第28話『鉄紺の手』
文字数 6,263文字
~ 登場人物 ~
ジンタ:ヒガ村出身16歳男性。妖刀サヤタカの管理者のひとり。武術の心得があり刀の扱いに長けるが、実践の経験値は低い。コルトと共に旅をしている。
コルト:コメサ村出身24歳男性。身体が大きく戦闘力が高い。現在はケイバルの遣いとしてフォルド帝国のマズカール皇帝に書簡を届ける使命を受けている。
ウォル:コルトの契約精霊。青くずんぐりした体型をしておりいつも浮いている。水元素の扱いが得意。コルトが少年の頃からの付き合い。
ルー:ヒガ村出身13歳女性。滅んだヒガ村の村長の娘で、ジンタとは幼馴染み。レベナよりソウマ術を学ぶ。
レベナ:マレイ諸島出身30歳女性。ケイバルよりコルトと同じ使命を受ける。現在はルーと共にムレン皇国のカノン王に書簡を届ける旅をしている。
ファイ:レベナの契約精霊。赤くずんぐりした体型をしておりいつも浮いている。火元素の扱いが得意。ラーイオーと呼ばれる存在から遣わされる。
ケイバル:シュニ北方域の辺境、コメサ村の村長。コルトの師。コルトとレベナにシュニ及びフォルド、ムレンへの書簡を届ける使命を与える。
ファラミス:シュニ第一国軍将軍。金髪の美しい容姿を持つ人格者。ケイバルとは過去に会っており、コルト達に協力する。
ゼベク:コルトとジンタに一宿の部屋を貸したフォルド最西部の民家の主人。ゼベクに税金と取り立てるフォルドの役人をジンタが斬り殺してしまった。
~ 国 ~
シュニ:大陸の二大国間に位置する南北に長い狭間の国。首都は最南部のサグラ。王はレンドック。中央より北はほとんど人が住まない地域で、シュニ国内でありながらも治世が行き届いていない。この僻地のクロヌ地域にヒガ村、北方域にコメサ村がある。
フォルド帝国:大陸東部の大国。首都はツェイベク。王はマズカール皇帝。金属精錬にはじまり軍事技術に優れる。土地のほとんどが岩場で鉄鉱石が採れる。
ムレン皇国:大陸西部の大国。首都はムクファ。王はカノン皇王。魔法技術に優れる。土地のほとんどが森林地帯で人口も多く、いくつかの部族に分かれる。
◆ ◆ ◆
ジンタは夢を見ていた。
焼け落ちたヒガ村に、ジンタが妖刀サヤタカで斬った男が倒れている。
よく見ると、それは山賊ではないようだった。
その背中に見覚えがある。
手が震えるジンタ。
恐る恐る顔を覗き込むと、その顔は父カズヤだった。
「うわあああ!
父上!」
ジンタが後ずさると、父の横には母スガがうずくまって泣いていた。
その反対側には親友であり兄貴分のコウが立ち、カズヤの亡骸を見ている。
知らぬ間に3人との間に大きな距離ができていた。
ジンタは彼らに近づこうと必死に走った。
だが、何故か3人はどんどん遠退いていく。
そして、漆黒の円形の闇が3人の地面に現れた。
その闇に彼らが少しずつ沈み込んでいく。
「父上!
母上!
コウー!」
ジンタは叫んだ。
だが、彼らにその声は届かず、闇の中へと飲まれていった。
ハッ!
ジンタは目を覚ました。
「大丈夫か?
