文字数 1,189文字

 僕がお手洗いで用を足していた時のことだ。
 ここは居酒屋やドラッグストアなどが入る雑居ビルのお手洗い。僕の職場のお手洗いである。 
 水色の光沢があるタイルが壁に貼られており、自分の顔が薄っすらと反射していた。 
 その反射された自分の背後に影が映りこんでスッと右側に、個室がある方面に消えていった。
 同じタイミングでお手洗いに誰かと一緒になることなどよくあることなので、そのときは気にしていなかったのだが次の瞬間、
 バンッ! 
 個室の扉が勢いよく閉められた。お手洗い全体が少し揺れる勢いだ。 
 元々僕はビビりだから、大きな音に驚き振り向いたこともあって、危うく着弾点が乱れてしまいそうになった。 
 僕は事を済ますと、ビビったくせに何故か個室の様子が気になった。 
 三つ並ぶ小便器の奥には個室がふたつあった。
 同じ階層に居酒屋もあるし、酔っ払いがバランスを崩しながら個室にでも入ったのかななんて思っていた。 
 ところが、覗いてみると一つ目も二つ目もカギがかかっていないどころか、全開になった扉の向こう側には冷たそうな便器しか無かった。 
 通路の奥は非常口のようなものなどない壁で一方通行になっている。そんなお手洗いで影と音を実際に感じたのに、姿がないなんてことがあるだろうか。 
 奇妙だなと疑問に思う余裕すらなく、ただ気味が悪いとしか思えなかった。 

 それから数か月して、異様な経験を忘れていた頃にお手洗いの改修工事が始まった。 
 内装から便器はもちろん、配管関係も総取り換えするとのことで、工事は数週間に及んでいた。 
 工事が終わると、自動水洗で温便座の新しいお手洗いが出来上がった。 
 新しくなったにも関わらず、2日ほどで女性お手洗いの流れが悪くなってしまったという。 
 本来は業者なりビル管理会社が行うべきなのだが、突然だったこともあり僕に修復出来ないかと声がかけられた。 
 テナント全体が営業終了して静まり返っているなか、僕は何人かのスタッフとともに作業に取り掛かった。
 すると、トイレから髪の毛が出てきた。
 厳密にいえば個室内の便器と外をと繋ぐ排水管から、ドロッとしたような半分溶けて纏まった髪の毛が出てきた。 
 全面的に改修されたばかりで、配管の類も変えたばかりのお手洗いから長い間そこに残留していたような髪の毛の塊だった。 
 そういえば、改修工事にあたって男女のお手洗いの構図が逆になったのだ。
 つまり、新しい女性お手洗い―今、僕が直しているお手洗いは改修前まであの影を感じた男性お手洗いだったということだ。 
 僕と手伝っていたスタッフ何人かは気味が悪いというか気持ち悪いというか、どちらにしても不快な表情を浮かべていた。 
 たまたまだと願いながら、数か月前のことを僕は思い出して不快な表情を出しつつも作業を続けていた。
 ドロドロの髪の毛はまだまだ出てくるようだ。  
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