あなたはネコを信じますか? ~私は犬派です~
文字数 2,359文字
誰かが泣いている。
誰がどうして泣いているのかと暫く耳を澄ましてようやく、その音はいつもとは少し趣を異にした風の吹きすさぶ音だということを理解してルカは少しだけ安堵した。
人が泣いているのを見るとどうしてだかこちらの気分も悄気げてしまう。
「風の音がよく聞こえる」
「ええ、まるで誰かが泣いているみたいに聞こえます」
自分と同じ感想を抱いた人物がいることにやや安心を覚えたが、それもつかの間、すぐさまルカは目を見開き飛び起きようとして、いつもとは勝手が違うことに気づく。
暫くの間眠っていたことを考慮しても光が異常に眩しく感じられ視界もいつもと異なる。ざっと見渡した限りここは自分の部屋で眩しさの元はいつものLED電球の光だというのに。
ルカは焦り戸惑い状況を把握しようと努力するも体が言うこと聞かずによろけてしまいベッドに倒れこんだ。ベッドの柔らかな心地よさを受けて投げやりに瞳を閉ざす。
なぜ自分がそんなにも焦っていたのかをルカは考えた。夢を見ていたからではない。考えてすぐに思い当たった。自分の側で声がしたのだ。もっと言えば自分の口から他人の声が聞こえた気がしたのだが、そんなことが起こるはずはない。
「いきなり目を見開かないで下さい。眩しいじゃないですか」
また自分の体内から他人の声が聞こえた気がして、ルカは眩しい目をなんとかもう一度開いて周りを見渡すも、眩さに勝てず次第に目頭が重くなってから、ふと瞳が無理やり誰か他人の力で閉ざされるのを感じた。
ようやく自分の身に普通では有り得ない事が起きている可能性を感じたルカは不明瞭な声を上げ取り乱しながらも少しずつ今まであったことを思い出していった。
「どういうことだ、その声はメフィストだろ、どうして」
「さぁ。そちらで微笑んでる女人、いや女人のような見目をした方に聞いて下さいな」
ルカはもう一度目を薄く開く。ぼんやりとした視界でははっきりとは掴めないもののなんとなくこちらを安心させる雰囲気を湛えた女神のような女性が立っているのに気づいた。
先程見回したときは余りの眩さからか混乱からかその存在に気がつけなかったが、彼女は全く身を潜める素振りもせずにこちらに微笑みを浮かべているようだった。
「こんばんは」
「え? はい、こんばんは」
知らない内にメフィスト以外の闖入者が自室にいることはルカに多少の驚きを与えたが、眠りに落ちる前に起きたことを考慮すればそういうこともあるだろう、と思える程度の事だったののでソフィアに対して殊更警戒心を表すこともなかった。
「意外と落ち着かれてますね。悪魔であるメフィストさんはともかくルカさんは人間、それもまだお若いのにしっかりしていらっしゃる」
光に目がまだ慣れてはいない為、ルカの瞳に映る姿ははぼんやりとした輪郭を湛えたままの女性が言った、悪魔や人間という言葉に違和感を覚えつつも、どうもとだけ返事をした。
悪魔であるメフィストにさんを付ける辺り、礼儀正しいのか、それともズレているのか、あるいは天使とはそういうものなのか、と疑問が浮かんだが、おそらくズレているんだろうなと何の根拠もなく彼女に失礼な結論を出したルカは咳払いをして、いつもと勝手が違うことをまた感じた。
ぎこちないのは何も咳払いに限った話ではない。哲学的な問いかけではなく本心からルカには自分の体が自分の体ではないように感じられていたし、自分の体の内側からメフィストの声が聴こえるのも気になっていた。
ただそれら全ての疑問は眼の前にいる女性の話を聞けばわかるのではないかとルカはなんとなく感じていた。
「申し遅れましたが、私は天使見習いのソフィアです。これからよろしくお願いしますね」
