レスバトル
文字数 3,119文字
若者は簡単に騙される。すぐ信じるからだ。
アリストテレス
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
朝の一狩りも終わった、長安麯院街の一角。
「————
「そうだ。飲み込みが早いな」
白霊を討伐した六人の英雄、プラス一名は、この高官御用達の
そんな食事中でも、ヴァリキエと呂尚は訓練の復習に余念が無い。
「でもさ……ここまで分担してると、誰か崩れたら終わりじゃない? 何事も臨機応変よ」
「お前にやられて我々も対策を講じた。仲間内で使える技術を共有し、有事の際は各々を肩代わりするのが理想だ」
「だから三人もいやがったのか……」
対面のヘレンが、鴨の皮肉を頬張りながら皮肉を口にする。
「こんな蛮族にレクチャーした所で無益ですわ……どうせ、お釣りしか出来ませんもの……バルクス————この辛いの、食べてくださいまし」
身のこなしの良い呂尚は『釣り』という役割には向いているが、
ヘレンは香辛料の効いた汁が掛かった蒸し鶏の細切れ————つまりは
「ああ。辛い物は腹を壊すからな」
バルクスはヘレンに甘い。
「何よ……アーシの
アレ
のおかげで、ジャイアントタイプも倒せたじゃん」呂尚の言う『アレ』とは、相手の生命力を弱らせる『内功心法・改』のことだ。
「あのような
アカオカケスとは北欧に生息する、よく鳴く鳥のこと。ヘレンの故郷では〝職場の————〟と付けることで『邪魔な同僚』を表す皮肉になる。
「そう言うな。
ヴァリキエがそう言うと、ヘレンは拗ねたように俯く。
「誰にでも優しいのですわね……」
「そんなことは無い。お前を守る為さ」
ヴァリキエがそう言うと、ヘレンはもじもじと上目遣いを向ける。
「ん、ヴァリキエ様……」
二人は訳あって『魔女と騎士の誓い』を交わしている。その絆はチーム内でも強く、時折二人の世界へ入ってしまう。
一方、呂尚は他愛ない会話も根に持つタイプ。せっかくの新技を否定され、自分の好きな辛い物も嫌うヘレン。更に、
(そう言えば————この間もコイツ、アタシの胸が小さいってバカにした……)
呂尚に復讐心。いや、イタズラ心がメラメラと沸き上がる。
「ヘレン、気をつけなァ? あんまり好き嫌いしてると……
デブる
よ?」レスバトルが開始される。
「————!」 「————!」
呂尚の第一手に、淑やかに食事を取っていた女性メンバー・ルリアとルシラの手が止まる。
女性が体型を気にしてしまうのは万国共通。
(ククク……あの歳であの巨乳……自分が太って見えないか、さぞ気になってしょうがないハズ……w)
多少強引でも〝デブ〟というワードに結び付けばいい。思春期にはそれで十分な打撃だ。
「あら、ふくよかな女性は美しいのですわよ。ご存知ありませんの……お、ね、え、さ、ま?」
ヘレンはゆっくり胸に手をあて、上品に返す。
(こいっ……つぅ……ッ!)
呂尚の予想は外れる。
幼少から魔法を扱うヘレンは、周りから奇異の目で見られる事に慣れている。他の子より乳が張った程度のことを一々気にはしないのだ。
急に大きくなってきたので困り物ではあるが、同時に誇りにさえ思っている。
(おかしい……親もいないコイツは、他人との違いを馬鹿みたいに気になるハズなのに……これじゃアタシの方が、ツマンネーこと気にした安い女みたいじゃん————誰だ、コイツに余計なこと吹き込みやがったのは……?)
「————ああ。女は少しくらい、肉が乗った方がいい」
(お前かよッ! 犬!)
呂尚が心の中で舌打ちする中、ヘレンもバルクスに手を向ける。
「ほら、ご覧なさいませ」
西方ではこの手の『脂肪信仰』が流行しており、同じような文化は中華にもある。そして、そういった文化が出来上がる『仕組み』も又、万国共通。
呂尚が第二手を仕掛ける。
「ああ。アタシもよく言われる————でもそれって〝女性の美しさは外見じゃない〟て言うのと同義じなのよ」
「……?」
ヘレンが怪訝な顔を返す。呂尚は心に残るように、ゆっくり強調しながら口にする。
「みんな、
気を遣ってくれてるの
」「……?」
ヘレンが周りを見回すが、誰も目を合わせない。
「……えっ?」
豊満な巨乳に、得体の知れない胸騒ぎが込み上がる。
呂尚は心の中で悪魔の病笑を浮かべる。
(嘘に決まってんだろ、ブワァーカwww)
そう、誰もヘレンを太っているとは思っていない。男性陣とヴァリキエは女性の悩みに疎く、判らないことに口を挟まないだけ。
ルリアとルシラに至っては〝ふくよかな方が美しい〟という言葉が、ライバルを油断させる『慰め』と知っている。
同時に、こうも思っている————
チーム最年少のヘレンは、幼い顔立ちながら発育が良く、出るところは出て締まるところは締まり、若さ特有の弾けんばかりの『張り』がある。
極めつけは体毛が少ない。まつ毛は長い癖に、腕や足は薄い産毛しか生えておらず、毛を剃っている所も見たことが無い。
こちらは過酷な旅中でも苦労して見た目に気を遣っているのに、ヘレンと居るとそれすら霞んでしまう。何処へ行ってもヘレン目当ての男が声を掛け、その対応にもウンザリしている。と言うか正直、この美少女が憎い————少しくらい、余計な事を気にするが良い。
それらが醸し出す微妙な空気は、ヘレンに誤解を与えるに十分であった。
「まさか……ふくよかな女性は…………みにく、い……?」
常識がみるみる崩れていく。自分がとんでもない世間知らずに思えてくる。
こんな東方の僻地にさえある『世界共通の価値観』すら知らなかった。
「……!」
自分の胸を見下ろす————
自分の下半身も見えない、同じ歳頃の女の子達よりも大きく発育した、
とてもふくよかな
巨乳。「……っ!!」
握り締めた拳で隠すように押し潰す。それはヘレンが初めて年相応の悩みやコンプレックスを持った瞬間だった。
赤飯でも欲しいところ。
「姐さんも好き嫌いとか、なくなく無ーい?」
「私は酒に合えば上等だ。この辛い肉も大いに酒が進みそうだ……今は昼だから我慢するが」
ヴァリキエは慣れない箸で棒々鶏を持ち上げ、今夜の晩酌に思いを馳せる。
また呂尚が笑みを浮かべる。
(そう。コイツは酒のせいで舌が馬鹿になっている、だから何でも食う。飢饉になっても草を食って生き延びるタイプ……!)
「ぐっ……うぅ……」
トドメが入った。
「良いでしょう……勇者は、グリーンピースのスープを食べるものですわ」
この諺は『勇気ある者には健康と幸運が舞い降りる』という意味。
ヘレンは貴族らしい振る舞いで、バルクスの皿へ盛った棒々鶏を自分の皿へ戻していく。
「ヘレン————お前は太ってないと思うが」
「バルクスは黙っていてくださいませッ!!」
怒鳴られたバルクスの喉から、クゥーンという高い音が漏れる。
(ざまーみろ、犬めw お前が
ルリアが気を利かせ、助け舟を出した。レフェリーストップである。
「ふっふっふ~ん♪ あんむ」
満足そうに『
自分は気孔を使っていれば、いくら食べても体重は増えない————
その迷信を、呂尚は疑ってもいない。