魔女拷問

文字数 3,063文字






 リズムとハーモニーは、魂の最も深いところに至る道を持つ。

 プラトン




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 十一世紀末、シルクロード東端————宋国、長安という街の北にある森林地帯。


呂尚(リョショー)「痛ァアアアアイッ!!!! 痛くないって言ったのにィイイイイーーーッ!!!!」


 若い女がX型の板に(はりつけ)られ、腹部に短剣を突き刺されている。
 死に至る深さ、それが数箇所。


「 ウソづぎィ……!! ヘレンの嘘づぎィイイイイィーーーッ!!!!」


 拘束板は丸太のように太く、手足には頑丈な鎖まで巻き付けられている。
 頭に被せた革袋にはガスマスクよろしく太い(くだ)が取り付けられ、(いぶ)された薬物を強制的に吸わせる作り。誰がどう見ても、若い女を拷問している光景だ。

 女の歳は二十歳(ハタチ)、名は呂尚。
 音を表す〝呂〟に、輝きを表す〝晶〟で呂晶(ルージン)————であったが、中華全域で指名手配されてしまった為、ありふれた呂尚(リョショー)という名に改名した。


Valcs(バルクス)「何なんだコイツは……もう死んでもおかしくない量だぞ! うわっ……煙でこっちがやられそうだ、クソッ!」


 呂尚に短剣を突き刺す、毛深く、狼のような形相の男・バルクスは人より鼻が効くせいか、革袋から溢れる煙に涙を流している。
 おまけに呂尚が暴れるため一思いに刺すことが出来ない。その結果、更に悲惨な結果となる。


「殺゛し゛て゛や゛る゛う゛う゛う゛う゛ッ゛!!!! この拘束を解けェエエエエッ!! ごれが無げればっ!! お前なんがっ!! お前なんがァアアアアーーーッ!!!!」


 身体中の穴から血と体液を流し、もう失禁する水分も残っていない。前日から飯を抜くというアドバイスに従っていて良かった。


Valkyrie(ヴァリキエ)「おそらく、かなりの耐性があるのだろう。訓練時代にも一人、こうやって廃人になった同僚がいた」


 これは『ローマ帝国東方遠征チーム』が、仲間を迎える際に行う『契り』と呼んでいる儀式。
 元々〝こんな儀式楽勝だ〟と大見得を切っておきながら、いざ始まると180度意見を飜えしたのは呂尚である。
 その理由は痛みを忘れさせる『ある処置』が効かないせいもあるが。


「おい神父、空気を吸わせるな。ケツからも流し込め————もうどうなろうと知ったことか」


 チーム指揮官・ヴァリキエが言う〝空気〟とは〝阿片の煙以外〟という意味だ。


Manuel(マニュエル)「呂尚サーン。オ尻、失礼シマース」


 神父と呼ばれた、整えた髭をこさえる中年・マニュエルは、医療行為に従事するように躊躇(ためら)いも無く女の下半身を顕にする。


Helen(ヘレン)「なんてことですの……」


 その様子を物陰から覗く、金髪碧眼の魔法少女・ヘレン。自慢のツインテールと、それを縛る大きく尖ったアクセサリーがチャームポイントだ。
 大人社会で軽んじられないよう18歳と偽っているが本当の年齢は16歳。特に胸の発育具合は18歳以上のそれだが、可愛らしい容姿だけなら13、4にも見えてしまう。
 そんな少女には見るに耐えない現場である。


(主よ、卑しいヘレンをお許し下さいませ……)


 なのに、あの女が苦しんでいると思うと下腹部が熱くなる。ダメだと判っていても覗いてしまう。
 ヘレンが白く豊満な胸に十字を切る間にも凄惨な拷問は続く。


「早ぐぅぅぅ……早ぐ終わりにじでェェェ……謝るがらァァァ……だっておまっ゛……犬ッコロみだい、だかッ————ら゛ァアアアアッ!!!!」


 相手が何を言っても耳を貸してはならない。さっさと済ませることが最良なのだから。
 バルクスの深い一刺しは呂尚の為であり、誇りを傷付けられたからでは無い、おそらく。


(どうして……全然酔えない……以前なら天国にいたハズだったのに……)


 麻薬が効いているのは判る。なのにまるで、効いた側から中和されているかのような。


(地獄……? ここは地獄だ……コイツらは聖者を装う悪魔だ……!)

