第9話

文字数 2,645文字

「ああ、島田って名だ。俺がB区でリストラになって、A区に来たときに暴漢と争っていたんだ。その時に助けに入ったら友達になった。けっこういい奴さ」
 奈々川さんが優しく微笑む。
「へえ。夜鶴さんってB区にいたんですか」
 あの時は何故、島田を助けたのだろうか? 今でも解らない……。
「実はB区の一等地の云話事ベットタウンで育ったんだよ。おやじもサラリーマンをしてて……。今じゃ俺のこときっと心配しているんだろうな。リストラの違約金を払って一文なしなんだから」
 奈々川さんが俯いた。。
「父のせいかも知れないわね。ごめんなさいね。私の父はB区の発展にしか興味を持たない選挙の亡者なの。でも、厳しいところもあるけど優しいところも持っているの。だから、私から謝ります」
 A区から選挙権を奪うと、B区を住み心地よくしなければ、選挙で生き抜いていけないのも事実である。鬼のような政治だが選挙で戦うのなら現実的な方法だし。大規模な都市開発。今現在の都市開発プロジェクトも、B区だけを発展させる方が選挙活動をするのには、はるかに有利だろう。日本のためと頑張っているだけなのだろうか? 任期は廃止され、その代わり選挙存続期間というのがある。選挙で選ばれ続ければ何十年もいられるのだ。
 私は首を振って、
「いいのさ。会社を首になったのは俺が悪いところがあるし。違約金は確か老後に貰えるんだったよね?」
 そう。違約金のメリットはそのお金を少しだが老後に貰えることだ。けれど、違約金の大半はB区に吸収されてしまう。非常に厳しい社会になったことは解るが……。
「ええ、そうです」
 近所から離れて云話事町の第三公園に歩を進める。遊歩道を歩いて10分足らずだ。
「父はやっぱり優しいところがあるって解って下さいますか?」
 奈々川さんが顔を少しだけ綻ばせる。きっと、その優しい心に父親がいるのだろう。
「ええ、まあ」
 私は曖昧な言葉を選んだ。
 奈々川さんが少し考える表情をした。
 第三公園に着くと、子供たちのはしゃぎ声が木霊する。
 公園はブランコや滑り台はないが、広い砂場があった。
 子供たちは砂場で何かの「ごっこ」をしている。
「俺はB区の金持ちだ!」
「俺はB区の大富豪だ!」
「あたしはB区の総理大臣の娘だ!」
 子供心にはA区とB区の悲惨な関係は当然解らない。
「場所変えようか?」
「いいの。ここが、安全だから子供たちが遊んでいるんです」
 奈々川さんが、子供のはしゃぎようを眺められるベンチに座る。その隣に私が座る。
「B区とA区の関係が深刻化しているのは解ります。でも、私は自由を掴みたいのです。きっと、夜鶴さんも……。私に気があってくださいますよね。顔を見れば解ります。私、一度見た時あるから……でも、夜鶴さんは違う」
「見た時。って、フィアンセのこと?」
 彼女は俯き。
「……ええ」
「そうなら、いいんだが。って、俺が君を好きなのはフィアンセと違うってことがさ。俺は自然に君を好きになってしまったんだ。どうしていいか解らないんだ。結婚しようとしても、戦争があるし。恋人になろうとしても、銃撃戦があるし。友達になろうとしても、きっと喧嘩があるし……」
 私も俯いた。だが、私は会社に勤めた時から抗争に慣れている。会社に勤めた時はA区と……会社を辞めた時はB区と……いつも、死と隣り合わせだ。
 これから必死に自分と奈々川さんとの道を模索するのはどうだろう?
「夜鶴さん。私も夜鶴さんのことが好きです。……友達になってください」

「でさー。どうなるんだ?」
 仕事の時は島田から問題を出される。答えなんかないのに。
「うーんと。考えても何も出ないかも知れないな。今、友達中」
 牛肉をシューターへと入れる。
「その奈々川さんの事。多分、俺の勘だといつか戦争になるな」
「ああ。確かにそうだな」
「でもよー。スリルがあるし……いいんじゃねえの」
 島田はまた不敵な笑みを浮かべる。
 その時、こいつは戦争になっても私の味方になってくれるだろう。と、確信させられる。弥生もそうだろう。私にはこんなにも心強い味方がいたのだ。
「結婚してみるか」
「おめでとーう!」
 田場さんが近くにいた。
「ああ、でも奈々川さんの気持ちを考えないと……」
「でもさ。結婚式場がB区にあるから、戦場で結婚するのと同じだな」
 島田がくっくっと不敵に笑う。
「結婚式には俺も呼ぶんだぞ」
 田場さんが言った。
「お前みたいな。何事もむっつりしている奴は、きっといい奥さんを貰うとこれ以上ない愛妻家になると思うからさ。明日に有り金叩いて大量に武器と弾薬を買いに行こうぜ」
 島田と田場さんの発言に私はニッコリと笑っているが……思考が硬直したままだ。
「ハネムーンはB区のレジャー施設……の海の見えるところ。云話事シーサイドの一番良いところで決まりだな」
 田場さんが楽しそうに言った。
 津田沼も遥か遠くで耳を傾けている。

「ふわー。ついに結婚か。いいねー」
 津田沼が隣の席に着いた。
 休憩時間はピリピリと緊張してしまうような雰囲気となっていた。
 私たちの会話を何人かのB区の奴が聞いていたのだ。
 殺伐とした雰囲気の中。B区の奴が一人、こっちのテーブルに歩いてきた。私たちの座っているテーブルに「どんっ!!」と掌を置くと、私を睨んだ。
「お前。家出した奈々川お譲さんといい仲になっているんだって。貧乏人には勿体ねえから居場所を教えろや!!」
 そいつは高めの身長で程よい筋肉の男だ。
「おうよ。それがどうした!!」
 島田が早速、噛みついてきた。
「あいつは、矢多辺 雷蔵さんの女だぞ。てめえたちは知らねえのか!?」

 矢多辺 雷蔵……?確かB区でバルチャー・ハントをして大きくなった矢多辺コーポレーションの社長の息子だ。私がB区で働いていた時にライバル企業になっている会社で、日本屈指の大企業だ。そして、大変な資産家だ。
「別に自由な恋愛したっていいだろう?」
 津田沼がその場を丸く抑えようとしている。
「きっと、その奈々川さんだってフィアンセだった矢多辺って奴。好きじゃなかったからA区で会ったんだよ」
 津田沼のセリフには恐ろしく危険なところが混じっていた。
「A区なんかにいる……? ふざけんじゃねえぞコラ!!」
 そう叫んだ程よい筋肉の男は片手をスッと挙げる。休憩所のB区の奴らが一斉に立ち上がった。全員、両手でスチール製の椅子を持っている。
「やろうってのか! お前ら!」
 島田が弁当片手に立ち上がる。
 このままでは袋叩きになってしまう。

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