17話 夢に近づく日々

文字数 1,492文字

 聖都クウェンティスへの旅行の後、僕は本格的に自分の夢を叶えるために動き出した。

 義父上から初めてもらった(かぜ)融和(ゆうわ)を含めて、高価な四精石(しせいせき)をいくつも使って創る招来術(しょうらいじゅつ)は取り返しがきかない。僕の夢、僕が思い描く理想の招来獣(しょうらいじゅう)の創造は、人生で一回きりの大事な機会だった。
 だから、ただあの人に会うだけじゃ足りない。
 僕の持つ全力を使ってあの人に会おうと。
 そう心に決めていた。

 僕は招来獣を一体創るにしては異例の、設計紙を七枚半使った回路図を引いた。そして日を置きながら、繰り返し何度も回路図を眺めて、設定のほころびや矛盾を一つずつ修正していった。
 霧の中に手を伸ばして風景を描くような日々の末、僕は大切な回路図を一年がかりでようやく完成させた。

 そこから、招来術に用いるトフカ語の選定へと入った。
 様々な意思を含むトフカ語の中から最も適した語を選び、繋げ、四精石に呼びかける整った詠唱文へと組み上げてゆく。
 まるで長編の叙事詩のように膨大な量になったそれを唱え間違うことのないように、毎日部屋で発声の練習もした。

 招来獣の造形に深く関わるイメージの訓練も本格的に行い出した。
 僕は体調に気を遣いつつ、スケッチブックを片手にメルイーシャの町を歩き回っては、目当ての動物たちを目と紙の上に刻みつけた。彼らの動きを眺めることで、僕は僕の空想に少しずつ現実味を与えていったのだった。

 それから、イメージについてはもう一つ、重要な工程があった。

「……ねえ、ハル。ちょっとお願いがあるんだけど」
 ある日、ハルビオの部屋をノックした僕は改まった声で言った。
「お願い、どのようなことでしょうか?」
 僕がわざわざ彼の部屋まで出向くことはめったにない。
 不思議そうな顔をしたハルビオを見上げて、僕はとても言いにくいお願いを口にした。
「僕、どうしても大人の男の人の裸を素描(デッサン)したいんだ。だから、その、……モデルになってくれない?」

 ハルビオは青灰色(せいかいしょく)の目を大きく見張って僕を見た。その視線がどうしようもなく痛くて、僕は慌てて説明をした。
「しょ、招来術にね、どうしても必要なんだよ、本当にっ。こんなこと頼めるのはハル以外にいないし、お願いしますっ!」
 僕は必死に、この工程が僕の夢に必要不可欠なことを言い募った。遠い目をした彼にその言葉がちゃんと届いたかどうかは、……正直よく分からない。
「ど、どうしても嫌だったら無理にとは言わないから。その代わり、義父上(ちちうえ)に伝えて、そういうことを頼めそうな人を探してくれない?」
 そう何度も頼み込むと、ハルビオは奈落の底のようなため息を吐きながらも何とか頷いてくれた。

 翌日、義父上の所に報告に行ったらしいハルビオは複雑そうな顔をしながら工房に帰ってきて僕に言った。
「ロアン様が、面白そうなのでぜひ私がモデルをするように、と」
「えっ、……と」
 しばらく返答に困ったが、僕は苦笑まじりに彼を見上げた。
「義父上、笑ってたでしょ?」
「ええ、大爆笑でございました」
「だよねぇ」

 ほかでもない義父上から指示が出たので、ハルビオはこれも仕事と割り切って僕に協力してくれる様子だった。僕は文字通り体を張った彼の献身に感謝しつつ、あの人を創るための最後のイメージを埋めていった。
 本音を言えば、あと三、四人くらいは対象がほしいところだったけど。さすがにそれはハルビオに止められた。季節はちょうど夏にさしかかっていたので、僕は上半身裸で力仕事をしてる町の男の人たちを見て観察対象の少なさを補うことにした。

 そんな風に毎日何枚も素描(デッサン)を取るので、僕は手元にあるスケッチブックをすぐに使い切ってしまうのだった。
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