ジンタ?」
コルトがジンタの顔を心配そうに覗き込んだ。
鉄格子の馬車の中だった。
もう何日もこれに乗せられている。
「うん、大丈夫。」
ジンタが汗を拭いながら答える。
「明日には首都に着くだろうとのことだ。
結局、首都に護送されたようなもんだな。
もう少しだ、頑張れ。」
「うん。」
馬車が揺れる。
車輪が岩の上を転がる音がする。
ジンタは先の夢の事を考えていた。
思えば、父が失踪し、山道に死体で見つかったのはヒガ村が襲われる約一ヶ月前だった。
学者である父は、宝刀サヤタカの正式な管理者ではなかったが、村長より特別に準管理者としての接触を許され、刀を調べていた。
そして、父の死の直後、急きょ管理者が若いジンタとコウに変更され、更にその十数日後に村は襲われた。
父の死は何かの前触れだったのかもしれない…。
2人は、その日も厳重に見張られつつも宿で寝かせられた。
最近妙に2人への扱いが丁寧だ。
変化があったのは、数日前に寄ったフォルド中部の軍本拠地である軍事施設ゴラからだ。
あそこ以降はまるで檻に入れられた希少動物かのように扱われ、食事も一般兵と同等以上なのではないかと思われるものが与えられた。
コルトは軍事施設ゴラでの処遇にも違和感を抱いていた。
フォルドの西部の治安を維持しているのはゴラと聞いた。
従って、2人の処分もゴラで決まって良いと考えられる。
しかし、一度はゴラに入ったものの、翌日には首都に移送されることになり、コルトはこれを奇妙に感じた。
そこまでフォルドにおいて重大な罪を犯したのだろうか。
いや、その可能性は低い。
いくら悪評があるフォルドでも、シュニの使者にそこまでするだろうか。
いや、使者だからこそ意地悪をするつもりなのか…。
コルトはあれこれ考えていたが、とにかく首都に入ってどうされるかを見届けるしかなかった。
そんなことを考えていると、馬車が突然停止した。
そして、兵が来て、
「コルト、降りろ。」
と言った。
「できれば、ジンタと離れたくないんだが。」
コルトはダメ元でやんわり交渉してみた。
「ダメだ。
ゼベクの証言によると、お前は直接罪を犯していない。
未成年の監督者としての軽犯罪だろう。
別々に処理する必要がある。」
「監督者であるからこそ、ジンタと同罪だろう。
でなければ監督者の意味がない。」
「そんなに罪を被りたいのか。
変な奴だな。
とにかくダメだ。
これは上からの指示だ。
俺に言っても何にもならんよ。」
きっとそうなのだろう。
コルトは仕方なく馬車を降りることにした。
「ジンタ、必ず迎えに行く。
待ってろよ。」
「わかった。
ありがとう。」
そうして、コルトは先頭の護送車に乗せられた。
まだ、両手は縄で縛られている。
コルトは兵士に色々と聞きたいことがあった。
だが、ここで聞いたところで何も情報は得られないだろう。
ここはおとなしく連れて行かれることにした。
しばらく進み丘を越えた先にとうとうフォルド帝国の首都ツェイベクが見えてきた。
それは背後北東部の大きな山腹を利用した要塞都市だった。
中央には巨大で物々しい城と思われる要塞があり、その周囲にぐるりといかにも強国な城壁が囲んでいた。
城壁の中には城下町があると思われるが、しばらく戦火を逃れているこの時代、城壁の外の平野にも民家や畑が広がっていた。
とても肥沃とは言えない岩場の平地は、麦や豆、芋類などの痩せた土地でも育つ作物の畑が点在し、また、その合間にはおおよそこの国の物とは思えない量の材木置場がある。
この狭い平地の南側は大地溝帯となっており、その下に西へと流れる大河があった。
北の山側に目を向けると、首都の北西に絶えず黒い煙を上げている施設があり、そこも強国な防壁で囲われている。
護送車からコルトと入れ替わりで来た兵士が御者台でもうひとりの兵士と話す声が聞こえてきた。
「今日も製鉄所は窯 に火を入れてるんだな。」
「あぁ、これで5日は寝ずの作業さ。
よくやるよ…。」
「シュニがまた鉄を欲しがってるのか?」
「いや、どうもムレンのソ族らしいぜ。
あの大量の材木もソ族の森からのご提供さ。」
「だが、鉄製武器はレフ族との独占貿易に決まったんだろう?」
「ソ族の奴らもレフ族から武器を買おうと躍起になって金を作ってるんだろう。」
「ムレンには魔法があるじゃねえか。
なんで武器を欲しがるんだよ。
ムレンの奴ら、戦争でもおっ始める気かよ。」
「単にソ族の奴らが焦ってるだけじゃないか。
もともと、魔法の苦手なソ族か武力担当のはずだからな。
レフ族が鉄製武器を持ってしまってそのバランスが崩れたのさ。」
「なんか、その独占貿易とやらを組んだ奴の悪意を感じるな。」
「おいおいおい!
