第2話 その4
文字数 5,412文字
一瞬の停電の後、『怪盗撮』フェイクタートルは気を失い、その間に彼女のカメラ『フウカW6』は消え去っていた。
瑠那はカメラを持ち去ったのは、『機械盗』アクセルキャットの仕業だと断言する。
「そ、そういえばもう一人来ているはずでしたね、怪盗が」
仁都のやりたい放題っぷりやフェイクタートルの正体の衝撃で、逸斗も危うく忘れかけていた。
「でも、その、怪盗アクセルキャット? そいつは一体どこに?」
「おそらく! このトロピカーナ芽蔵真の中にいます!」
「いや、それぐらいはさすがに予想できますけど」
しかし、いくらトロピカーナ芽蔵真が小規模だとは言っても、客と従業員、合わせて五十人以上……ひょっとしたら百人くらいはいるかもしれない。その中から、たった一人の怪盗を特定するのは至難の業だ。
「瑠那さんには、誰がアクセルキャットなのか分かってるんですか?」
「分かっている訳ないじゃありませんか」
逸斗は昔の漫画のようにずっこけた。
「わ、分かんないんですか?」
「分かりませんわよ。わたくし、別に探偵でも刑事でもありませんから」
瑠那にすました顔で言われて、逸斗は脱力する。
「そっちで盛り上がっているところ悪いんだけどさ」
掛け合いする兄達に、じれったそうに声をかけてきたのは仁都だった。
「今度もアタシには分かってるのよね! 誰がやったのか!」
「マジで!」
思わず素で聞き返してしまった逸斗に、仁都も家にいるときのようなノリで胸を張る。
「ふふーん。大マジよ! 真っ暗になった隙に誰にも見られずにカメラを盗ったつもりでしょうけど、ところがどっこい! アタシの耳は全てを聞き取っていたのよ!」
「いやお前もう怪盗じゃなくって探偵をやれよ!」
ついいつものノリで突っ込んでしまう逸斗だった。
「それはおいおい検討するとして!」
「検討するんですねぇ」
「停電の隙にこの女を気絶させてカメラを盗んだ犯人は……お前だぁ!」
そう叫んで、仁都はまたもぴょーんと跳び上がる。
「へ?」
ジャンプした仁都は、今までポカーンと成り行きを見守っていた掃除のおじさんに向かって、跳び蹴りを浴びせる!
「ちょいやー!」
「グエーッ!」
棒立ちしていたおじさんの脇腹に、仁都のつま先が突き刺さった。掃除機を残して、掃除のおじさんが吹っ飛び倒れる。
綺麗に跳び蹴りを決めた仁都はクルリンパと空中で一回転して、倒れたおじさんの真横に華麗に着地し、
「……あれ?」
と首を傾げた。
成り行きを見守っていた逸斗、瑠那、頼子が、仁都のほうへ駆け寄った。
「このおじさんが怪盗アクセルキャットなんですかぁ?」
「何だか普通のおじさんのように見えますけれど」
「っていうか、気を失ってるじゃん」
口々に言われ、仁都の頬に一筋の冷や汗が流れた。
「イヤ、アタシもてっきり、さっきの盗撮犯みたいに避けるなり防ぐなり、なんかリアクションしてくれるとばかり思っていたんだけど……」
「でもあの停電の瞬間、フェイクタートルを襲っていたのはこのおじさんなんだろ?」
自信をなくした表情を浮かべる仁都に、逸斗は確認する。
「その音が、聞こえていたんだろう?」
「……イヤ、実は、正確に言うと、このおじさん自身が何かした音が聞こえてたわけじゃあなくってね」
「何だって」
聞き捨てならない言葉に、瑠那達の前だということも忘れ、逸斗は妹に詰め寄った。
「じゃあ一体、何の音を聞いたって言うんだ!」
「アタシが停電のときに聞いた音は……」
仁都は、言いづらそうに口を開く。
「『あれ』が、盗撮犯に近づいた音。盗撮犯の倒れる音。何かを吸い込んだ音と、その後、元の場所……おじさんの近くまで戻った音よ」
言って、仁都がおずおずと指差したのは……
「そ、掃除機?」
使用者である掃除のおじさんを失って、ぽつんとプールサイドに取り残された、業務用の掃除機だった。
「あの掃除機がフェイクタートルを倒してカメラを奪ったっていうのか? ひとりでに?」
「あ、アタシにはそう聞こえたんだもん」
