頭
文字数 1,855文字
夏休みのある夕刻のこと、僕は友だちと近所の公園のブランコで靴を飛ばしたり、飛び降りたりして距離を競い合っていた。
遊ぶたびに新しいルールを追加するほど遊び慣れていたブランコにも関わらず、僕は飛ぶタイミングを誤り、その場に尻もちをついた。
「危ない!」と友だちが言うか言わないか、その瞬間に僕の頭には鈍い痛みが走った。
乗っていたブランコの座板が僕の後頭部に直撃したのだ。
周囲が少し困惑するほど血は出たものの、幸いにも大きなタンコブができた程度の軽傷で済んだ。
いや、これが幸いではないかもしれないと知ったのは、数日経ってから知ることとなる……。
僕の弟が炎天下のなか血塗れになって帰ってきた。
「友だちの家でゴルフごっこしていたら、ゴルフクラブが頭に当たって血が止まらない」と頭から真っ赤なペンキでもかけられたような状態で話していた。止血のために渡した手ぬぐいもあっという間に赤く染まっていった。
弟はそのまま病院に連れていかれ頭部を5針縫ってきた。
病院から帰ってきた弟はケロッとしていたが、弟までが頭にケガをしたことに僕は落ち着いていられなかった。
何故なら、数週間前の出来事が頭に浮かんで離れないのだから。
夏休みということもあり、祖父母の家に訪れていた時のことだ。
僕は突然に貯金箱を作りたくなった。
お小遣いを貯めようなんてほどの心意気はなく、せめて一円玉や五円玉くらいを少しずつ入れていければいいやというくらいの試みだった。
それに、これが上手くできれば夏休みの課題をひとつこなしたことになり一石二鳥となる。
ゼロから貯金箱を作るとなると材料選びや形作り、色塗りまで少なく見積もっても3日はかかってしまうであろうから、出来るだけ手を抜きたかった。
なので、既にある程度の形や塗装がなされているものを貯金箱に改造することにした。
祖父母の家には倉庫や蔵もあったので何かしらあるとは思っていた。
だが、お目当てのものがなかなか見つからないとなれば、それだけ時間がかかることも考えられる。
そんなことに時間がかかってしまえば「手抜き」という主旨からずれてしまい本末転倒になってしまうので、僕は弟に「貯金箱になりそうなものを持ってくる」という宝探しゲームを持ちかけた。
探し始めれば茶筒やお菓子の入っていた缶など様々なものを弟はみつけてきた。
しかし、どうもピンと来るものがない。もっと斬新だったり、手抜きとはいえ独創的なものを求めているのだ。
その後もふたりで探し回ったが、見つかるものは似たり寄ったりで面白みに欠けているものばかりだった。
仕方ないのでこの辺のもので作ろうかと諦めかけていた時、弟が閃いたように指を向けた。
―達磨だ。
暗闇の中でも紅さを帯び、両目を大きく大きく見開いている達磨をみつけた。
達磨ならば中は空洞なので小銭を入れる穴さえ開ければ貯金箱は出来上がる。
そして、なにより丸くて真っ赤な体に大きい目玉と僕が求めていた以上の存在感だった。
僕らは工作に必要な工具がどこにあるのか知っていたし、和紙で出来ている達磨に穴を開けるだけなのだから、大して時間は要さないと考えた。
ノミなど使えそうなものを倉庫から持ってきて、僕らは作業に取り掛かった。
達磨の後頭部にぶすりとノミを入れれば出来上がりも同然だ。
僕が達磨の頭を掘ろうとしたところ、金槌の当て方が悪かったのかノミが滑って上手く掘れなかった。
それどころか、少しばかし赤い後頭部が少し剥げてしまったようだった。
楽しそうに見えたのか弟が「兄ちゃん、僕にもやらせて」とやりたがっていた。
元来、僕よりも弟のほうが手先が器用だったこともあり、上手く開けてくれるだろうと思いやらせることにした。
弟は達磨の頭にノミを当て、金槌を振り上げるとカツンという音とともにちょうど良さそうな穴が開いた。
得意げな顔の弟とともに、僕も思った以上の貯金箱ができたことに満足した。
勝手に達磨を貯金箱にした後ろめたさもあり、祖父母にはなるべくバレないようにと思っていたが、あっけなく気付かれた。
祖母は僕らの頭にゲンコツをひとつずつ落とすと「こんなこと達磨さんにしたら罰当 たりだよ。今からでも遅くないからごめんなさいしなさい」と言い、一緒に仏壇に手を合わせたのだった。
