

 去年、腰を痛めてしまった水本は、捜査一課を離脱し、交番勤務を願い出た。

 地域に密着したいという理由だそうだ。

 その後も、2人は楽しそうに話をしていた。







 それから数日後。

 水本はいつものように交番にいた。

 それほど繁華街でもないこの場所では、そうそう事件という事件もないため、日がな一日を過ごしていた。

 水本が、隣の警官に此処を任せて休憩がてら昼飯でも食べようかと奥に入ろうとしたのだが、その時無線で、近くで迷子が泣いているという電話が入った。

 「水本さん、俺行ってきます」

 「頼む。ここは俺が待機してるよ」

 もう1人の警官は通勤途中に気持ち悪くなってしまったため、遅れてくるということで、今ここには水本しかいない。

 子供のもとへ行った同僚が戻ってくるまで待っていようと座ったとき、声をかけられた。

 「水本さん、お疲れ様です」

 「りょうじゃないか!どうしたんだ!」

 仕事の途中なのか、めぐみがお菓子の袋を持ってやってきた。

 水本はめぐみに近づき、手渡されたそのお菓子を受け取って雑談でもしようかと思ったその時・・・。

 腰にあった、弾の入った銃がめぐみの手にあった。

 「りょう、それは玩具じゃないんだぞ」

 「わかってますよ。水本さん」

 自分のこめかみに銃口を当てられた状態で、冗談は止めろとめぐみに言っていた水本だが、その頭からは血飛沫が飛び散る。

 めぐみは銃を水本の手に握らせるようにすると、手土産のお菓子を持ってその場から離れて行った。

 のどかな、晴れた日のことだった。







 俺には、弟がいた。

 弟はとても良い奴で、誰に対しても優しい奴だった。

 他人とは一線置くところがあるが、それを差し引いたとしても、愛想が良いため、女性から好かれることも少なくは無かった。

 そんな弟が、ある日死んだ。

 悲しくて、辛くて、なんで死んだのかさえ分からないまま骨になった。

 弟が、俺に何も言わずに勝手に死ぬはずがないと、警察に何度も話したにも関わらず、事件性はないとされたと、ただそれだけを繰り返された。

 どうして事件性がないと断言できるのか聞いてみると、いち早く駆け付けた警察官が、不審な人を見なかったと証言したらしい。

 事故だと思われたが、フラフラ歩いて道路に出る弟が目撃されたと言われた。

 俺は、警察という組織に期待することを諦めた。

 あいつは最期まで気付かなかっただろう。

 だがどうでも良いことだ。

 俺はやり遂げたのだから。

 『速報です。今日12時48分ごろ、交番内で自殺したと思われる警察官の男性の遺体が見つかりました』





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