第10話

文字数 917文字





 音楽をやっている人間なんてみんな闇を抱えている。特に僕みたいに、モテたいとか人気者になりたいって言うのは思わず、ただ音楽をつくるのが好きなだけの人間は、向上心もないし、一般的に考えられているミュージシャン像とはだいぶ違う。卑しくて、貧乏で、惨めな存在だ。
 僕は惨めだ。なんでこんなにかなしいんだろう。そんなことを思っていると、携帯電話から着信音が鳴る。だれかと言えば、うさぴょんだった。僕は通話をタップする。
「なんだい、うさぴょん」
「部屋に来て、先輩」
「……………………」
「ねぇ、先輩」
「わかったよ、うさぴょん」
 かくして僕は、うさぴょんの家に向かう。


 鍵が解錠されて、開けた玄関にいたのは、身体を折り曲げているうさぴょんの顔だった。男にバックから貫かれながら、恍惚の笑みとよだれを垂れ流している。
「よぉ」
 うさぴょんの後ろにいて、貫いているそいつは、忘れもしない、それは崖札の声だった。
「豚みてぇな女だよなぁ、うさぴょん! へへっ、ヤス、どうだ、今の気分は。うさぴょんよぉ、言ってやりな、この寝取られ男に今、自分がどんな気持ちかを、よぉ!」
 激しくうさぴょんの剥き出しのおしりを崖札が叩くとうさぴょんは、
「腰がくだけて崩れ落ちそう。腰を振るのが止まんないよぉ!」
 と、自らも腰を崖札に叩きつけた。うさぴょんのよだれが、玄関に垂れる。
 殺したい相手が今、目の前にいて、最愛のひとを抱いている。刺すべきだ、ナイフで。僕の目は充血する。僕は、
「うわああああああああああああぁぁぁぁ」
 とその場で絶叫して、そのまま玄関から飛び出して逃げるようにうさぴょんの家から離れ、坂を下った。下り終わった農道で、僕はわんわんと声を出して泣いた。
「殺せなかった……、クソッ、……殺せなかった」
 僕はへたれた寝取られ男に過ぎないのか?
 僕は、崖札を殺せないのか?
 気が狂いそうだった。
 この閉塞された宇宙にひとり、僕はいて、自分の人生を呪った。
 自分の人生を呪う? 呪うならば崖札を、だろう?
 でも、僕には自分を呪うことしか出来なかった。

 僕はとぼとぼと農道を歩いて、歩きながら、なにも考えられず、そのまま自分の家に帰った。
 クソなのは僕だった、畜生!


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