もはやほとんど普段どおりのキャラでそう言った後に、仁都はしょんぼりと肩を落とし、
「だから、てっきりおじさんがその怪盗なんとかだと思ったんだけど、もしかして無関係だったのかな……」
「確認しますけれど、あの掃除機が停電直後に動いて、フェイクタートルに何かしただろうことは間違いありませんのね?」
「それはこの耳に誓って間違いない!」
断言する仁都に、顎に指を当てて考え込む瑠那。
「だとすれば、もしかして遠隔操作……? フェイクタートル本人はこの場には来ていない可能性がありますわね」
「もうー。何ごちゃごちゃ考えてるんですか、お嬢様ー。あの掃除機が怪しいっていうんなら、直接調べればいいじゃないですかぁ」
頼子がそう言いながら、掃除機へと無造作に近づこうとしたとき……それは起こった。
ウィーン、ウィーン、ガシャンガシャン。
一昔前のロボットアニメみたいな音を立てながら、問題の掃除機が、変形を始めた。
『……』
呆気に取られる一同の見守る中、掃除機本体の両サイドからオートバイに付いているような排気管が何本も伸び始める。車輪からは、トゲトゲしたスパイクがジャキーンと生える。
他にもウィングっぽいパーツやアンテナ的な何かがカスタマイズされていき、掃除機はどんどん子供向けのオモチャのような見た目へと変わっていく。
最後に吸引のためのホースがポロリと落ちて、代わりに掃除機内部からにゅっと飛び出たのは……
「! カメラ!」
そう。怪盗フェイクタートルの所持していた『フウカW6』、それと同じものと思われるカメラが、まるで最初からこの掃除機の改造のために用意されたパーツであったかのように、がっちりと機体の正面に収まっていた。
そして掃除機……見た目的にはSF映画に出てくるような小型戦車に変わってしまったのだが……さっきまで掃除機だったものがひとりでに動き始める!
「な!」
攻撃的なフォルムに、逸斗は警戒し、女性陣を守るように身構えるが……
掃除機もどきの走り出した先は、逸斗たちとは正反対の方向だった。
「うわぁ!」
「な、何だこりゃ?」
驚く人々の間をすり抜けて、ラジコンのようにすいすいとプールサイドを走って行く。
「あ、待て!」
仁都は逃がしてなるものかと、跳びはねながら掃除機もどきの後を追う。
「こらぁ~! 待ちなさぁい!」
さらに仁都に続いて、何故か頼子も追いかけ始める。
「ちょっと頼子さん! 何であなたまで追いかけてますの!」
「だって私、あの掃除機を調べようとしたところでしたから~」
「もう調べるまでもないでしょう!」
あんなの、明らかに普通の掃除機ではない。
瑠那の言葉が聞こえているのかいないのか、意外にもそれなりに速い足で、追走劇に加わる頼子。
だがしかし、今行われているのは、人間離れした存在達による追いかけっこ。
ウサギとメカの競争である。
加速と減速を繰り返し、巧みなコーナリングでプールサイドを爆走する掃除機もどきを、仁都は立体的な跳躍で捕らえようとする。
メイドは彼らが走り去り、跳び去った後を、ワンテンポもツーテンポも遅れてもたもたと走っているようにしか見えない。
「まったく、プールサイドを走ってはいけないと言いましたのに……」
「止めなくていいんですか? 頼子さんのこと」
「そのうち諦めるでしょう。それよりも今は! 怪盗ラビットバニーと怪盗アクセルキャット! 目の前で繰り広げられている怪盗同士の争いを、ちゃんとこの目に焼き付けませんと!」
水着の人々の間を、掃除機もどきが駆け抜け、ウサギ人間が跳び回り、メイドが走り回るという光景を前に、瑠那は無邪気に瞳を輝かせる。
こんな無茶苦茶な展開になっても、まるでぶれない瑠那だった。
(それに引き替え、僕は……)
犯罪は嫌だと言いながら、今もこうして、芽蔵真市に訪れてしまい、妹が怪盗として跳び回るのを止められないでいる。
そもそも『怪盗』なんて聞こえがいい風に言っても、それは泥棒じゃないか。
自分の望みは、犯罪に手を染めてまで叶えるべきことなのか?