滅多なことを言うなよ。
おそらくその辺はソーン様の計らいだ。
下手すると首が飛ぶぞ。」
「ひーー!
ホントか!
あぶねー…」
「気をつけろよ、まったく…。
ところで、我々は下門で良いんだな?」
「ああ、コルトっていう筋肉漢は上門から城へ、ジンタっていう若造は地下の独房だとよ。」
そうして、ジンタを乗せた鉄格子の馬車は、正面左の門からツェイベクに入った。
その時、正面右側の登り坂をコルトが乗った護送車が上方の城への門を通るのが、鉄格子の合間から見えた。
首都ツェイベク内でコルトと離れ離れになり、ジンタは少し不安になった。
◇ ◇ ◇
護送車が城内に入り、コルトは馬車から降ろされた。
そして、青い服の兵がコルトの手かせを解いた。
「いいのか?」
「そういう指示です。
どうぞこちらへ。」
青い服の兵がコルトを先導した。
それについていくと、会議室のような、しかし厳かな飾りが施された部屋に通される。
今のところ城内には木製の調度品は見当たらないが、ここには木製の大きな円卓があり、椅子もまた木製の立派なものが置かれている。
ただ部屋の壁や窓そのものは、城の他の形式に則っており、黒い石と鉄で構成されている。
それを飾りつけと木製調度品で要塞感を打ち消す努力がされているように見えた。
おそらく、外国からの訪問者を通す部屋なのだろう。
しばらく後に、背の高い切れ目の男が現れた。
髪が長くどこか中性的な印象を持たせる。
だが、ファラミスのような女性的な美しさとは反対のシャープで冷たい雰囲気だ。
濃い青のコートのような足まである長い服を身に纏 っており、腰には細い剣がある。
「私は、フォルド貿易技術省長官のソーンです。
便宜上、外交担当も兼ねています。
シュニの使者たるコルト殿か?」
「はい。
シュニ北方域から来ましたコルトと申します。
シュニ第一国軍ファラミス将軍の依頼により、マズカール皇帝陛下への書簡を預かりました。
皇帝陛下への直接のお目通りをお願いできますでしょうか。」
コルトはこの時、コメサ村とケイバルの名をこの男に告げたくないと感じた。
そのため、それらを避けた言い方をした。
「貴方の出身地と何故ファラミス将軍が貴方にその依頼をしたかをお聞きしても良いか。」
だが、コルトの意図はあっさり破られる。
そして、眉間に微かな圧を感じる。
間違いない、このソーンと名乗った眼の前の男は魔術に通じている…。
「申し訳ありません。
全ては皇帝陛下に直接お伝えしなければならないことなのです。」
コルトはソーンの読心術を払い除けて、書簡の表を差し出す。
魔術の心得があれば、見てわかるだろう。
この書簡は特定の者のみに伝わるように封がされている。
「なるほど。
大変よくわかりました。
よほど重要な物のようですね…。
取り計らいましょう。
ただし、万が一にも皇帝に危険があってはいけない。
皇帝には護衛を付けさせていただく。
よろしいかな?」
「はい、もちろんです。
皇帝陛下の御前であれば、事実は全てお伝えします。
先程の質問にもお答えしますのでそれまでご容赦ください。」
コルトも皇帝の前で嘘はつけない。
ここは正直にそう言うしかないと判断した。
「ふふふ。
私なんかでは皇帝の護衛にはならないですよ。
貴方に対するには、屈強な武人が最低4人は必要そうだ。
それも退魔の護符を身に付けさせてね。
