第2話

文字数 7,102文字

 屋敷の中に入ると、矢張り――刑事が現場検証を行っていた。事件に対して部外者である僕が叱られるのは、当然の話である。
「コラッ! 部外者の立ち入りは禁じているはずだ!」
 カンカンに怒る刑事を(なだ)めるべく、僕は事情を説明した。
「――僕はこういう者だ。警官の犬飼さんから事件現場への立ち入りは許可してもらった」
 ゴチャゴチャと事情を説明して、刑事は漸く――納得した。
「ああ、西京極玉次郎さんでしたか。あなたの小説は存じておりますよ。で、本名が金城大輔さん。意外と名前は普通なんですね。――あっ、そうだ。僕は兵庫県警捜査一課の鷹野秀行(たかのひでゆき)と言います」
 鷹野秀行と名乗った刑事は、水晶髑髏についての仔細を説明した。
「最初に頭蓋骨のない白骨死体が発見されたのは、今から1ヶ月前です。被害者は五条家でメイドを務めていた沖田明衣子(おきためいこ)。沖田さんの遺体は庭園の地面に埋められていたんですが、頭蓋骨だけがどこにもありませんでした。次に白骨死体として発見されたのは、五条家の次女である五条美弥(ごじょうみや)さん。矢張り頭蓋骨だけがない白骨死体として庭園で発見されました。3人目の被害者は五条家の三女である五条(ごじょう)ひかるさん。矢張り――頭蓋骨はありませんでした」
「なるほど。要するに、この1ヶ月間で3人の白骨死体が発見されているという計算になるのか」
「そうですね。DNA鑑定の結果も齟齬(そご)がない状態でした」
「それで、同時期に西宮で『水晶髑髏騒ぎ』が起こったと。詳しいことは友人から聞いた。僕の考えだと――水晶髑髏は白骨死体から作られているのでは?」
 僕の考えに、鷹野刑事は相槌を打った。
「なるほど! それなら、頭蓋骨がない白骨死体と水晶髑髏の間に関係性を見出だせますね!」
「だが、気になることもある」
「気になること?」
「白骨死体は全員女性であることだ」
「あー、確かに。どうして女性ばかりを狙って殺害したんでしょうね。流石の僕もそこまでは考えていませんでした」
 僕は、犯人の目線で事件を推理した。
「仮に僕が事件の犯人なら――頭蓋骨だけ欲しいから、何らかの形で被害者に毒物を飲ませて殺害する。そして、遺体を土の中に埋めて白骨化するまで放置させる。白骨化が進んだら、頭蓋骨だけ取り出して――水晶髑髏の作成に取り掛かる。まあ、こんなところかな?」
「その考えはありそうですね。――事件解決に一歩前進でしょうか」
「ああ、一歩前進だな。――ベラベラと喋ってしまって申し訳ない」
「良いんですよ。どうせ万策尽きてましたし」
 鷹野刑事というコネクションを得た所で、僕は五条光彦と接触した。
 五条光彦は、恰幅(かっぷく)の良い男性であり――豪奢(ごうしゃ)な装飾品を身に着けていた。よくある金持ちのビジュアルと言ってしまえばそれまでだ。
 ドスの効いた低い声で、五条光彦は僕に話しかけてきた。
「ほう、探偵ですか?」
「いえ、僕はそういう大それたものではありません。ただ――ミステリ作家として事件の取材をしに来ただけです」
「なるほど。取材するついでに――頭蓋骨のない白骨死体と水晶髑髏の謎も解いてくれないか?」
「それはどうだろうか。僕にはそこまでの力がある訳じゃない」
「そうですよね。まあ、ボチボチやっていきましょう」
 現時点で疑うべき人間は五条光彦だが、僕には彼が殺人を犯す風に見えなかった。――恐らく、犯人は別にいる。
 それから、僕は食堂に案内されて、家族構成を教えてもらうことにした。
 五条家の家族構成はこんな具合だった。
 ・五条光彦(当主)
 ・五条真緒(ごじょうまお)(光彦の妻)
 ・五条麻莉亜(ごじょうまりあ)(長女)
 ・五条美弥(次女・故人)
 ・五条ひかる(三女・故人)
 ・五条ペコ(犬)
 食堂の窓の下で(うつむ)いて座っている女性が、五条麻莉亜だろうか。僕は彼女に声をかけた。
「――君が、五条麻莉亜なのか?」
 彼女は覇気のない声で答えた。
「はい……。そうです……。2人の妹が相次いで骨になっているのを見ると、次は自分じゃないかと思って……」
 ほっとけなくなった僕は、思わず彼女に「守る」と誓ってしまった。
「大丈夫。麻莉亜さんは僕が守る」
 当然だけど、彼女は困惑している。
「そ、そうですか……。でも、もう無駄です。どうせ私も骨になる運命ですから……」