「————治った」


 バルクスは処置の完了を、ヴァリキエは絶望の言葉を口にする。


「よし……次は私だ。神父も準備しておけ」


 ローマチームの保有する肉体再生術、ユスティニアヌスの斑点————それは奇跡のような回復力の代わりに、失敗すれば厄災を引き起こす、謎多き力。
 その一方、判明している特性も幾つかある。

 一、対象が死に近いほど、死後の時間が長いほど失敗する。
 二、跳躍者(ジャンパー)には成功率が高い。
 三、浅い傷から慣らしておくと重症時の成功率が高まる。
 四、自分が傷付けた事のある相手には成功率が極めて高い。
 五、四肢断裂時、断裂先を確保しておけば癒合する。
 六、脳の損傷は回復しない。

 これらを網羅していれば心肺停止した死者すら蘇らせる。逆にクリアしていない死者への成功率はほぼ0%。
 つまり事前に仲間を切り刻んでおけば、以後に仲間が致命傷を受けても蘇らせることが出来るのだ。頭でも吹っ飛ばされない限り。


「オ゛ォ゛……お゛前゛ら゛……こ゛の゛苦゛し゛み゛……決゛し゛て゛忘゛れ゛ぬ゛…………い゛つ゛か゛……必゛ず゛…………復゛讐゛…………を゛……………っ!」


 魔王のような台詞を口にし、呂尚は崩れ落ちた。磔にされているので倒れることは出来ないが。


「やっと気を失ったか……今の隙に済ませるぞ。五月蝿(うるさ)くて敵わん」

「oh……! 復讐ハ何モ生ミマセーン!」


 黒魔術では無いと言うが、それは黒魔術そのもの。魔女裁判に掛けられれば火炙りに処される、イカれた集団であることに間違いは無い。

 そのイカれた集団の指揮官が、イタズラに微笑む。


「しかしバル。お前が

とは珍しいな?」

「フン……調子に乗っているから、懲らしめてやったんだ」


 バルクスは自分のナイフに————いや、

違和感を感じたが、それを払拭するようにナイフの血を拭き、革のホルスターにしまう。


(あの感触、どこかで……)




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 数日後の朝————ここは秦始皇帝陵、地下四階。
 井戸の底の化物、白霊(はくれい)が退治されるも、未だ発掘妨害を続ける子供達。


主と皇帝の御名において(フォーダキーン・フォーダラーン)ッ!! 皆様、その場を動かないで……いきますわよォッ!!」


 それらを退治すべく、ヘレンが地割れ(アースクエイク)を放った————ハズが。


「アイヤァァァーーーッ!!  救命阿(じゅうみんあ)ァァァーーーッ!!」


 駆け回っていた呂尚も巻き込まれてしまう。ひしゃげた地面の縁にしがみ付き、九死に一生を得る。


「そこの

様っ!? ワタクシは動くな(フリジェラーレ)と申したハズですわよ!!」

「だって、アンタッ!! メッチャこっち見て撃つから!!」


 『釣り』とは、敵を魔法射程内に誘導する偵察兵科。
 魔法発動時に悪魔のように輝くヘレンの左眼————それに見つめられ杖を振られたら、横にも躱したくなると言うものだ。


「〝フリジェラーレ〟は『凍る』じゃんっ!! アンタ、氷の魔法は真っ直ぐ飛ばすじゃん!!」

「今のは動くな(フリーズ)という意味ですのっ!! 氷雪のアルスは《クウラ・プルイーナ》!! どうすればそんな聞き間違えが出来ますの!?」

「面倒くせえェェェッ!! 中華来たんなら凍結(とうけつ)って言えやァァァッ!!」

「ですから……氷魔法じゃありませんのよォオオオオッ!!」


 文化の違いで口喧嘩をしていると、大地も呼応したように悲鳴を上げ出す。


「早く————ッ!! 地割れが閉じましてよ!?」

「閉じっ……!? うわわ!」


 呂尚が慌てて這い出ると、大地の応力が轟音を立てて戻る。戻ったのは応力だけで地面は滅茶苦茶になってしまったが。
 巻き込まれた数匹の化物達も岩に潰され、めでたく肉塊に変わっている。


「こっ……この人達、怖いよぉ……」
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