僕は一部だけ禿げた弟の後頭部を見ながらブランコでぶつけた頭を触りつつ、そのなかでは祖母の言葉がグルグルと廻り続けていた。
遊ぶたびに新しいルールを追加するほど遊び慣れていたブランコにも関わらず、僕は飛ぶタイミングを誤り、その場に尻もちをついた。
「危ない!」と友だちが言うか言わないか、その瞬間に僕の頭には鈍い痛みが走った。
乗っていたブランコの座板が僕の後頭部に直撃したのだ。
周囲が少し困惑するほど血は出たものの、幸いにも大きなタンコブができた程度の軽傷で済んだ。
いや、これが幸いではないかもしれないと知ったのは、数日経ってから知ることとなる……。
僕の弟が炎天下のなか血塗れになって帰ってきた。
「友だちの家でゴルフごっこしていたら、ゴルフクラブが頭に当たって血が止まらない」と頭から真っ赤なペンキでもかけられたような状態で話していた。止血のために渡した手ぬぐいもあっという間に赤く染まっていった。
弟はそのまま病院に連れていかれ頭部を5針縫ってきた。
病院から帰ってきた弟はケロッとしていたが、弟までが頭にケガをしたことに僕は落ち着いていられなかった。
何故なら、数週間前の出来事が頭に浮かんで離れないのだから。
夏休みということもあり、祖父母の家に訪れていた時のことだ。
僕は突然に貯金箱を作りたくなった。
お小遣いを貯めようなんてほどの心意気はなく、せめて一円玉や五円玉くらいを少しずつ入れていければいいやというくらいの試みだった。
それに、これが上手くできれば夏休みの課題をひとつこなしたことになり一石二鳥となる。
ゼロから貯金箱を作るとなると材料選びや形作り、色塗りまで少なく見積もっても3日はかかってしまうであろうから、出来るだけ手を抜きたかった。
なので、既にある程度の形や塗装がなされているものを貯金箱に改造することにした。
祖父母の家には倉庫や蔵もあったので何かしらあるとは思っていた。
だが、お目当てのものがなかなか見つからないとなれば、それだけ時間がかかることも考えられる。
そんなことに時間がかかってしまえば「手抜き」という主旨からずれてしまい本末転倒になってしまうので、僕は弟に「貯金箱になりそうなものを持ってくる」という宝探しゲームを持ちかけた。
探し始めれば茶筒やお菓子の入っていた缶など様々なものを弟はみつけてきた。
しかし、どうもピンと来るものがない。もっと斬新だったり、手抜きとはいえ独創的なものを求めているのだ。
その後もふたりで探し回ったが、見つかるものは似たり寄ったりで面白みに欠けているものばかりだった。
仕方ないのでこの辺のもので作ろうかと諦めかけていた時、弟が閃いたように指を向けた。
―達磨だ。
暗闇の中でも紅さを帯び、両目を大きく大きく見開いている達磨をみつけた。
達磨ならば中は空洞なので小銭を入れる穴さえ開ければ貯金箱は出来上がる。
そして、なにより丸くて真っ赤な体に大きい目玉と僕が求めていた以上の存在感だった。
僕らは工作に必要な工具がどこにあるのか知っていたし、和紙で出来ている達磨に穴を開けるだけなのだから、大して時間は要さないと考えた。
ノミなど使えそうなものを倉庫から持ってきて、僕らは作業に取り掛かった。
達磨の後頭部にぶすりとノミを入れれば出来上がりも同然だ。
僕が達磨の頭を掘ろうとしたところ、金槌の当て方が悪かったのかノミが滑って上手く掘れなかった。
それどころか、少しばかし赤い後頭部が少し剥げてしまったようだった。
楽しそうに見えたのか弟が「兄ちゃん、僕にもやらせて」とやりたがっていた。
元来、僕よりも弟のほうが手先が器用だったこともあり、上手く開けてくれるだろうと思いやらせることにした。
弟は達磨の頭にノミを当て、金槌を振り上げるとカツンという音とともにちょうど良さそうな穴が開いた。
得意げな顔の弟とともに、僕も思った以上の貯金箱ができたことに満足した。
勝手に達磨を貯金箱にした後ろめたさもあり、祖父母にはなるべくバレないようにと思っていたが、あっけなく気付かれた。
祖母は僕らの頭にゲンコツをひとつずつ落とすと「こんなこと達磨さんにしたら
僕は一部だけ禿げた弟の後頭部を見ながらブランコでぶつけた頭を触りつつ、そのなかでは祖母の言葉がグルグルと廻り続けていた。