第1話

文字数 1,416文字

 山形県庄内町にあった1軒のお好み焼き屋が 51年の歴史に幕を閉じて早2カ月が経過した*。(*「地域にとっての大打撃」:NOVEL DAYS 一般小説:2024年7月17日 更新 を参照)
 その店は大将と女将が二人三脚で切り盛りするお好み焼き屋で、地域の爺婆(じじばば)の溜まり場だった。お好み焼きは一枚板の鉄板で全て大将が焼くので、客には待ち時間という暇があった。だから自然と皆で店の大きな液晶テレビを観ては、
   あ~でもない、こ~でもない、んだの~、んだんだ!
と話題に花が咲く。
 酒も提供されるが、お好み焼きは下戸(げこ)でも食べられる。ある時は最高齢 88歳のお婆さんも一緒にお好み焼きを食べたことがあった。
 酒呑みにはつまみも鉄板で焼いて出してくれる。だから夜になると居酒屋の雰囲気が増し、酒呑みの常連が集まってくる。最後は女将のこてこての庄内弁の machine gun(マシンガン) talk(トーク) に撃ちのめされるが、でも話は尽きなかった。

 その店の看板の灯が消えてその店の附近は暗く寒々しくなった。
 不思議なことにその店の常連は町から忽然(こつぜん)と姿を消した。少なくとも私の生活時間内で町内で顔を合わすことはなかった。
 今は昔、6~7年前のことだった。町内のある居酒屋が女将の健康上の理由で閉店になった。その時はその店の常連がいくつかの店に流れていった。「誰それはどこそこの店によく行っている」「どこそこの店で彼が飲んでいた」など散り散りになった常連の行方(ゆくえ)はほぼ全員が、たちまちのうちに同定された。私は田舎の情報網の凄さに舌を巻いた。
 それが今回閉店したお好み焼き屋の常連の消息が伝わってこないのだ。
 何があったのか考えた。ん~~~。
 この6~7年で庄内町の人口がさらに減少し、2万人を割り込み 2024年7月現在で 19,230人となった。65歳以上の高齢化率も 2020年の時点で 37.6% と上昇し続けている。小学校の統廃合が進み、開業医の閉院が相次ぎ、何軒かの居酒屋も店を閉じた。町にあるタクシー会社も夜 11時で営業を止め、夜間のタクシーはない。運転代行も台数が減り、居酒屋の閉店時間も早くなった。
 閉店したお好み焼き屋の常連の爺婆たちの移動手段はなく、彼らの生活圏内には新たに訪れる店がないのだ。僻地の田舎の爺婆、高齢者は()くして社会と疎遠になり孤独を経て終わっていく。もちろんこれが全てではないが…。
 寂しいの。んだんだ。

 さて写真は、横浜市営地下鉄・阪東橋駅すぐにある、粋な下町の古き良き商店街の雰囲気が残る「横浜橋通商店街」で撮影した。商店街の入り口から出口まで 200mにも及ぶアーケード付きの長い活気のある商店街だ。アーケードから一歩路地に入ると戦前から残っているディープな雰囲気に(ひた)れる。

 昨年の5月3日の昼過ぎに訪ねた。

 路地の出口(入口?)に1軒の立ち呑み屋があった。店は営業中で中から女性の話し声が聞こえた。(ん~~、ちょっとだけ覗いて一杯呑んで行こう)と思ったが、店の中の雰囲気が分からない。(よし、誰が出てくるかを見てみよう)と思ったら、
 「どうもねっ、またねっ!」
中から買い物籠を持った初老の白髪の婦人が颯爽(さっそう)と出てきた。
 (これは只者(ただもの)ではない。冷かしではなくもっと時間のある時に腰を据えてだな…。)
 【常連】その興行場・遊戯場・飲食店などに、いつも来る客**。(**goo 辞書から引用した)

 んだの。
(2024年9月)

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