 これ以上彼女と話しても堂々巡りを繰り返すだけか。そう思った僕は――その場からあっさりと引き下がった。
 一応、スマホのカメラで五条家の家族構成図を撮影したので――僕のやるべきことはもう終わったも同然だ。しかし、これからどうすべきだろうか。五条家の屋敷にある怪しげなモノは全て調べたが、水晶髑髏騒ぎに直結するようなモノは見当たらなかった。ならば――一旦情報を整理すべきか。
 それに、この日産GTRは佳菜子の借り物である。いい加減返さないと。
 事件現場から踵を返した僕は、幹線道路沿いのガソリンスタンドで給油をした。――一応、ガソリンは満タンにして返すべきだろうと思ったからだ。
 ガソリンを満タンにした上で、僕は車をミャーミャーハウスへと走らせた。――カーオーディオからはFM802が流れている。古い人間なので最近のアーティストには疎いが、辛うじて歌い手からメジャーデビューした覆面アーティストなら知っている。その覆面アーティストが顔出しNGな理由は知ったこっちゃないが、多分それなりの理由があるのだろう。
 そんな覆面アーティストの曲が流れているうちに、ミャーミャーハウスの看板が見えてくる。――戻ってきたのだ。
 入り口には「CLOSED」と書かれている。店じまいの時間か。――ならば、話すしかない。
 従業員入り口からミャーミャーハウスの店内に入ると、佳菜子がパソコンでその日の売上を計算していた。
「佳菜子、戻ってきた」
「戻ってきたのね。――それで、どうだった?」
「ああ、警官や刑事とコネクションを持った。ついでに五条光彦とも接触した」
「それはいいんじゃないの? すっかり探偵が板に付いちゃって」
「僕は探偵じゃないぞ。ただの小説家だ」
「でも、小説家が事件を解決するっていうシチュエーションは推理小説の華じゃないの」
「それはそうだが……あまり事件現場をかき回すと、却って迷惑だ」
「そうよね。――まあ、色々と話を聞かせてちょうだい。そもそも、この事件の情報を持ちかけて来たのは私だし、その分話を聞く権利はあると思うのよね」
「そうだな。それじゃあ……」
 僕は、事件現場で収集した情報を佳菜子に一通り説明した。なんとなく、佳菜子は僕を見てニヤついた顔をしていたが――僕と再会したのがそんなにも嬉しいのか。まあ、嬉しいのだろう。
 情報を一通り話した所で、佳菜子は自分の考えを僕に話した。
「大ちゃんの着眼点はかなりいい線をいってると思う。でも、私からもアドバイスさせて。――まず、3人の白骨死体は全員女性だけど、『なぜ女性ばかりを狙ったか』というのが重要だと思うのよね。世の中には肉親の髑髏を本尊とする宗教があるらしいけど、五条家の女性を狙った理由は多分宗教的なモノじゃないと思う」
「じゃあ、何なんだ?」
「そうね。――仮に、五条家が宇宙人だとしたら?」
「急に話がぶっ飛ぶな。まあ、佳菜子の場合はそれが平常運転だけど」
 事実、メキシコで見つかった水晶髑髏は「宇宙人が遺したモノ」という見解になっている。まあ、メキシコはしょっちゅうそういうモノが見つかっていて、どういう訳か議会の議論の的にもなっている。それも、日本で言うところの国会みたいな場所でそういうモノの議論が真面目に繰り広げられているので、なんだかシュールである。
 とはいえ、古代メキシコ文明は未だに謎が多い。マヤ暦のカレンダーもそうだが、当時の時代状況等を考えるとあまりにも技術がハイテクである。当然ながら、現在でも文明に関する調査が進んでおり、格好のオカルトのネタにされているのだ。――世の中には、「知らないほうが幸せだったこと」もあるのだけれど。
 僕は仕事柄そういうモノに触れる機会が多い。先日大阪の美術館で行われた古代メキシコ展にも行ったぐらいだ。――当然ながら、水晶髑髏は展示されていなかったけど。
 そういえば、日本にもそういう伝承はあるのだろうか? 「髑髏の伝承」と聞いてパッと思い付くのは京極夏彦の『狂骨の夢』であり、そこには「水晶髑髏」ではなく「黄金髑髏」が出てきた。要するに、真言立川流の本尊が黄金の髑髏だったという話である。髑髏本尊は、なんというか――裸の男女が交わりながら真言を唱えて、その際に精製された体液を髑髏に塗りたくって金箔を貼っていくとかそんな感じで作られると聞いた。当然だけど、こんなモノ――現代だと邪教でしかない。もっとも、最近の研究結果でそういう儀式を行っていたのは真言立川流ではなく「()の法集団」と呼ばれる宗教団体だったという見解も出ているが、実際のところは謎である。
