第1話

文字数 807文字

 ここ数年の(山形県)庄内の夏の暑さは尋常ではない。
 しかし、太平洋側と比べると日本海側の夏は迫力に欠ける。
 庄内地方にも海水浴場はあるが、海の家はほとんどない。海岸にはピーチパラソルが点々としている。泳いでいる人はまばらである。海岸の人が疎なのだ。
 山の緑も迫力に欠け弱弱しい。朝夕に吹く風にはどことなく涼しさを感じる。夏のギトギト感がないのだ。
 お盆が過ぎると一気に涼しくなる。8月20日過ぎからは学校が始まる。その分、冬休みが長い。

 9月1日に新型コロナウイルス・ワクチンの4回目の個別接種を院内で行った。庄内地方の新型コロナウイルス感染拡大第7波に(あわ)てたのか、地域住民に4回目ワクチン接種の機運が一気に高まった。
 この日の接種対象者は65歳以上の高齢者が多かった。
 「はい、お名前とお歳をお願いします。」
 「庄内花子(←仮名)、86歳。」
 「今日は4回目のワクチン接種ですね?」
 「んだの。」
 以下、問診票で病歴や健康状態を確認する。
 接種担当の看護師が、
 「はい、では腕を出して下さい。」
 ここからが大変だった。薄手のカーディガン、長袖のブラウス、半袖のシャツと服を(まく)るだけではなかなか上腕にたどり着かない。カーディガンを脱ぎ、長袖のブラウスは片袖を脱いで半袖のシャツを捲ってやっと到達できた。ふ~。
 「えっぺい、着てっからの~」

 写真は 2016年9月3日の庄内平野を行く、羽越本線上り特急「いなほ」である。

 9月初旬、稲はわずかに色づく程度である。収穫の秋はまだ先だ。
 しかし高齢者は、この時期の涼しさに「寒い」と感じた時に、冬の防寒対策で臨むことには何の躊躇もしない。外来診察で、お年寄りの下着の枚数が増える。汗をかいてでも厚着をする。
 ここ庄内には秋のファッションがない。
 庄内で生き抜いてきたお年寄りの身に()みついた自然への対処の仕方に、忍び寄る厳しい冬を感じた。

 んだんだ。
(2022年9月)
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