第1話

文字数 1,814文字

虐殺の訛り

私は訛っている
東北出身なので訛っている
こちらに来て何十年となるのに訛ったままだ
そして それが虐殺されるほど危険なことだと知った

関東大震災から百年
政府 軍隊 警察が加担し
六千人に及ぶ朝鮮人がデマで殺害された
青年団や消防団 在郷軍人会などからなる自警団によって
まさに私刑(リンチ)で殺害された

しかし それだけではない 
日本人も虐殺されていた
福田村事件 今の千葉県野田市で香川県から
やってきていた行商人の一団が朝鮮人と間違われ
九人が殺害されたという
(妊婦のお腹の中の子どもを入れると十人) 
当時 香川県では部落差別がひどく
他県に行商に出ることが多かった
被差別部落出身の人たちだった

これも千葉県 検見川事件(幕張事件)
地元の人たちでもほとんど知らないという事件
沖縄 三重 秋田出身の三人が やはり
自警団によって惨殺されたという 身分証を
掲げて必死に命乞いをする人たちを針金で縛って
惨殺し その遺体を近くの川に投げ捨てたという

二つの事件とも原因は訛りである
その聞きなれない方言が朝鮮人と疑われて
差別と偏見に凝り固まっていた正義感に火がついて
理性を失った普通の人が信じられない虐殺を行った
まったく普通の人ほど怖いものはない
ナチスでも身の毛もよだつ残虐行為を実行したのは
ふだんは よき父 よき夫 よき兄である普通の人だった

東北弁で訛ったままの人間は
今でもバカにされ 蔑まれ いじめられる
つまり 迫害されるのだ それどころか
一旦 天災地異や戦争などでパニック状態になれば
私刑によって惨殺 虐殺されるという危険まで
孕んでいることを知ることになった

自警団はいつもすぐそこにいる
身勝手な正義感に燃えて興奮し
勢いだけで難なく人を虐殺してしまう人は
今でもそこら中にうようよいるではないか



ファンレターの紹介と私のコメント

「我々」と「彼等」

関東大震災から100年経ちました。今年は節目の年にあたる為か、NHKなどで今まで語られることが少なかった事実が、特集を組まれ放送されていました。TamTam2021さんが仰るように、朝鮮人虐殺、そして福田村事件、検見川事件という惨劇についても語られていました。恥ずかしながら私は今まで、福田村事件、検見川事件のことを知りませんでした。日本人による、日本人に対しての激しい憎悪と差別、そして私刑の挙げ句の果てに惨殺、そして犬猫以下の葬り方…集団になると気が大きくなり、どんな残忍非道な行為でも易々と出来てしまう。人ほど恐ろしく、おぞましい生き物はいないのではないかと思うと吐き気がしてきます。自分の中にもこのような血が流れているのでしょうか。お上が疑わしきは殺してよいと言ったから、我々は愛国心の名の元、正義の自警団となり、朝鮮人も訛りのある異質な者達も一緒くたに成敗するのだ。我々は一致団結し、彼等を排除する。この「我々」「彼等」という一括りにした考えが間違えているのでしょうね。人は一個人であれば、良き父、良き兄、良き夫なのでしょう。しかし、集団になるから狂暴で残酷な悪魔に変わる。集団心理とは恐ろしいものです。このような事件が再び繰り返されないためにも、一人一人が周りに流されない強い意思と、確かな情報を把握し、「私」をしっかり持たなければならないと思いました。


お便りありがとうございました。「福田村事件」を題材にした映画がこの9月から公開されていますが(私はまだ見て居ませんが)、その監督の方が「人間はやさしいままで残虐になれる生き物」とある記事で述べていました。「ふつうの人」が持つ不気味さや怖さにおののきますが、それはそのまま自分にも当てはまるものだと気づかされました。自分の中にある隠された残忍性がその場の群集心理や同調圧力などがきっかけとなってある条件が整えば誰だって暴走してしまうことの危うさを感じました。自分の中にある普段は顕在化しないこのような残虐性や暴力性を自覚しなければならないと思います。なお、千葉県の虐殺例を二つ挙げることになりましたが当時の館山では逆に行政のトップの方針によって朝鮮人を襲撃することは房州人の恥辱であり、決してそのようなことがないようにという戒めが示され、朝鮮人を保護し、虐殺事件は起こらなかったということです。館山は特に津波などの被害が大きくて、とても大変な状況だったと思われますがトップの判断によって全く事態が異なってくることに驚きとともに感動すら覚えます。

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