第1話

文字数 1,408文字

 山形県庄内には元気な高齢者が多い。
 70歳代は young(若者)、80歳代は普通、90歳代がお年寄りと呼ばれる。
 80歳を超えた元気な(普通の)男性は、雪降ろし作業をしに屋根に上る。そして春から秋までは、山菜取りに山に入る人もいる。
 この山菜取りは奥が深く、希少な山菜の収穫や多量に採れた時の喜びはギャンブルに勝った時の興奮に近いらしい。外来でも山菜取りの話になると、目が輝く患者さんがいる。
 「体にいいこと、何かしていますか?」
 「んだ、山さ歩いてるだ。」
 「山菜取りですか?」
 「んだんだ。」
 「どこら辺の山に入るんですか?」
 「教えらんねぇの~。」
 「何が採れるの?」
 「教えらんねぇの~。」
 山菜が採れる場所、採れる山菜の種類は採集者にとっては生涯の極秘事項で、家族にもその場所を明かさないらしい。
 夏になると、「爺ちゃんが山菜取りに行って、夕方になっても家に帰って来ない。」という報道をよく耳にする。行方不明は84歳の男性。捜索の結果、山道に停めてある自動車が発見された。翌日、山中で無事に保護された。という経過が多い。
 ある日の外来で80歳超えの元気な男性が、
 「最近、耳が遠くなったので山には入らなくなった。山菜取りは止めだ。」
とのことだった。私にはその意味がよく理解できなかった。
 山菜取りに山中に入るとつい夢中になり帰り道を見失うことがある。歳を取って、秘密の採取場所はどこだか分からなくなってしまった。そこでその男性は山道に停めた車のドアミラーにラジオをぶら下げて音量を最大にして放送を流す。その音が聞こえる範囲の山中を歩いて山菜を取ることにしていた。そしてラジオの放送も聞き取り難くなり、山菜取りから引退を決めたのだそうだ。
 「同じ年代の認知症の人が自分の家が分からず徘徊するくらいだからの、仕方がねえの。」
 成る程…。山菜取りの世界も奥が深い。それぞれの領域ならではの苦労と工夫があるのだ。
 こだわりを持った人の話はホントに面白い。

 んだの。

 さて、農林水産省のホームページの「詳しく知って楽しく食べよう! おいしいきのこ図鑑」には、身近な食材の一つである(きのこ)の代表的な10種類が紹介されている。
 写真は地元の道の駅の産直で見つけた舞茸(まいたけ)である。

 私は、スーパーで小分けに切られてパック詰めされた舞茸しか知らなかった。元の舞茸は半球状でボリュームがあることを知り、その質感と迫力に感動してつい、買ってしまった。農林水産省ホームページの中のきのこ図鑑によると、市場に出回っている舞茸はほとんどが人工栽培によるもので、天然物は希少価値が高いそうだ。
 舞茸の語源は諸説あり、「思わず踊り出してしまう」ほど美味しいとか、野生の舞茸を山で発見すると舞い踊りたくなるほど嬉しい気持ちになるからという説などがある*。
 私は、天然の舞茸を発見すると舞い踊りたくなるほど嬉しくなる説に賛成である。確信はないが、80歳超えの高齢者が目的地も採取するものも極秘にして命を懸けて山菜取りをする理由の中に、天然の舞茸を採ることが入っているような気がするからである。

(*参考文献 (1)猪股慶子監修 成美堂出版編集部編 『かしこく選ぶ・おいしく食べる 野菜まるごと事典』成美堂出版:2012年7月10日 159頁 (2)主婦の友社編 『野菜まるごと大図鑑』主婦の友社:2011年2月20日 221頁)
(2023年1月)
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