第3話『仲間』

文字数 5,786文字

ジンタは傷の手当てをしてもらっていた。

それは不思議な技法だった。
レベナが手を当てて何か呟くと、ジンタの患部が淡く光り、暖かくなって痛みが引く。
完治には至らなかったが、問題なく動けるまでに即座に回復した。

タジキが、
「すごい!
魔法だ!」
と叫ぶ。
ルーは羨望(せんぼう)のまなざしをレベナに向けた。
「ねぇ、レベナ。
その魔法、私もできるようになりたい。」
と率直に頼んでみた。

「いいわよ、ルー。
旅をしながら少しずつ教えてあげる。」
とレベナは快諾した。
「いいな、俺も!」
便乗するタジキ。
レベナはジンタの目を見て、
「それじゃ、3人に教えてあげる。」
と微笑んだ。
ジンタは、自分がそんな目をしていたのかと恥ずかしかったが、本当のところは嬉しかった。

ジンタ、コルト、レベナ、タジキ、ルーの5人は木陰で集まって作戦を立てた。
とはいえ、村をろくに出たことがない3人は、旅慣れているらしいコルトとレベナの言うことを聞くしかできない。

コルトとレベナは、この国シュニの首都サグラを目指しているという。
シュニは、東のフォルド帝国と西のムレン皇国の間にある南北に長い縦長の国で、実質的にフォルドとムレンという2大国の国境としての役割を担っている小国だ。

シュニは、南に首都があり、実質はこの周辺のみがシュニ経済圏といえる。
中央部のクロヌ地域と北方域は、もともとは不確定地域ではあったのだが、フォルドとムレンが衝突を避けるために、シュニ国に強引に属させたようなものだった。
この辺りクロヌ以北は人口が極めて少なく、険しい山々が連なっているため、2大国も手を伸ばそうとしなかった。

コルトとレベナの2人は名もない北方域から南下して来て、今いるクロヌ地域にたどり着いたという。
中立的な立場のシュニ国は本来、小競り合い的な争いはあっても、凶暴な魔物などはいない平和な国だと2人は語った。
だが今は、シュニの首都サグラに近づくにつれて凶暴な魔物が出ることに2人はきな臭さを感じているという。

とはいえ、コルトとレベナは首都サグラへ向かわなければならないという。
コルトとレベナは、当初このまま下山して初めて見つけた集落で3人と別れるつもりだったが、ある程度の規模の村なり街に出るまでは一緒に来ることを3人に提案した。

「まぁ、戻っても危険なだけだしな…。」
とタジキは軽く乗った。
ルーはそんな簡単な問題ではない、という顔をしたが、そうするしかないのも確かだ。
ジンタは、街に出れば妖刀に詳しい人がいるかもしれないと考えていたので、コルトとレベナについて行くことに賛成した。

出発前に、5人は周囲で水や食糧を調達した。
3人はこの地域の植物に詳しかったので、彼らの食料調達力にはコルトとレベナも助かった。

レベナはルーとタジキに荷物を持たせていた。
ジンタは大きく重い刀を背負っていたので、あまり荷物が持てないからだ。

コルトがジンタに近づいてきた。
「なぁ、ジンタ、その剣、もう一回触っていいか?」
ジンタは少し抵抗があったが、
「抜かないのなら。」
とコルトに鞘に収まったままの刀を渡す。

妖刀を隅々まで見回すコルト。
しばらく見回してから、コルトはジンタを背にして直立した。
そして、右手を水平に突き出して、鞘を右手で握って静止する。
「?」
ジンタはその行為を不思議そうに見ていた。

しばらくして、コルトは刀をジンタに返し、
「この剣の名前、“サヤタカ”っていうみたいだぞ。」
と言った。
ジンタは、そんな意匠がどこに書いてあるんだろうと不思議に思った。

 ◇ ◇ ◇

さて出発しようか、というそのときに、バサッという音が辺りに響いた。
河原に大きな何かが影を落としているのが見える。
それはかなり高速に動いているようだ。

「おいおい、今度は翼竜かよ…。
ついてねえなぁ…。」
コルトは面倒くさそうに立ち上がる。
そして、ちらりとジンタの刀を見た。

レベナは3人を速やかに木陰に隠して、そのまま3人に付き添った。
「ここはコルトに任せて。」

河原にずんずんと出て行くコルト。
すると、上空から大きな翼をもった黒い爬虫類のような怪物が下りてきた。
それはコルトの巨体の5倍はある。

顔は岩竜と呼ばれた巨大トカゲに似ており、その凶暴さが威圧感と共に伝わってくる。
ジンタとルーとタジキは恐ろしくてガタガタと震えてしまった。
とてもひとりの人間にどうにかできるような相手には見えない。