 ――狂骨か。最近、アニメ等でメジャーになりつつある妖怪だと聞いた。生前の恨みが募って骨が残った妖怪であり、井戸の中に潜んでいることが多い。まあ、僕も『狂骨の夢』を読むまではそんな妖怪なんて知る由もなかったのだけれど。
 なんとなく、僕はスマホで撮影した水晶髑髏を拡大する。それで何かが分かるかと思えば、何も分からないのが実情である。
 ガラスのように透き通った髑髏は、この世の代物ではないということを示していた。理論的に考えて、こんな代物が世の中に存在していることがおかしい。矢張り、これは宇宙人ではなく狂骨の仕業だろうか。――いや、それはないか。
 スマホの画面を見ながら頭を抱えていると、佳菜子がカップラーメンを持ってきてくれた。――醤油ラーメンらしい。
「『腹が減っては戦ができぬ』じゃないけど、お腹が空いてるとまとまるモノもまとまらないじゃないの」
「それはそうだな。少し、考えすぎたか。――ところで、今何時だ?」
「まだ午後7時よ? それがどうしたの?」
「いや、なんでもない。――ただ、僕は電車でここまで来ていることを忘れないでほしい」
「そうね。――なんか、引き止めちゃってゴメン」
「いいんだ。どうせ『小説家としての仕事を放棄したい』って思ってたし」
「それって、つまり――断筆(だんぴつ)?」
「佳菜子がそう言うなら、そうかもしれない。――要するに、スランプなんだ」
「まあ、そんな時もあるって。そんなに気負わなくてもいいのよ?」
「そう言ってくれるのは佳菜子だけだ」
 とりあえず、できたてのカップラーメンを啜る。ついでに猫はカリカリを食べている。――佳菜子も佳菜子で大変なんだな。とはいえ、それで幸せそうなら良いのだけれど。
 カップラーメンを頂いたところで、僕は家へと帰ることにした。――こんな場所に長居しても、事件が解決する訳じゃない。
「それじゃあ、帰るわ」
「そうね。――また、何かあったら連絡して」
 そう言いながら、僕は西宮北口駅から改札口を抜けていった。――どうせ芦屋川まで2駅だ。
 芦屋川駅に着く頃には、外はすっかり冷えていた。――今は4月の半ばだから、当然だろうか。芦屋川の名物である桜並木も散り散りになっていて、ちょっと見窄(みすぼ)らしい。それからアパートの方へと向かって歩き、僕は無事帰宅した。
 アパートの鍵を開けて、ダイナブックを充電コードに繋げる。――結局、持っていっただけで大して役に立たなかったな。まあ、「ないよりはマシ」だけど。――メールが来ている。ああ、細貝浩次からか。
 ――西京極先生、西宮を騒がせている「水晶髑髏事件」は知っていますか? 僕は今日全国ネットのニュースで初めて知りました。もしかしたら、「西京極先生はこの事件に対して首を突っ込んでいるんじゃないか」って思って連絡してみたんですけど、矢っ張り突っ込んでいますか? いや、別に突っ込んでも構わないんですけど……。
 こういうのを世間では「バレテーラ」と言うのか。僕は、細貝浩次のメールに返信した。
 ――ああ、確かに首を突っ込んでいる。それで兵庫県警とのコネクションも得られたからな。被害者は全員頭蓋骨がない白骨死体で見つかっていて、どういう訳か水晶髑髏との共通点も多い。犯人の特定までには至っていないが、僕の手助けで捜査が順調に進んでいるのは事実だ。
 これでよし。後のことは兵庫県警に任せておくか。――どうせ、僕の出る幕はない。
 それにしても、世の中は不思議なことで満ち溢れているな。京極夏彦はそういう事象について「この世には不思議なことなど何もないのだよ」とキッパリ否定していたが、それでも不思議なことは日々起こる。――それは現在進行形で発生している水晶髑髏騒ぎが証明している。一体、犯人は誰なんだろうか? 色々考えても仕方がないので、ダイナブックで続きの原稿を書くことにした。
 新作小説の原稿は――水晶髑髏に引っ張られている。探偵役である主人公が相次いで発見される水晶髑髏の謎について解き明かして、事件の黒幕が「彼の法集団」の復興を目論む怪僧ということにした。――正直言って、小説としてイカれている。
 とはいえ、探偵役を務める「深山仁美(みやまひとみ)」という女性は容姿端麗(ようしたんれい)頭脳明晰(ずのうめいせき)、そしてスポーツ万能という出来すぎた探偵である。仁美の助手を務めるフリージャーナリストの「浅海善太郎(あさみぜんたろう)」とのバディは、それなりに読者も付いている。――早い話が、僕の処女作である『映画監督殺人事件』もこのバディの元で成り立っているのだ。