私はその者らから後程報告を受けるのでお気になさらずに。」
食えない男だ。
魔術の心得がある者同士、ある程度は仕方ないが、少なくともこのソーンという男はコルトの能力と強さを既にほぼ正確に把握している。
とはいえ、コルトもソーンの実力は肌で感じていた。
魔力自体はおそらくレベナ級。
その言葉と眼力での人心掌握が得意なのだと思われる。
姿勢などからなんらかの武術の経験はあるようだが、強さはジンタよりも少し上ぐらいだろう。
武力自体はコルトの敵ではない。
それよりも、魔術と知力が侮れない印象だ。
いずれにしても、万が一敵に回ったら厄介だろう。
「ところで、連れのジンタはどこにいますか。」
「ジンタ殿の件はこれから軍で判決を下します。
少なくともコルト殿は無罪確定です。
貴方が妙に彼を庇わなければ、ね。
ジンタ殿の所在は軍の管轄故、申し上げられない。
状況から判断して重い判決は下されないでしょう。
だが、使者であることや、外交的な関係から判決確定には時間を要するでしょう。」
コルトはそこに何らかの嘘を含んでいると思った。
何かしら、コルトとジンタを引き離したい理由があるのではないか、と。
皇帝との謁見後にジンタと共に牢に入れるよう要請しようかと思ったが、明確な理由が思い当たらず、口にしなかった。
それよりもこの男にあまり多くの情報を与えたくないと感じていたのだ。
外交的に考えてもジンタが即座に危険に晒される可能性は低い。
まずは、皇帝に会い用事を済ませることを先決とした。
その後、ソーンが去ってから約2時間後に皇帝への謁見の機会が与えられた。
通常は数日待たされることもあるという。
特例中の特例だ。
待機していた部屋にひとりの屈強そうな男が入ってきた。
「皇帝親衛隊長のユードです。
私について来てください。」
ユードと名乗った男は、赤い飾りの鎧を着ており、背が高く大柄な体格をしていた。
齢は40前後だろうか。
口髭を蓄え、太い眉の下から覗く眼光が鋭い。
身のこなしから武術を実践していることがわかる。
今は兜を外しているが、戦闘装備になったらコルトでも倒すのは難しいだろう。
コルトは、棍棒をユードに預け彼の後をついていった。
暗い色の石でできた回廊を進む。
回廊内はオイルランプの灯りで照らされ、余計に厳めしい雰囲気を醸し出している。
階段をひとつ昇り、広い回廊に出ると、そこには赤い絨毯が引かれていた。
その先には、ひと際大きな金色の模様が施された荘厳な扉があった。
この扉の向こうに皇帝がいることがコルトにも予想できた。
流石にコルトも緊張してくる。
つい、身なりが乱れてないか確認してしまった。
扉の前にいた衛兵2人が観音開きの扉を空けた。
その先は大きなホールになっており、赤い絨毯が続いている。
コルトはユードに続いてホール内に入った。
中は、すっぽりと家が入りそうな程の大きな空間になっていた。
天井より少し下の天幕の間には逆アーチ状の金色のパイプが何本も並行に横断しており、そのパイプ上には等間隔に火が灯っている。
なんとも不思議な巨大ランプだ。
右側面の壁には大きなガラス窓が並び、その先に見えるこの国特有の黒い山々に白い霧が覆っている。
赤い絨毯の最奥には、玉座に皇帝マズカールが座っていた。
前を歩くユードはある位置で脇に逸れて内向きに不動立ちをした。
