第X話 ダランベールの原理

文字数 859文字

「わたしもすっかりこの街が好きになりました」
 北伊勢スクエアに来ている。科納エレクトロニクスは鈴鹿の工業地帯が本社だ。

「それは何よりだな。ここもようやく落ち着いたようだ」
 ちょっと前まではメシヤに白馬、ミドルのやつもいて大変だったんだ。あとヒロシもな。

「小さいときにも訪れたことがありますが、懐かしさを感じるんですよね。日本の原風景とでもいいますか」
「良くも悪くも、変わらないからな。ここは」
 本多忠勝像の威光が轟く。

「変わらない、というのも多大な労力が掛かっているものなんですよ」
 ニカルは揖斐川に浮かぶ小舟を眺めた。

「ふむ。なにもしなければ朽ち果てていくだけだからな」
 こんな娘くらいの年の子に教えられるとはな。

「都市計画で重視しなければならないのは、竣工した時のことだけではありません。それらを無理なく維持していくにはどのような機構が良いのかを考え巡らせなければいけないでしょう」  
 ハイテクをこれでもかと詰め込んだとしても、管理費と人件費はとめどなく流れていく。
「これで人間が楽になるだろうと多くのシステムが生まれたが、人力でやれるスタッフがいなくなると組織はジリ貧になる、というステージに来ているな」
 北伊勢キャッスルは海道の名城に相応しい。

「この木曽三川を見てください。雄大に流れていますが、人の手が加わらなければこのような美しい形は維持できません」
 土木や建築を下に見る向きがあるが、AIで真っ先に淘汰されるのはホワイトカラーだぞ。
「わっ、よく跳ねますね」
 落ちていたハマグリで石切をした。イエローサブマリン投法だ。

 俺が見る限り、ニカルは多動症だろう。現状維持という目標を立てたところでそのキープは覚束ない。俺調べでは何か2割増しのことをやろうとしてようやく現状が保てるのだと思っている。

「時間がいくらあっても足りませんね」
 日と寺と書いて時か。時間を支配しているのは太陽と地球(テラ)だと古代人は看破していた訳だ。

 時が止まったかのように若さを維持している人間もいる。ダランベールの原理の応用だな。









ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み