そんな風に、ある意味、かなり今更なことで苦悶し始めた故に、逸斗はギリギリまで気が付かなかった。
「逸斗君! 危ない!」
名前を呼ばれて、ふと我に返り、顔を上げてみると、
「げ」
正面から爆走する掃除機もどきが逸斗のほうに突っ込んできていた。
プールサイドを縦横無尽に駆け抜けて、こっちのほうに戻ってきたようだ。
「どわー!」
間一髪、横っ跳びにジャンプして、正面衝突を回避する逸斗。
ついさっきまで逸斗が立っていた位置を駆け抜けた掃除機もどきは、そのまま爆進を続け、温室のようなガラスの壁を前にしても、減速せず、むしろ加速して……
ガッシャーン、とガラスを突き破り、そのままトロピカーナ芽蔵真の外へと飛び出して行った。
掃除機のサイズ自体はそれほどでもなかったが、かなりの衝撃が走ったらしく、ガラスの壁一面がカンフー映画のように割れてしまっている。トロピカーナ芽蔵真としては、修繕が終わるまで営業を休止せざるを得ないだろう。
(まぁ、予告状を隠ぺいしてたから、バチが当たったってことかな……)
危機一髪の状況から助かって、一息ついた逸斗が呑気にそんなことを考えていると、
「ちょ、バカ、どいて! どいて!」
今度は妹が降ってきた。
「うわ、あっぶねっ!」
逸斗は転がるように身を捻って、下敷きを免れる。
怪盗ラビットバニーことウサギ人間モードの仁都は、逸斗がどいた後の地面にほんの一瞬着地すると、その地点を強く踏み込んで、再び大きく跳躍する。
「待てコラ掃除機ー!」
仁都は大砲の弾のように、掃除機もどきの開けた穴から外へと飛び出して行った。どうやらまだ追いかけっこを続けるつもりらしい。
「あのバカ、闇雲に追いかけても……」
逸斗は小さく舌打ちして、妹を追うべきか逡巡し……
「どぉ~いぃ~てぇ~どぉ~いぃ~てぇ~」
「ん?」
間が抜けている上に間延びした、舌足らずな声に振り向く逸斗。
前の二件は声がかかると同時に回避行動を取ったが、その悲鳴っぽい何かは、危機感を抱くにはあまりにも緊張感に欠けていた。
二度あることは三度あるとは言うけど。
今度こそ、逸斗は自分に向かって突っ込んできた相手から、身をかわすことが出来なかった。
ドジッ娘メイドを避けることが出来なかった。
擬音にすると、ドーン、という感じだった。
「ひえぇぇぇぇぇ」
「うわぁぁぁぁぁ」
衝突事故の被害者となった逸斗は、頼子とくんずほぐれず絡み合いながら、カーリングのようにプールサイドを滑って……
ぽよん、と柔らかいクッションのようなものにぶつかり、ようやく止まることが出来た。
「あいててて……なんだぁ?」
目を回しつつ、弾力性のあるぷにょぷにょしたそれをもにゅっと掴んで起き上がろうとしたとき、逸斗はようやく気付いた。
逸斗達を受け止めた何かが、妙に柔らかく、妙に温かくて、妙にすべすべしている。
回っていた視界の焦点が合ってきたので、逸斗は恐る恐る手の先の柔らかい感触の正体を見てみると……
それはおっぱいだった!
