第1話

文字数 1,249文字

 医師会の忘年会に行く途中のことだった。
 忘年会の会場は隣の酒田市内のホテルだった。年末で運転代行もタクシーも混雑が予想されたので、JR 羽越本線で行くことにした。
 病院から余目(あまるめ)駅まで徒歩で移動中、右足に異常を感じた。足元でパカパカ音がした。
 ん!? 何だ?
 見ると右の革靴の Heel (ヒール)(かかと))が靴の本底(ほんてい)から剥がれかかっていた。靴の踵外(かかとはず)れである。靴を脱いでよく見ると、踵の Heel lift(ヒール リフト)積上(つみあ)げ)(←踵の底の分厚い部分)が剥がれて一部分がかろうじて本底にくっついている。獅子舞の獅子がパカッと口を開けたようになっていた。
 (これはまずいことになった。)
 右足を上げると靴の踵がパカッと開き、着地すると閉じる。歩いてみた。
  パカッ、閉じる、パカッ、閉じる、…
 (もし、踵の積上げが取れたらどうしよう? 歩けるかなぁ?)
 靴の踵が開かないように足を()り足にしてみた。ん~、思うように歩けない。
 結局、右足を引きずるようにして余目駅に辿(たど)り着いた。

 余目駅で「靴 修理 酒田」とスマホで検索した。3件ヒットしたが、連絡がついたのは1件で、その1件も「工場へ運んで修理するので、店では受付だけ」だった。
 状況は悪化した。
 酒田駅から会場のホテルまでは案内では徒歩17分とある。最初は歩いていく予定だったが、タクシーで行くことにした。
 酒田駅前で途方に暮れた。タクシーが1台もいない。あるのは予約して利用するデマンド・タクシーか、観光タクシーのスタンドだった。
 (そうだ、コンビニで接着剤を買って剥がれた踵の積上げを本底に貼り付けよう!)
と、応急処置を思いついた。
  パカッ、閉じる、パカッ、閉じる、…
 ホテルにパカパカしながら向かうが、途中、街はシャッター街でコンビニもない。
 時刻は夕方の5時15分、日はとっぷりと暮れ(あた)りは真っ暗だ。
 と、路地の入口に居酒屋の灯りが見えた。(写真↓)

 暗い中、そしてお先真っ暗な状況で赤い灯は温かく見える。吸い込まれるように暖簾をくぐった。助けを求めるかのように…。

 店には女将さんがひとりで、まだ客はいなかった。カウンターに座る。足元が気になる。
 「何になさいますか?」
 「まず、杉勇(すぎいさみ)*を下さい(*山形県遊佐(ゆざ)町の淡麗辛口な地酒)」「それから女将さん、この店に接着剤あるかなぁ?」
 ()()然々(しかじか)で今、困っていること。応急処置でいいから、剥がれた踵を貼り付けたい旨を話した。
 「ん~、あるかしら、この店に…。」
 女将さんはレジの机の引き出しや、カウンターの引き出しをごそごそと探してくれた。
 「あ~、これならあったけど…。」
 出してくれたのは木工用のボンドだった。
 「有り難う。でもうまく付くかなぁ、これで?」
 「ないよりいいんじゃない? 体重もかかるからしっかりと付くわよ、きっと…。」

 追い込まれた時は完璧を求めない。満点でも合格点でなくても十分だ。
 女将はそれを教えてくれた。

 んだんだ。
(2023年12月)
 さて、結末は如何に?(次回に続く)

 

  
 
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