「え、ええ。よろしくお願いします?」
天使に見習いがあるのかとか、女性に見えるが天使に明確な性別がるのかとか、そもそもなぜ天使がここにとか、そういった疑問がルカの頭に幾つも浮かんでくる。
それでもメフィストという悪魔がやってきて絶体絶命の危機にあった、その危機については過去形で良いのかはわからないがそういう自分の身の上から考えるに、彼女が天使であるという事をそれほどの疑問を抱かずに受け入れられたので、ルカは笑う直前のような曖昧な表情を浮かべてソフィアの話を促した。
「ルカさんには大事な話があります。驚かないで聞いてください」
大事な話と言われたので若輩者であることを気にしたルカは威厳を出すように眉を顰め、顰める際ようやく光に慣れてきた視界に毛のような物が見えたのが気になりつつ、おもむろに頷いた。
「えーっとですね。今ルカさんは、そのネコになってまして」
「はい?」
「えーだからですね、こちらの手違いもありまして今ルカさんはネコの姿になっているんですよ。それから」
とても納得出来ないようなことをソフィアを名乗る天使が言いのけたが、話が続くようなのでルカは喉元まで出かけていた疑問の声を、少々外に漏らしつつも噛み殺した。
「ネコの体内にはこれもこちらの手違いとか色々な偶然が重なったためにですね、あの、メフィストさんもいらっしゃるんです」
「いやいやいや」
「そういうことなんで、しばらくよろしくお願いします」
体内から聞こえるメフィストの声は平坦にそう告げた。
「え、あーよろしってえー?」
想定よりもとんでもないことが起きていることを理解したルカはこれまでにどんなことがあったのか頭の中を整理しながらはっきりと思い出すべく、瞳を閉じた先に見える不完全な暗闇でしばし唸り続けた。
「ゔぅぅぅーぐぅるぅぅぅーゔゔぅぅぅー」
唸り声が人間のそれよりもネコのそれに近かったのをルカは今だけは気にしないことにした。
誰がどうして泣いているのかと暫く耳を澄ましてようやく、その音はいつもとは少し趣を異にした風の吹きすさぶ音だということを理解してルカは少しだけ安堵した。
人が泣いているのを見るとどうしてだかこちらの気分も悄気げてしまう。
「風の音がよく聞こえる」
「ええ、まるで誰かが泣いているみたいに聞こえます」
自分と同じ感想を抱いた人物がいることにやや安心を覚えたが、それもつかの間、すぐさまルカは目を見開き飛び起きようとして、いつもとは勝手が違うことに気づく。
暫くの間眠っていたことを考慮しても光が異常に眩しく感じられ視界もいつもと異なる。ざっと見渡した限りここは自分の部屋で眩しさの元はいつものLED電球の光だというのに。
ルカは焦り戸惑い状況を把握しようと努力するも体が言うこと聞かずによろけてしまいベッドに倒れこんだ。ベッドの柔らかな心地よさを受けて投げやりに瞳を閉ざす。
なぜ自分がそんなにも焦っていたのかをルカは考えた。夢を見ていたからではない。考えてすぐに思い当たった。自分の側で声がしたのだ。もっと言えば自分の口から他人の声が聞こえた気がしたのだが、そんなことが起こるはずはない。
「いきなり目を見開かないで下さい。眩しいじゃないですか」
また自分の体内から他人の声が聞こえた気がして、ルカは眩しい目をなんとかもう一度開いて周りを見渡すも、眩さに勝てず次第に目頭が重くなってから、ふと瞳が無理やり誰か他人の力で閉ざされるのを感じた。
ようやく自分の身に普通では有り得ない事が起きている可能性を感じたルカは不明瞭な声を上げ取り乱しながらも少しずつ今まであったことを思い出していった。
「どういうことだ、その声はメフィストだろ、どうして」
「さぁ。そちらで微笑んでる女人、いや女人のような見目をした方に聞いて下さいな」
