第1話

文字数 1,528文字

ある日 目が覚めたら

ある日 目が覚めたら
人類は滅亡していた
いや 実は自分が死んで
しまったのかも知れない
とにかく誰もおらず
周囲は暗闇で何も見えないのだ
生きているか死んでいるかも分からない
でも手も足もついているようだし
特段に変わったことは何もない
いつまでもそこにゴロゴロしていたが
やはり誰も来ないし暗闇のままなので
仕方がないから歩き回ってみようと思った
そういえば ちょっと前までコロナが
どうのということで大騒ぎしていたが
いったいあの騒ぎは どうなったのだろう

もし ここがあの世なら有名な三途の川や
お花畑などがあっておやじやばあちゃんや
おんちゃんやおばさん それから
津波で死んだ友達など先にあの世にいった人たちが
俺のことを迎えに来てくれるのだろうか
ここはあの世とこの世をつなぐ
トンネルのようなところかもしれないが
いつまでもここにいるわけにもいかないだろう
それともこれはまるっきりの夢なのかもしれないし
とにかく このままここにじっとしているワケにも
いかないようなので歩き回ってみよう
見知らぬ町を探索するような気持ちで

自分が死んでしまったとしたら それは
人類が滅んだことと同じことだ なぜって
自分がいるから他者や人類も存在するのだから
自分が死んでいようが人類が滅亡して
いようが それはけっきょく同じことなのだ
もしかしたらコロナとやらがクラスターして
オーバーシュートしてパンデミックして
人類はことごとく息絶えてしまったのかもな
それなら それでいいじゃないか 
とにかく 死んだら死んだで何とか生きるだけさ
さて あぁ やはり少し腹が減ってきたな


ファンレターの紹介と私のコメント

 これは夢か現か…SF映画の世界に入り込んだような、不思議な感覚に陥りました。人類が滅亡し、自分一人だけが存在する。いや、自分が死んでしまったのか?不安で一杯な筈なのに、何処か客観的に見ている自分がいて…自分だけの王国で、取り敢えず、どてりと寝転んで様子見。誰も来そうもないからその辺りを彷徨いてみる。人は案外、タフガイなのかも知れません。こんな時にも腹が減り、しっかり、ちゃっかり生きているのだから。死んだら死んだで何とか生きるだけさ。何だかとても面白い表現ですね。最後の章は、とても奥深く哲学的な香りがしました。自分の死と人類滅亡は同じ線の上。自分だけが終わりで世界は続いて行くなんて有り得ない。自分が知らない世界は無いものと同じ。頭がクラクラして不思議な世界を彷徨う、麻酔から覚めたばかりの人になった気持ちです。この作品の世界を十分知り尽くすのには、まだまだ修行が足りないので、的外れな感想かも知れません。何度も読ませて頂きます。ありがとうございました。


 ありがとうございます。いつもとても熱心に読んで頂いて感謝しています。これは人類が滅亡してしまったのか、それとも自分が死んでしまったのか分からなくなったというお話です。自分が死んでしまったという実感は全くないのですが、もしかしたらこれが死後の世界かも知れないし、あるいはパンデミックや核戦争で一夜にして人類が滅んでしまったのかもしれない。だからとにかく歩き回ってみるしかないが、考えてみればそれは同じようなことではないかと思うようになる。個人レベルで主観的に考えれば自分が死んでしまうことと世界がなくなってしまうことは、結局、同じようなことなのではないか。ここでルネ・デカルトの有名な言葉「われ思う、ゆえに我あり」を思い出します。ここに考えている自分がいるからこそ自分と世界は存在する、ということは死んでしまったら自分も世界も存在しなくなるということではないか。何かややっこしくて何を言っているのかよくわからなくなりました。すいません。




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