翼竜は一度着地すると、ギャー!と叫んでコルトに飛びかかった。
ルーは恐ろしさから完全に目を覆った。
ジンタとタジキは食い入るようにそのシーンを目に焼き付けた。
そこからの数秒間は2人の脳裏に強烈な記憶として残り続けることになる。

コルトは鈍く光る棒のような武器を腰から抜くと、その巨体からは想像もつかないジャンプ力で翼竜に飛びかかった。
そして、牙をむく翼竜の側頭と後頭部の間をその棍棒で殴った。
ゴッという鈍い音がして、翼竜の頭の軌道が変わり、首がグニャリと曲がる。

コルトはそのまま着地すると、翼竜の様子を窺った。
が、あくまでもそれは念のための行為のようだ。
翼竜は後頭部から首が不自然に曲がったまま地面に落下し、そのまま動かなくなった。

「こりゃ、仲間が居るかもなぁ。
ここを早く離れよう。」
コルトは未だ準備運動中の様に腕を回す。
「そうしましょう。
さ、みんな行くわよ。」
レベナは皆に出発の準備を促した。

しかし、3人は呆然と立ち尽くしていた。
ルーは決定的な場面を見ていなかったためか、なぜこのような結果になっていたのかまるで理解できていないようだった。

 ◇ ◇ ◇

5人は山道を歩いていた。
河原を歩くことは目立ちすぎるとレベナが反対したからだ。
先頭のレベナと末尾のコルトに挟まれて3人は歩いた。
また何に出くわすかわからない、ジンタとルーは緊張しながら歩く。
ただひとり、タジキだけは場違いに興奮していた。

「すげー!
あんなの一発で仕留めるなんて!」
タジキがさっきのコルトを絶賛している。
河原を離れたら緊張の糸が切れてしまったのか、感動だけがタジキを溢れさせていた。
それにしても、うるさい。

後ろからコルトがタジキの頭をガッと掴んで、
「あぁ、すげぇすげぇ。
お前今、すげぇ目立ってるから魔物共を呼んでいるようなもんだな。」
と脅した。
タジキはやべっという顔で黙った。

実は、ジンタもさっきのコルトには強い感銘を受けていた。
岩竜のときも凄いとは思ったが、まさかこれ程とは。
しかも、急所一発だ。
少し太った兄ちゃんと思っていたが、身軽でとんでもない攻撃力の筋肉の塊であることがわかった。

この人について行けば、自分も強くなれるかもしれない、とジンタは思った。
強くなれれば、刀を守ることも、村が襲われた理由も知ることができるかもしれない。
村人みんなの雪辱を果たすことができるかもしれない。
そしてなにより、ルーやタジキを守れるかもしれない、と。

「でも、コルトがいればあんな奴ら一撃だろ。」
とタジキはなんとか声を抑えた。
「んなわけあるか。
ここまでは運が良かったんだよ。」
と、巨体でのっしのっし歩きながらコルトがタジキを見る。

コルトはジンタに近づいて肩に触れた。
「さっきは魔物1匹だったから良かったんだ。
あれが3匹以上だとやばい。
その時はジンタも戦えるか?」
ジンタは背中の刀の鞘をふと左手で触った。
「俺で戦力になるなら…。」
「ちゃんと訓練すれば戦力になるだろ。」

ジンタは考え、そして覚悟して言う。
「魔物との戦い方を教えてください。
俺は対人用の基礎武術しか知らないから…。」
「そうか。
では、旅をしながら少しずつ教えよう。」

タジキが割り込んできた。
「俺も何か戦える物、持って来ていれば良かったなぁ。」
ずいぶんと呑気な奴だ。

レベナは皆が辛くないようにと休み休み歩いてくれたが、それでもペースは早くて3人の息が乱れた。
山育ちの3人よりも楽々進むコルトとレベナはよほど旅慣れているようだ。

4,5時間歩くと、3人は流石に疲れてきた。
途中昼食休みを取ったりしたが、緊張しながらの食事はあまり休まらない。

日が傾きかけている。
そろそろ野宿できる場所を探さなければならない。

コルトはちょいちょい道を外れ、岩陰などの雨風を凌げる場所を探した。
それから1時間ぐらいして、ちょうど上部に突き出した岩が洞のような空間を作っている場所を見つけた。
そこは山道からも見えず、多少の火なら(おこ)しても問題なさそうだ。
コルトは岩の強度を確認して、4人を誘導した。
「風は少し入るが、この季節なら大丈夫だろう。」

3人は緊張の中1日中歩き疲れてへとへとだ。
早めの夕食を取るとすぐに寝てしまった。
昨日今日と、壮絶な2日間だった。

レベナは、
「もう、虫!
…はぁ~。
宿で寝たいわ…。」
と虫よけの油を塗りながら、ぼやいた。

 ◇ ◇ ◇

朝方、やっと空が明るくなりかけた頃に5人は起きた。
レベナは3人に、魔術のための基礎的なレクチャーをした。
それは、食事しながらでも歩きながらでもできる簡単なものだった。