しかも、それは規格外の巨乳……気を失った後プールサイドに転がっていたフェイクタートルのおっぱいだったのだ!
「うわぁぁぁ! ご、ゴメンナサイ!」
手を引っ込めて、首がそのまますぽーんと抜けるんじゃないかという勢いで、逸斗は水着美女からグルンと目を逸らし……
逸らした先にあったのは、見覚えのない白い布。
「?」
白い布の横からは、褐色ですべすべした太い何かが二本生えていた。あと何だか甘い香りがした。
「ふえぇぇぇ……」
何やら自分の股の間から可愛らしい声が聞こえてきたので、視線を下げてみる逸斗。
するとそこには、目を回したメイド、頼子の顔が上下逆さまに存在していた。
(なんでそんなところに顔が? ってかなんで逆さま?)
現実からも目を逸らそうとする逸斗だったが、真実は明らかである。
どういう過程を経てそんな体位になったかは不明だが、衝突と回転の結果、頼子は逆立ち状態で逸斗に密着しているのだ。
よって、逸斗の上半身の前にあるのは、頼子の下半身である。
つまり、逸斗の眼前の白い布は、頼子のパンツである。
証明終了!
(……)
ようするに逸斗は、ドジッ娘メイドと水着お姉さんとにあり得ない体勢で挟まれていた。
おっぱいとパンツでサンドイッチされていたのだ!
前門のメイドパンツ! 後門の水着おっぱい!
逸斗自身も海パン姿であるため、色んな部分で素肌と素肌が触れ合っており、人肌のぬくもりを感じる! 鼓動が伝わってくる!
「ふっ……」
逸斗はまるで悟りを開いた僧侶のような表情で、宙を仰ぎ……天井の窓から見える月を確認して……
「だっしゃあぁぁぁぁぁ!」
女体サンドイッチから抜け出すと、全力でどこかの物陰に隠れるべく走り出す!
プールサイドを走ってはいけません。
瑠那はカメラを持ち去ったのは、『機械盗』アクセルキャットの仕業だと断言する。
「そ、そういえばもう一人来ているはずでしたね、怪盗が」
仁都のやりたい放題っぷりやフェイクタートルの正体の衝撃で、逸斗も危うく忘れかけていた。
「でも、その、怪盗アクセルキャット? そいつは一体どこに?」
「おそらく! このトロピカーナ芽蔵真の中にいます!」
「いや、それぐらいはさすがに予想できますけど」
しかし、いくらトロピカーナ芽蔵真が小規模だとは言っても、客と従業員、合わせて五十人以上……ひょっとしたら百人くらいはいるかもしれない。その中から、たった一人の怪盗を特定するのは至難の業だ。
「瑠那さんには、誰がアクセルキャットなのか分かってるんですか?」
「分かっている訳ないじゃありませんか」
逸斗は昔の漫画のようにずっこけた。
「わ、分かんないんですか?」
「分かりませんわよ。わたくし、別に探偵でも刑事でもありませんから」
瑠那にすました顔で言われて、逸斗は脱力する。
「そっちで盛り上がっているところ悪いんだけどさ」
掛け合いする兄達に、じれったそうに声をかけてきたのは仁都だった。
「今度もアタシには分かってるのよね! 誰がやったのか!」
「マジで!」
思わず素で聞き返してしまった逸斗に、仁都も家にいるときのようなノリで胸を張る。
「ふふーん。大マジよ! 真っ暗になった隙に誰にも見られずにカメラを盗ったつもりでしょうけど、ところがどっこい! アタシの耳は全てを聞き取っていたのよ!」
「いやお前もう怪盗じゃなくって探偵をやれよ!」
ついいつものノリで突っ込んでしまう逸斗だった。
「それはおいおい検討するとして!」
「検討するんですねぇ」
「停電の隙にこの女を気絶させてカメラを盗んだ犯人は……お前だぁ!」
そう叫んで、仁都はまたもぴょーんと跳び上がる。
「へ?」
ジャンプした仁都は、今までポカーンと成り行きを見守っていた掃除のおじさんに向かって、跳び蹴りを浴びせる!