コルトはその位置で止まり、そこに跪 き頭を垂れた。
「シュニ北方域から来ましたコルトと申します。」
コルトが床を見ながらそう言うと、声がホール全体に響いた。
「余はフォルド帝国皇帝マズカールである。
シュニの使者よ。
如何なる要件か。」
マズカールがコルトに頭を上げるように促す。
老人の低くややかすれた、だが威厳ある声が響いた。
ジンタ:ヒガ村出身16歳男性。妖刀サヤタカの管理者のひとり。武術の心得があり刀の扱いに長けるが、実践の経験値は低い。コルトと共に旅をしている。
コルト:コメサ村出身24歳男性。身体が大きく戦闘力が高い。現在はケイバルの遣いとしてフォルド帝国のマズカール皇帝に書簡を届ける使命を受けている。
ウォル:コルトの契約精霊。青くずんぐりした体型をしておりいつも浮いている。水元素の扱いが得意。コルトが少年の頃からの付き合い。
ルー:ヒガ村出身13歳女性。滅んだヒガ村の村長の娘で、ジンタとは幼馴染み。レベナよりソウマ術を学ぶ。
レベナ:マレイ諸島出身30歳女性。ケイバルよりコルトと同じ使命を受ける。現在はルーと共にムレン皇国のカノン王に書簡を届ける旅をしている。
ファイ:レベナの契約精霊。赤くずんぐりした体型をしておりいつも浮いている。火元素の扱いが得意。ラーイオーと呼ばれる存在から遣わされる。
ケイバル:シュニ北方域の辺境、コメサ村の村長。コルトの師。コルトとレベナにシュニ及びフォルド、ムレンへの書簡を届ける使命を与える。
ファラミス:シュニ第一国軍将軍。金髪の美しい容姿を持つ人格者。ケイバルとは過去に会っており、コルト達に協力する。
ゼベク:コルトとジンタに一宿の部屋を貸したフォルド最西部の民家の主人。ゼベクに税金と取り立てるフォルドの役人をジンタが斬り殺してしまった。
~ 国 ~
シュニ:大陸の二大国間に位置する南北に長い狭間の国。首都は最南部のサグラ。王はレンドック。中央より北はほとんど人が住まない地域で、シュニ国内でありながらも治世が行き届いていない。この僻地のクロヌ地域にヒガ村、北方域にコメサ村がある。
フォルド帝国:大陸東部の大国。首都はツェイベク。王はマズカール皇帝。金属精錬にはじまり軍事技術に優れる。土地のほとんどが岩場で鉄鉱石が採れる。
ムレン皇国:大陸西部の大国。首都はムクファ。王はカノン皇王。魔法技術に優れる。土地のほとんどが森林地帯で人口も多く、いくつかの部族に分かれる。
◆ ◆ ◆
ジンタは夢を見ていた。
焼け落ちたヒガ村に、ジンタが妖刀サヤタカで斬った男が倒れている。
よく見ると、それは山賊ではないようだった。
その背中に見覚えがある。
手が震えるジンタ。
恐る恐る顔を覗き込むと、その顔は父カズヤだった。
「うわあああ!
父上!」
ジンタが後ずさると、父の横には母スガがうずくまって泣いていた。
その反対側には親友であり兄貴分のコウが立ち、カズヤの亡骸を見ている。
知らぬ間に3人との間に大きな距離ができていた。
ジンタは彼らに近づこうと必死に走った。
だが、何故か3人はどんどん遠退いていく。
そして、漆黒の円形の闇が3人の地面に現れた。
その闇に彼らが少しずつ沈み込んでいく。
「父上!
母上!
コウー!」
ジンタは叫んだ。
だが、彼らにその声は届かず、闇の中へと飲まれていった。
ハッ!
ジンタは目を覚ました。
「大丈夫か?
