第3話

文字数 2,680文字

”パンドラの箱 2”と同時系列の物語です。ミステリーではないのでご了承ください。



「テストどうだった?」先輩は私に聞く。私はグッジョブと親指を立てる。
「死ぬ気で頑張った甲斐がありました」私は結果を見せる。「200位ぐらい上がりました」
先輩はほっとした表情を見せ、「まあ、あんだけやれば当然か」と言う。
「ちょっと、少しは褒めてくださいよ」と私はすねてみる。
「おめでとう。努力が報われたね」「なんか心がこもってないです」
「君は努力の天才だ」
「なんか馬鹿にしてません?」
「分かった、分かった。本当に君は頑張った。よくやった! 今日は祝杯を挙げよう」先輩は少し照れながら言う。
 昼休み、私と先輩は屋上にいる。私が復讐を誓ったあの日から、放課後に先輩は私の勉強に付き合ってくれた。先輩との勉強会は想像を絶するもので、1日の勉強時間は授業を除いて7時間は普通。朝の授業前、昼休み、放課後、帰宅後、ありとあらゆる時間が勉強につぎ込まれた。土日ですら、学校に集まって勉強をする。なぜこんな受験生のようなスケジュールになったのか。それはひとえに私の理解力の欠如・要領の悪さが原因であったが、先輩は根気よく私に納得いくまで教えてくれたし付き合ってくれた。
勉強が生活の中心となったことで悩んでいる暇が無くなったのは良かったと思う。教室での出来事で悩む時間はすべて勉強時間に還元され、教室で誰も私に構わないのは勉強に集中できて好都合だった。こうして地獄のような勉強会が1か月弱続き期末テストを迎えた。結果は学年6位、初め見た時は信じられないし、今でも信じられなかった。
「あの… 先輩」
「どうしたの」
「本当にありがとうございます。先輩のおかげです」私は深く頭を下げた。
「ちがうよ。この結果は全部君が頑張ったからだよ。僕は何もしてない」と先輩は顔を上げる様に促す。
「でも先輩がいなかったら、私にはとてもできませんでした」
「うれしいこといってくれるね。いい後輩を持ったもんだ」
先輩は屈託ない笑顔で笑った。


授業後の教室で田所さんに絡まれた。彼女は笑いながら私の席の前に来る。何の用だ? 私は顔を上げた。
「ねぇ~、ノート見せてよ。この前のテストで6位だったの、知ってる。普段どんなこと書いてるの」とにんまりと笑う。ただその双眸は笑っていなかった。脅すような眼だった。彼女は机の上のノートをひったくり、ぱらぱらとめくる。都合がいい人。
「へぇー、すご~い。めっちゃ書き込みがあるぅ。さすがぁ、優等生は違うね」厭味ったらしい下卑た声だ。もっとシャキシャキ、しゃべって欲しい。
「ねぇ、これ貸して。すぐ返すからさぁ」たぶん返ってこないんだろうな。私は彼女の物言いから、そう直感した。
「いいよ」私は笑顔を見せる。そんなものくれてやる、もう全部理解しているし。
「さんきゅぅ~、まじ感謝だわ」田所さんの顔は驚いた表情を見せたがすぐに元に戻った。そして席から離れる。
私はお弁当とお茶を持って屋上に向かった。


どうやら教室全体の空気が変わっていくのを感じた。私はどうやらやっと飽きられたらしい。その代わりに教室は新たな生贄を欲し、クラスの一人の女子生徒が選ばれた。その子のことはあまりよく知らないが、どうも小説を書いてることが田所さんたちにバレたらしい。田所さん達は声高に女子生徒の小説を酷評し罵倒した。しかし聞いてみれば、どれも薄っぺらい、ただの悪口で彼女らは小説を真摯に読んでないことは明らかだった。私も彼女の作品を読んだが、正直とても意外だった。すごく面白い。登場するキャラクター一人一人に愛情を感じるし、世界観が丁寧に作りこまれている。小説は連載中とのことで続きが早く読みたくなった。でもそれは叶いそうにはない。彼女は学校に来なくなった。


女子生徒が学校を休んだ初日の昼休み、私は屋上で昼食を食べている。先輩は相変わらず黙々と本を読んでいた。私は朝から休んだ女子生徒のことが頭から離れなかった。スマホで彼女のブログを見ると、匿名の誹謗中傷コメントで溢れていた。日付を見るとすべてここ最近のコメントだ。私はスマホをしまって彼女のことを考える。
「先輩、いじめはなくならないんでしょか」私は先輩の横顔を見る。先輩は本を膝の上において私の方を見た。私は言葉を続ける。
「いじめは人間の本能に備わっているものだって前に言ってましたよね。いじめっていうのは知能が動物に近い人間がやることだって。なら彼・彼女らがいなくならない限り、いじめはなくならないんでしょうか」
「ああ、多分ね。馬を水辺に連れて行くことはできても水を飲ませることはできない。結局彼らが自ら変わろうとしない限り、彼らがいじめを止めることはしないだろうね」
先輩はしばし沈黙した後、再び口を開いた。
「でも…。だからと言って諦めちゃいけないんだと思う。いじめが起きてしまう環境だからといって起きることを容認しちゃいけない」
「そうですね。認めたらそれは理性の敗北です」私は呟く。
「何かあったの?」先輩は少し心配そうな声で聞く。私は女子生徒のことを話した。
「私はどうするべきなんでしょう?」
「それは君が決めることだよ。君はどう思っているの?」
「私は正直、馬鹿馬鹿しいと思いました。もちろんいじめる側に対してです。なんで人を傷つけて笑うことしかできないんだろうって。それから被害者の子に対しては… 少し複雑です。私にとって彼女も復讐の対象です。でも彼女の現状は前の私の境遇に似ていて…」
「助けてあげたい?」
「小さいですよね、私。彼女が苦しんでいるのは分かっているのに傍観しようだなんて」
「ううん。君は優しい人間だよ。だからこそ苦しんでいる」
「私は… 優しいですか? 先輩の言う優しさって何ですか?」
「僕が思うに、優しさは2つの要素からできている。勇気と想像力だよ。相手のことを思って行動で表すこと。それが優しさかな。君は彼女の苦しみを理解している、ただ行動に移すかどうかで迷って苦しんでいる。それは君が本来、勇気と想像力を持った優しい人間だからだよ。勇気と想像力、片方でも欠けていたら君は今そんなにも悩んでないはず」
先輩は一息つき、そして言葉を続けた。
「よく後悔しない選択をしなさいって言うけれど、それは無理だと思うんだ。やっても後悔するし、やらなくても後悔する。僕たちにできるのはただその時々のベストを尽くすことだけ。女子生徒を助けようとも傍観しようとも君次第。そこに正解は無いよ」
「分かりました、また考えます」私は空を見上げた。空は一点の曇りもない快晴だった。
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