ルカはもう一度目を薄く開く。ぼんやりとした視界でははっきりとは掴めないもののなんとなくこちらを安心させる雰囲気を湛えた女神のような女性が立っているのに気づいた。
先程見回したときは余りの眩さからか混乱からかその存在に気がつけなかったが、彼女は全く身を潜める素振りもせずにこちらに微笑みを浮かべているようだった。
「こんばんは」
「え? はい、こんばんは」
知らない内にメフィスト以外の闖入者が自室にいることはルカに多少の驚きを与えたが、眠りに落ちる前に起きたことを考慮すればそういうこともあるだろう、と思える程度の事だったののでソフィアに対して殊更警戒心を表すこともなかった。
「意外と落ち着かれてますね。悪魔であるメフィストさんはともかくルカさんは人間、それもまだお若いのにしっかりしていらっしゃる」
光に目がまだ慣れてはいない為、ルカの瞳に映る姿ははぼんやりとした輪郭を湛えたままの女性が言った、悪魔や人間という言葉に違和感を覚えつつも、どうもとだけ返事をした。
悪魔であるメフィストにさんを付ける辺り、礼儀正しいのか、それともズレているのか、あるいは天使とはそういうものなのか、と疑問が浮かんだが、おそらくズレているんだろうなと何の根拠もなく彼女に失礼な結論を出したルカは咳払いをして、いつもと勝手が違うことをまた感じた。
ぎこちないのは何も咳払いに限った話ではない。哲学的な問いかけではなく本心からルカには自分の体が自分の体ではないように感じられていたし、自分の体の内側からメフィストの声が聴こえるのも気になっていた。
ただそれら全ての疑問は眼の前にいる女性の話を聞けばわかるのではないかとルカはなんとなく感じていた。
「申し遅れましたが、私は天使見習いのソフィアです。これからよろしくお願いしますね」
「え、ええ。よろしくお願いします?」
天使に見習いがあるのかとか、女性に見えるが天使に明確な性別がるのかとか、そもそもなぜ天使がここにとか、そういった疑問がルカの頭に幾つも浮かんでくる。
それでもメフィストという悪魔がやってきて絶体絶命の危機にあった、その危機については過去形で良いのかはわからないがそういう自分の身の上から考えるに、彼女が天使であるという事をそれほどの疑問を抱かずに受け入れられたので、ルカは笑う直前のような曖昧な表情を浮かべてソフィアの話を促した。
「ルカさんには大事な話があります。驚かないで聞いてください」
大事な話と言われたので若輩者であることを気にしたルカは威厳を出すように眉を顰め、顰める際ようやく光に慣れてきた視界に毛のような物が見えたのが気になりつつ、おもむろに頷いた。
「えーっとですね。今ルカさんは、そのネコになってまして」
「はい?」
「えーだからですね、こちらの手違いもありまして今ルカさんはネコの姿になっているんですよ。それから」
とても納得出来ないようなことをソフィアを名乗る天使が言いのけたが、話が続くようなのでルカは喉元まで出かけていた疑問の声を、少々外に漏らしつつも噛み殺した。
「ネコの体内にはこれもこちらの手違いとか色々な偶然が重なったためにですね、あの、メフィストさんもいらっしゃるんです」
「いやいやいや」
「そういうことなんで、しばらくよろしくお願いします」
体内から聞こえるメフィストの声は平坦にそう告げた。
「え、あーよろしってえー?」
想定よりもとんでもないことが起きていることを理解したルカはこれまでにどんなことがあったのか頭の中を整理しながらはっきりと思い出すべく、瞳を閉じた先に見える不完全な暗闇でしばし唸り続けた。
「ゔぅぅぅーぐぅるぅぅぅーゔゔぅぅぅー」
唸り声が人間のそれよりもネコのそれに近かったのをルカは今だけは気にしないことにした。