 そういう訳で、『深山仁美シリーズ』はだいたい偶数年に発売されて、奇数年に文庫化される。――もっとも、『映画監督殺人事件』の文庫版が発売された時には、あまりの分厚さで「京極夏彦の再来」なんて言われてしまった。――文庫本に換算して約1200ページだったのだ。
 常日頃から京極夏彦や西尾維新といったヘビー級作家に殴られている講談社がそういうモノに慣れているのは当たり前の話であり、僕は文庫化の際に何を血迷ったのか「分冊ではなく1冊にまとめて出してくれ」と担当者に言ってしまった。――その結果が、あの分厚さだったのかもしれない。
 結果的に『映画監督殺人事件』はノベルスも文庫もそれなりに売れた。――でも、僕は現状に満足していない。もっと書けるはずだ。そう思って、ダイナブックを武器に原稿を書いていたのだ。
 しかし、デビューしてから5年ぐらい経った頃だっただろうか。急激なスランプに陥ってしまった。多分、それは産みの苦しみだと思うが――あまりの文章の書けなさに自ら命を絶とうと思ったこともあった。そんな時に救ってくれたのが――轟木雅人だったのだ。曰く「大ちゃんはそんなに思い悩む必要はない」とのことであり、そのメッセージを受け取った僕は吹っ切れた。
 吹っ切れた結果、僕は今まで以上に原稿を書くスピードが上がった。スピードが上がった結果、「1年に1回ぐらいのペースで『深山仁美シリーズ』が出せるんじゃないか」と言われたこともあった。
 とはいえ、あまりにもペースを上げすぎると読者はマンネリを感じてしまう。――力加減が難しいのだ。それで西尾維新も一時期メンタルを壊したとの噂だし、結局のところ――何が正解なのかは分からない。正解が分からないからこそ、読者に求められるモノを追求していくのは楽しい。「楽しくなければ小説は書けない」と思うことによって、僕はスランプから抜け出した。
 そして、気づけばデビューしてから10年以上が経過していた。本来なら『映画監督殺人事件』の印税だけで食べていけるんじゃないかと言われてもおかしくないが、現実はそんなに甘くない。――故に、Webデザイナーとの兼業で漸く食べていけるのが実情である。
 そういえば、つい最近――汐留(しおどめ)のテレビ局から「『映画監督殺人事件』を映画化しましょう」というオファーを頂いたことがあった。深山仁美役は僕でも名前を知っている旬の若手女優であり、浅海善太郎役は某芸能事務所の所属タレントだった。ところが、プロットを読んだ僕は大激怒(ブチギレ)。――プロットに「仁美と善太郎が結婚する」というシーンがあったのだ。僕が小説で書く限り仁美と善太郎はそういう恋愛関係に至っておらず、持ちつ持たれつの関係であり、互いに意識する恋愛関係は匂わせ程度である。
 激怒した僕は、プロットのフェーズで『映画監督殺人事件』の映画化オファーを蹴ったが――その直後に汐留のテレビ局で漫画原作のドラマが大炎上していたのを見てしまった。炎上した挙げ句、そのドラマの原作者が自殺するという最悪の結末まで見届けている。――今から思うと、僕は汐留のテレビ局のオファーを蹴って大正解だったのかもしれない。映画化にまつわる報酬は結構大きかったのだけれど。
 早い話が、僕はそういうメディアミックスに対して消極的であり、唯一認めているモノも「自社の漫画誌でコミカライズすること」である。確か、連載媒体は『ヤングマガジン』だっただろうか。――無難といえば無難だ。
 それから、自分が小説家になった経緯を振り返りつつ原稿を書いていったが、結局その日の原稿は35枚ぐらいで打ち止めになった。――あまり書きすぎると、オーバーワークになってしまうのだ。
 とりあえずダイナブックの電源をシャットダウンして、シャワーを浴びる。シャワーを浴びたところで、髪を乾かして――布団に入る。一時期は睡眠薬や精神安定剤を飲まないとまともに眠ることが出来なかったが、今はこうして普通に寝ることができる。それだけでも、今の僕の精神は比較的安定しているのかもしれない。
 ――そういう訳で、その日はぐっすりと眠れることができた。
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