ジンタ?」
コルトがジンタの顔を心配そうに覗き込んだ。
鉄格子の馬車の中だった。
もう何日もこれに乗せられている。
「うん、大丈夫。」
ジンタが汗を拭いながら答える。
「明日には首都に着くだろうとのことだ。
結局、首都に護送されたようなもんだな。
もう少しだ、頑張れ。」
「うん。」
馬車が揺れる。
車輪が岩の上を転がる音がする。
ジンタは先の夢の事を考えていた。
思えば、父が失踪し、山道に死体で見つかったのはヒガ村が襲われる約一ヶ月前だった。
学者である父は、宝刀サヤタカの正式な管理者ではなかったが、村長より特別に準管理者としての接触を許され、刀を調べていた。
そして、父の死の直後、急きょ管理者が若いジンタとコウに変更され、更にその十数日後に村は襲われた。
父の死は何かの前触れだったのかもしれない…。
2人は、その日も厳重に見張られつつも宿で寝かせられた。
最近妙に2人への扱いが丁寧だ。
変化があったのは、数日前に寄ったフォルド中部の軍本拠地である軍事施設ゴラからだ。
あそこ以降はまるで檻に入れられた希少動物かのように扱われ、食事も一般兵と同等以上なのではないかと思われるものが与えられた。
コルトは軍事施設ゴラでの処遇にも違和感を抱いていた。
フォルドの西部の治安を維持しているのはゴラと聞いた。
従って、2人の処分もゴラで決まって良いと考えられる。
しかし、一度はゴラに入ったものの、翌日には首都に移送されることになり、コルトはこれを奇妙に感じた。
そこまでフォルドにおいて重大な罪を犯したのだろうか。
いや、その可能性は低い。
いくら悪評があるフォルドでも、シュニの使者にそこまでするだろうか。
いや、使者だからこそ意地悪をするつもりなのか…。
コルトはあれこれ考えていたが、とにかく首都に入ってどうされるかを見届けるしかなかった。
そんなことを考えていると、馬車が突然停止した。
そして、兵が来て、
「コルト、降りろ。」
と言った。
「できれば、ジンタと離れたくないんだが。」
コルトはダメ元でやんわり交渉してみた。
「ダメだ。
ゼベクの証言によると、お前は直接罪を犯していない。
未成年の監督者としての軽犯罪だろう。
別々に処理する必要がある。」
「監督者であるからこそ、ジンタと同罪だろう。
でなければ監督者の意味がない。」
「そんなに罪を被りたいのか。
変な奴だな。
とにかくダメだ。
これは上からの指示だ。
俺に言っても何にもならんよ。」
きっとそうなのだろう。
コルトは仕方なく馬車を降りることにした。
「ジンタ、必ず迎えに行く。
待ってろよ。」
「わかった。
ありがとう。」
そうして、コルトは先頭の護送車に乗せられた。
まだ、両手は縄で縛られている。
コルトは兵士に色々と聞きたいことがあった。
だが、ここで聞いたところで何も情報は得られないだろう。
ここはおとなしく連れて行かれることにした。
しばらく進み丘を越えた先にとうとうフォルド帝国の首都ツェイベクが見えてきた。
それは背後北東部の大きな山腹を利用した要塞都市だった。
中央には巨大で物々しい城と思われる要塞があり、その周囲にぐるりといかにも強国な城壁が囲んでいた。
城壁の中には城下町があると思われるが、しばらく戦火を逃れているこの時代、城壁の外の平野にも民家や畑が広がっていた。
とても肥沃とは言えない岩場の平地は、麦や豆、芋類などの痩せた土地でも育つ作物の畑が点在し、また、その合間にはおおよそこの国の物とは思えない量の材木置場がある。
この狭い平地の南側は大地溝帯となっており、その下に西へと流れる大河があった。
北の山側に目を向けると、首都の北西に絶えず黒い煙を上げている施設があり、そこも強国な防壁で囲われている。
護送車からコルトと入れ替わりで来た兵士が御者台でもうひとりの兵士と話す声が聞こえてきた。
「今日も製鉄所は
「あぁ、これで5日は寝ずの作業さ。
よくやるよ…。」
「シュニがまた鉄を欲しがってるのか?」
「いや、どうもムレンのソ族らしいぜ。
あの大量の材木もソ族の森からのご提供さ。」
「だが、鉄製武器はレフ族との独占貿易に決まったんだろう?」
「ソ族の奴らもレフ族から武器を買おうと躍起になって金を作ってるんだろう。」
「ムレンには魔法があるじゃねえか。
なんで武器を欲しがるんだよ。
ムレンの奴ら、戦争でもおっ始める気かよ。」
「単にソ族の奴らが焦ってるだけじゃないか。
もともと、魔法の苦手なソ族か武力担当のはずだからな。
レフ族が鉄製武器を持ってしまってそのバランスが崩れたのさ。」
「なんか、その独占貿易とやらを組んだ奴の悪意を感じるな。」
「おいおいおい!