それは、ある1点に意識を留め、眺め続けるという単純なものだ。
呼吸、指の先、歩く足の裏、食事中の唇…。
それは何でも良いという。

レベナはとりあえず簡単な例として歩数を数える方法を勧めた。
意識が規則正しく同じ所に向いていれば良いとのことだ。
ぐるぐると周囲を歩いて練習する3人。

タジキは簡単簡単!と言い放ったが、ジンタにはその単純な意識の使い方は思いの外難しいと感じた。
まずは何か考えが浮かんでも良いと言われていたが、考え出すと思考に意識を取られ、すぐに決めた対象物から意識が外れてしまうのだ。

「これが、解想法の基礎の基礎よ。
まずは、これを5分でも10分でも連続してできるようになることね。
ただし、あまり集中しすぎないこと。
集中は最初だけで、あとはぼーっとただ眺めるだけよ。」

ジンタはそれが余計に難しいと感じた。
それから、ルーは事あることに「1点をただ眺める、1点をただ眺める…。」と呟くようになった。
タジキは思い出したらやるようにはしていたが、早くも飽きている様子だ。

それから、レベナとタジキとルーの3人は水や食料を調達しに出掛けて行った。
タジキとルーは植物に詳しく、ぱっと見、単なる雑草でも簡単な処理をすることで食べられるようになり、レベナは驚いた。
また、タジキは岩塩について詳しく、運良く大きな塊を見つけてルーに自慢している。

コルトは、ジンタに人ではない魔物への戦い方をレクチャーしていた。

対魔物では、まずは相手のタイプを見抜くことが大事だとコルトは言った。
「魔物だけでなく生き物は、ざっくりいうと、肉体と霊体の両方を持つ物理タイプと、肉体を持たない霊体タイプの2種類がある。
まずはこの見極めが大事だ。」
今までジンタが戦ってきた相手は物理タイプということになる。
「霊体タイプは、物理的な武器だとダメージをほとんど与えられない。
従って、そういった相手には魔法支援が必要になる。」

「その2タイプの見極めはどうしたらいんでしょう?」
ジンタはコルトに質問した。
()はわかるか?」
「えぇ。
基礎武術で習いました。」
「氣が重いのが物理タイプ、軽いというかガスのように感じられるのが霊体タイプだ。」

よくわからない、という顔をするジンタ。
「こればっかりは、経験で掴むしかない。
半透明の奴とかふわふわ浮いている奴とか、見た目で明らかに霊体タイプの奴もいる。
それらの氣を感じて慣れていくしかない。」
ジンタが難しい顔をした。
「ま、俺も未だによくわからない奴はいるからな。
とりあえずレベナの魔力があるなら魔法支援を武器に付けてもらっておけばいい、と覚えていればいいさ。」
「わかりました。」

次に、対魔物では急所を見分けることが大事だという。
特に人よりも大きく力の強い相手の場合は、まともに戦うのは分が悪い。
これも、経験と勘が大事だが、首の長い奴は首とか、背中が鎧みたいな奴は腹とか、系統である程度の推察は可能とのことだ。

その後、ジンタとコルトは妖刀について話した。
「この刀は、ヒガ村が厳重に管理していた物なんです。」
管理者は同時に3名しかおらず、ジンタと親友のコウは武術の適性から管理者に選ばれた。
もう1人の管理者は村長で、とにかく村外に出すことや、人の手に渡ることは避けなければならないと言われていた。

「“刃は本来、己を絶つときに使うものだ。人を斬る前に、まずは己を斬れ。”」
そう村長に言われ続けていたことをコルトに語ると、コルトは、
「己を斬る刃…。」
と呟いて、そのまま考え込んだ。

レベナとルー、タジキが戻ってきて、朝食を取った。
その後、出発の準備をした。
タジキは岩塩発見の自慢ばかりしていて、もう早くも解想法の練習のことなど忘れているようだ。

日の出と共に、5人は出発した。
ルーはわざとらしく歩数を数え始めたので、すっかり忘れていたタジキもそれの真似をした。

この日は、人家を避けて移動した。
理由は、山賊や魔物の狙いがはっきりとしないためだ。
人家で山賊が待ち伏せしており、周囲の人間を巻き込んでしまうかもしれない。

また、食料に関しては、ルーやタジキの活躍もあって補給をせずともなんとかなりそうだ。
そのため、この地域からまずは目立たず脱出することを優先とした。

休憩時にレベナはコルトに小声で話しかけた。
「やはり、広域探査結界っていうのかしら…。
この地域に何か特殊な意図が張り巡らされているわ。
何かを探索しているような…。」
「それって、ジンタの刀かもしれないな…。」
「可能性はあるわね。
あれは何か特別な物みたいね。」
そして2人は、もし戦闘になった場合の作戦を話し合った。
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