「ちょいやー!」
「グエーッ!」
棒立ちしていたおじさんの脇腹に、仁都のつま先が突き刺さった。掃除機を残して、掃除のおじさんが吹っ飛び倒れる。
綺麗に跳び蹴りを決めた仁都はクルリンパと空中で一回転して、倒れたおじさんの真横に華麗に着地し、
「……あれ?」
と首を傾げた。
成り行きを見守っていた逸斗、瑠那、頼子が、仁都のほうへ駆け寄った。
「このおじさんが怪盗アクセルキャットなんですかぁ?」
「何だか普通のおじさんのように見えますけれど」
「っていうか、気を失ってるじゃん」
口々に言われ、仁都の頬に一筋の冷や汗が流れた。
「イヤ、アタシもてっきり、さっきの盗撮犯みたいに避けるなり防ぐなり、なんかリアクションしてくれるとばかり思っていたんだけど……」
「でもあの停電の瞬間、フェイクタートルを襲っていたのはこのおじさんなんだろ?」
自信をなくした表情を浮かべる仁都に、逸斗は確認する。
「その音が、聞こえていたんだろう?」
「……イヤ、実は、正確に言うと、このおじさん自身が何かした音が聞こえてたわけじゃあなくってね」
「何だって」
聞き捨てならない言葉に、瑠那達の前だということも忘れ、逸斗は妹に詰め寄った。
「じゃあ一体、何の音を聞いたって言うんだ!」
「アタシが停電のときに聞いた音は……」
仁都は、言いづらそうに口を開く。
「『あれ』が、盗撮犯に近づいた音。盗撮犯の倒れる音。何かを吸い込んだ音と、その後、元の場所……おじさんの近くまで戻った音よ」
言って、仁都がおずおずと指差したのは……
「そ、掃除機?」
使用者である掃除のおじさんを失って、ぽつんとプールサイドに取り残された、業務用の掃除機だった。
「あの掃除機がフェイクタートルを倒してカメラを奪ったっていうのか? ひとりでに?」
「あ、アタシにはそう聞こえたんだもん」
もはやほとんど普段どおりのキャラでそう言った後に、仁都はしょんぼりと肩を落とし、
「だから、てっきりおじさんがその怪盗なんとかだと思ったんだけど、もしかして無関係だったのかな……」
「確認しますけれど、あの掃除機が停電直後に動いて、フェイクタートルに何かしただろうことは間違いありませんのね?」
「それはこの耳に誓って間違いない!」
断言する仁都に、顎に指を当てて考え込む瑠那。
「だとすれば、もしかして遠隔操作……? フェイクタートル本人はこの場には来ていない可能性がありますわね」
「もうー。何ごちゃごちゃ考えてるんですか、お嬢様ー。あの掃除機が怪しいっていうんなら、直接調べればいいじゃないですかぁ」
頼子がそう言いながら、掃除機へと無造作に近づこうとしたとき……それは起こった。
ウィーン、ウィーン、ガシャンガシャン。
一昔前のロボットアニメみたいな音を立てながら、問題の掃除機が、変形を始めた。
『……』
呆気に取られる一同の見守る中、掃除機本体の両サイドからオートバイに付いているような排気管が何本も伸び始める。車輪からは、トゲトゲしたスパイクがジャキーンと生える。
他にもウィングっぽいパーツやアンテナ的な何かがカスタマイズされていき、掃除機はどんどん子供向けのオモチャのような見た目へと変わっていく。
最後に吸引のためのホースがポロリと落ちて、代わりに掃除機内部からにゅっと飛び出たのは……
「! カメラ!」
そう。怪盗フェイクタートルの所持していた『フウカW6』、それと同じものと思われるカメラが、まるで最初からこの掃除機の改造のために用意されたパーツであったかのように、がっちりと機体の正面に収まっていた。
そして掃除機……見た目的にはSF映画に出てくるような小型戦車に変わってしまったのだが……さっきまで掃除機だったものがひとりでに動き始める!