滅多なことを言うなよ。
おそらくその辺はソーン様の計らいだ。
下手すると首が飛ぶぞ。」
「ひーー!
ホントか!
あぶねー…」
「気をつけろよ、まったく…。
ところで、我々は下門で良いんだな?」
「ああ、コルトっていう筋肉漢は上門から城へ、ジンタっていう若造は地下の独房だとよ。」
そうして、ジンタを乗せた鉄格子の馬車は、正面左の門からツェイベクに入った。
その時、正面右側の登り坂をコルトが乗った護送車が上方の城への門を通るのが、鉄格子の合間から見えた。
首都ツェイベク内でコルトと離れ離れになり、ジンタは少し不安になった。
◇ ◇ ◇
護送車が城内に入り、コルトは馬車から降ろされた。
そして、青い服の兵がコルトの手かせを解いた。
「いいのか?」
「そういう指示です。
どうぞこちらへ。」
青い服の兵がコルトを先導した。
それについていくと、会議室のような、しかし厳かな飾りが施された部屋に通される。
今のところ城内には木製の調度品は見当たらないが、ここには木製の大きな円卓があり、椅子もまた木製の立派なものが置かれている。
ただ部屋の壁や窓そのものは、城の他の形式に則っており、黒い石と鉄で構成されている。
それを飾りつけと木製調度品で要塞感を打ち消す努力がされているように見えた。
おそらく、外国からの訪問者を通す部屋なのだろう。
しばらく後に、背の高い切れ目の男が現れた。
髪が長くどこか中性的な印象を持たせる。
だが、ファラミスのような女性的な美しさとは反対のシャープで冷たい雰囲気だ。
濃い青のコートのような足まである長い服を身に
「私は、フォルド貿易技術省長官のソーンです。
便宜上、外交担当も兼ねています。
シュニの使者たるコルト殿か?」
「はい。
シュニ北方域から来ましたコルトと申します。
シュニ第一国軍ファラミス将軍の依頼により、マズカール皇帝陛下への書簡を預かりました。
皇帝陛下への直接のお目通りをお願いできますでしょうか。」
コルトはこの時、コメサ村とケイバルの名をこの男に告げたくないと感じた。
そのため、それらを避けた言い方をした。
「貴方の出身地と何故ファラミス将軍が貴方にその依頼をしたかをお聞きしても良いか。」
だが、コルトの意図はあっさり破られる。
そして、眉間に微かな圧を感じる。
間違いない、このソーンと名乗った眼の前の男は魔術に通じている…。
「申し訳ありません。
全ては皇帝陛下に直接お伝えしなければならないことなのです。」
コルトはソーンの読心術を払い除けて、書簡の表を差し出す。
魔術の心得があれば、見てわかるだろう。
この書簡は特定の者のみに伝わるように封がされている。
「なるほど。
大変よくわかりました。
よほど重要な物のようですね…。
取り計らいましょう。
ただし、万が一にも皇帝に危険があってはいけない。
皇帝には護衛を付けさせていただく。
よろしいかな?」
「はい、もちろんです。
皇帝陛下の御前であれば、事実は全てお伝えします。
先程の質問にもお答えしますのでそれまでご容赦ください。」
コルトも皇帝の前で嘘はつけない。
ここは正直にそう言うしかないと判断した。
「ふふふ。
私なんかでは皇帝の護衛にはならないですよ。
貴方に対するには、屈強な武人が最低4人は必要そうだ。
それも退魔の護符を身に付けさせてね。
私はその者らから後程報告を受けるのでお気になさらずに。」
食えない男だ。
魔術の心得がある者同士、ある程度は仕方ないが、少なくともこのソーンという男はコルトの能力と強さを既にほぼ正確に把握している。
