レモネード

文字数 1,136文字

まだ暑い。都市だから尚更か、と頭の片隅で考えながら集合場所、なるべく直射日光を避けながら待つ。時計の針は十一時を指している。
 夏は冬よりも香りが強くするらしい。湿気を多く含んだアスファルトの匂いが鼻腔を擽っている。
 足音がして顔を上げる。集合二分前、今、貴女の髪から薄くレモンが薫る。
 そうだ、今日はレモネードが飲みたい。

 

「美味しい! 彩月凄い! なんでこんなお店知ってるの?」
「いやぁ……、ただちょっと調べただけだよ」
「あんな一瞬で? さすがうちの彩月なだけある」
「そんなに褒めても何にも出てこないよ」

 やっぱり梅雨ちゃんは綺麗だ。私なんて最近ビューラーという単語を知ったのに、彼女はもう使いこなしているようだし、少し引け目を感じる。
 柔らかな形をした硝子容器の中にあるグラデーションをかき混ぜながら彼女は話し始める。

「彩月、一回かってに縁切ってごめん。私、彩月のことが本当は好きだったけど、怖かったの。振られた後、もし彩月がどこか遠くに行っちゃうと悲しくなるから、その前に、自分から離れておこうと思って。でもそんなにきっぱり忘れられないし、自分が決めたことだからってずっと話しかけなかった。強がって迷惑かけてごめん。でも、いや、だからこそ、三日前に彩月が話かけてくれた時、めっちゃ嬉しくて、泣いちゃったし……」
「大丈夫、好きだから」
「きゃー、真顔で言われると恥ずかしいな、あれ? なんかここ暑い?」
「いや、寒いくらい」
 見惚れていた。タコみたいに顔を赤らめてはしゃぐ貴女をずっと見ていたかった。
「そういえば、梅雨ちゃんが付き合ってた彼は?」
「別れた。あの人と付き合い始めたのも、彩月との縁切りの為。私ってバイだから」
「バイ?」
「男の人も女の人も好きになるの。そういう人のこと」
「ほぉ……。でもめっちゃ仲良さそうだったけどなんで別れたの?」
「最近私に対して当たるの。テストの点が悪かったり、バスケの調子が良くなかったりしてさ」
「うわ……最低」
「でしょ? だから困ってたんだけど、彩月に声かけて貰って、私は彩月のこと好きでいていいんだって思えたから、別れた」
「お疲れ様です」
「本当、良かった。でも今こうやって考えるとさ、やっぱ奇跡だよね」
「何が?」

 ――私たちが両想いってこと。

 その言葉を聞いて、ぼっと両耳が熱くなるのを感じた。
「なんか熱くない?」
「いや? ……それにしても彩月ってばタコみたい、めっちゃ赤いよ?」
 二人で笑っていると今この瞬間がやはり奇跡なのだと体感した。今まで私が生きてきた中で一番満たされた瞬間だった。
 あまりにも長く笑っていたからグラスはすっかり汗をかいていて、最後の一口は水の味しかしなかった。でも底からはほんのり春の味がした。――夏なのに。
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