「な!」
攻撃的なフォルムに、逸斗は警戒し、女性陣を守るように身構えるが……
掃除機もどきの走り出した先は、逸斗たちとは正反対の方向だった。
「うわぁ!」
「な、何だこりゃ?」
驚く人々の間をすり抜けて、ラジコンのようにすいすいとプールサイドを走って行く。
「あ、待て!」
仁都は逃がしてなるものかと、跳びはねながら掃除機もどきの後を追う。
「こらぁ~! 待ちなさぁい!」
さらに仁都に続いて、何故か頼子も追いかけ始める。
「ちょっと頼子さん! 何であなたまで追いかけてますの!」
「だって私、あの掃除機を調べようとしたところでしたから~」
「もう調べるまでもないでしょう!」
あんなの、明らかに普通の掃除機ではない。
瑠那の言葉が聞こえているのかいないのか、意外にもそれなりに速い足で、追走劇に加わる頼子。
だがしかし、今行われているのは、人間離れした存在達による追いかけっこ。
ウサギとメカの競争である。
加速と減速を繰り返し、巧みなコーナリングでプールサイドを爆走する掃除機もどきを、仁都は立体的な跳躍で捕らえようとする。
メイドは彼らが走り去り、跳び去った後を、ワンテンポもツーテンポも遅れてもたもたと走っているようにしか見えない。
「まったく、プールサイドを走ってはいけないと言いましたのに……」
「止めなくていいんですか? 頼子さんのこと」
「そのうち諦めるでしょう。それよりも今は! 怪盗ラビットバニーと怪盗アクセルキャット! 目の前で繰り広げられている怪盗同士の争いを、ちゃんとこの目に焼き付けませんと!」
水着の人々の間を、掃除機もどきが駆け抜け、ウサギ人間が跳び回り、メイドが走り回るという光景を前に、瑠那は無邪気に瞳を輝かせる。
こんな無茶苦茶な展開になっても、まるでぶれない瑠那だった。
(それに引き替え、僕は……)
犯罪は嫌だと言いながら、今もこうして、芽蔵真市に訪れてしまい、妹が怪盗として跳び回るのを止められないでいる。
そもそも『怪盗』なんて聞こえがいい風に言っても、それは泥棒じゃないか。
自分の望みは、犯罪に手を染めてまで叶えるべきことなのか?
そんな風に、ある意味、かなり今更なことで苦悶し始めた故に、逸斗はギリギリまで気が付かなかった。
「逸斗君! 危ない!」
名前を呼ばれて、ふと我に返り、顔を上げてみると、
「げ」
正面から爆走する掃除機もどきが逸斗のほうに突っ込んできていた。
プールサイドを縦横無尽に駆け抜けて、こっちのほうに戻ってきたようだ。
「どわー!」
間一髪、横っ跳びにジャンプして、正面衝突を回避する逸斗。
ついさっきまで逸斗が立っていた位置を駆け抜けた掃除機もどきは、そのまま爆進を続け、温室のようなガラスの壁を前にしても、減速せず、むしろ加速して……
ガッシャーン、とガラスを突き破り、そのままトロピカーナ芽蔵真の外へと飛び出して行った。
掃除機のサイズ自体はそれほどでもなかったが、かなりの衝撃が走ったらしく、ガラスの壁一面がカンフー映画のように割れてしまっている。トロピカーナ芽蔵真としては、修繕が終わるまで営業を休止せざるを得ないだろう。
(まぁ、予告状を隠ぺいしてたから、バチが当たったってことかな……)
危機一髪の状況から助かって、一息ついた逸斗が呑気にそんなことを考えていると、
「ちょ、バカ、どいて! どいて!」
今度は妹が降ってきた。
「うわ、あっぶねっ!」
逸斗は転がるように身を捻って、下敷きを免れる。