とはいえ、コルトもソーンの実力は肌で感じていた。
魔力自体はおそらくレベナ級。
その言葉と眼力での人心掌握が得意なのだと思われる。
姿勢などからなんらかの武術の経験はあるようだが、強さはジンタよりも少し上ぐらいだろう。
武力自体はコルトの敵ではない。
それよりも、魔術と知力が侮れない印象だ。
いずれにしても、万が一敵に回ったら厄介だろう。
「ところで、連れのジンタはどこにいますか。」
「ジンタ殿の件はこれから軍で判決を下します。
少なくともコルト殿は無罪確定です。
貴方が妙に彼を庇わなければ、ね。
ジンタ殿の所在は軍の管轄故、申し上げられない。
状況から判断して重い判決は下されないでしょう。
だが、使者であることや、外交的な関係から判決確定には時間を要するでしょう。」
コルトはそこに何らかの嘘を含んでいると思った。
何かしら、コルトとジンタを引き離したい理由があるのではないか、と。
皇帝との謁見後にジンタと共に牢に入れるよう要請しようかと思ったが、明確な理由が思い当たらず、口にしなかった。
それよりもこの男にあまり多くの情報を与えたくないと感じていたのだ。
外交的に考えてもジンタが即座に危険に晒される可能性は低い。
まずは、皇帝に会い用事を済ませることを先決とした。
その後、ソーンが去ってから約2時間後に皇帝への謁見の機会が与えられた。
通常は数日待たされることもあるという。
特例中の特例だ。
待機していた部屋にひとりの屈強そうな男が入ってきた。
「皇帝親衛隊長のユードです。
私について来てください。」
ユードと名乗った男は、赤い飾りの鎧を着ており、背が高く大柄な体格をしていた。
齢は40前後だろうか。
口髭を蓄え、太い眉の下から覗く眼光が鋭い。
身のこなしから武術を実践していることがわかる。
今は兜を外しているが、戦闘装備になったらコルトでも倒すのは難しいだろう。
コルトは、棍棒をユードに預け彼の後をついていった。
暗い色の石でできた回廊を進む。
回廊内はオイルランプの灯りで照らされ、余計に厳めしい雰囲気を醸し出している。
階段をひとつ昇り、広い回廊に出ると、そこには赤い絨毯が引かれていた。
その先には、ひと際大きな金色の模様が施された荘厳な扉があった。
この扉の向こうに皇帝がいることがコルトにも予想できた。
流石にコルトも緊張してくる。
つい、身なりが乱れてないか確認してしまった。
扉の前にいた衛兵2人が観音開きの扉を空けた。
その先は大きなホールになっており、赤い絨毯が続いている。
コルトはユードに続いてホール内に入った。
中は、すっぽりと家が入りそうな程の大きな空間になっていた。
天井より少し下の天幕の間には逆アーチ状の金色のパイプが何本も並行に横断しており、そのパイプ上には等間隔に火が灯っている。
なんとも不思議な巨大ランプだ。
右側面の壁には大きなガラス窓が並び、その先に見えるこの国特有の黒い山々に白い霧が覆っている。
赤い絨毯の最奥には、玉座に皇帝マズカールが座っていた。
前を歩くユードはある位置で脇に逸れて内向きに不動立ちをした。
コルトはその位置で止まり、そこに
「シュニ北方域から来ましたコルトと申します。」
コルトが床を見ながらそう言うと、声がホール全体に響いた。
「余はフォルド帝国皇帝マズカールである。
シュニの使者よ。
如何なる要件か。」
マズカールがコルトに頭を上げるように促す。
老人の低くややかすれた、だが威厳ある声が響いた。