怪盗ラビットバニーことウサギ人間モードの仁都は、逸斗がどいた後の地面にほんの一瞬着地すると、その地点を強く踏み込んで、再び大きく跳躍する。
「待てコラ掃除機ー!」
仁都は大砲の弾のように、掃除機もどきの開けた穴から外へと飛び出して行った。どうやらまだ追いかけっこを続けるつもりらしい。
「あのバカ、闇雲に追いかけても……」
逸斗は小さく舌打ちして、妹を追うべきか逡巡し……
「どぉ~いぃ~てぇ~どぉ~いぃ~てぇ~」
「ん?」
間が抜けている上に間延びした、舌足らずな声に振り向く逸斗。
前の二件は声がかかると同時に回避行動を取ったが、その悲鳴っぽい何かは、危機感を抱くにはあまりにも緊張感に欠けていた。
二度あることは三度あるとは言うけど。
今度こそ、逸斗は自分に向かって突っ込んできた相手から、身をかわすことが出来なかった。
ドジッ娘メイドを避けることが出来なかった。
擬音にすると、ドーン、という感じだった。
「ひえぇぇぇぇぇ」
「うわぁぁぁぁぁ」
衝突事故の被害者となった逸斗は、頼子とくんずほぐれず絡み合いながら、カーリングのようにプールサイドを滑って……
ぽよん、と柔らかいクッションのようなものにぶつかり、ようやく止まることが出来た。
「あいててて……なんだぁ?」
目を回しつつ、弾力性のあるぷにょぷにょしたそれをもにゅっと掴んで起き上がろうとしたとき、逸斗はようやく気付いた。
逸斗達を受け止めた何かが、妙に柔らかく、妙に温かくて、妙にすべすべしている。
回っていた視界の焦点が合ってきたので、逸斗は恐る恐る手の先の柔らかい感触の正体を見てみると……
それはおっぱいだった!
しかも、それは規格外の巨乳……気を失った後プールサイドに転がっていたフェイクタートルのおっぱいだったのだ!
「うわぁぁぁ! ご、ゴメンナサイ!」
手を引っ込めて、首がそのまますぽーんと抜けるんじゃないかという勢いで、逸斗は水着美女からグルンと目を逸らし……
逸らした先にあったのは、見覚えのない白い布。
「?」
白い布の横からは、褐色ですべすべした太い何かが二本生えていた。あと何だか甘い香りがした。
「ふえぇぇぇ……」
何やら自分の股の間から可愛らしい声が聞こえてきたので、視線を下げてみる逸斗。
するとそこには、目を回したメイド、頼子の顔が上下逆さまに存在していた。
(なんでそんなところに顔が? ってかなんで逆さま?)
現実からも目を逸らそうとする逸斗だったが、真実は明らかである。
どういう過程を経てそんな体位になったかは不明だが、衝突と回転の結果、頼子は逆立ち状態で逸斗に密着しているのだ。
よって、逸斗の上半身の前にあるのは、頼子の下半身である。
つまり、逸斗の眼前の白い布は、頼子のパンツである。
証明終了!
(……)
ようするに逸斗は、ドジッ娘メイドと水着お姉さんとにあり得ない体勢で挟まれていた。
おっぱいとパンツでサンドイッチされていたのだ!
前門のメイドパンツ! 後門の水着おっぱい!
逸斗自身も海パン姿であるため、色んな部分で素肌と素肌が触れ合っており、人肌のぬくもりを感じる! 鼓動が伝わってくる!
「ふっ……」
逸斗はまるで悟りを開いた僧侶のような表情で、宙を仰ぎ……天井の窓から見える月を確認して……
「だっしゃあぁぁぁぁぁ!」
女体サンドイッチから抜け出すと、全力でどこかの物陰に隠れるべく走り出す!
プールサイドを走ってはいけません。