不謹慎なスキル
文字数 4,315文字
「んで、ほーひて姐はんあクレリックふぉ?」
改めて隊列の話に戻す。彼らは治療役に宗教的皮肉を込め、
「これは、我が家の
「ちょっと待って、聖騎士って何? て言うか、そもそも騎士って何?」
呂尚の哲学的質問にヘレンが答える。
「騎士とは帝国レギオスにて最強、最富裕————エリートですの」
「ふーん、騎兵って意味じゃないんだ」
「中でも神学を修めた著名な騎士が聖騎士ですわ。つまり、ローマで最も栄えある軍人ですわね」
騎士はプロ野球で言えば一軍選手、聖騎士はゴールデングラブ賞や首位打者賞と言ったところだ。
あくまで市民が酒の席で決める称号ではあるが、市民への『カリスマ性』とは政治家に然り、貴族には重要なパラメーターである。
「はーん……そいつはつまり、
最もスカした野郎
ってことだ?」呂尚は神や宗教が大嫌い。
呂尚にとって『聖』の読みとは『
「なんて斬新な御意見ですこと……ワタクシも脳をボロ雑巾のように絞れば、お姉様のように捻くれた発想が浮かぶのかしら?」
ヘレンが皮肉を述べると、栄えある聖騎士・ヴァリキエが補足する。
「最近の軍人は、人格者であることも求められるんだ。騎士は大抵神学を学んでいる。流行りのようなものだよ」
「そりゃあ、ミーハーな女からモテそうだ?」
「何故、ワタクシを見て仰るのかしら?」
「ああ、ごめん。ミーハーの化身と思ったらヘレンだった」
「ですから、聖騎士とはそういった俗世の身分ではありませんの————まあ、女性の憧れの的……と言うのは? その……否定は、致しませんが……」
ヘレンが恥じらいながら送る視線を、呂尚が遮る。
「つまり、姐さん
「そういう事だ。魔物に
熱視線を無碍にされたヘレンが、ムスリと割って入る。
「ええ、
無駄な説明を省いて下さって
助かりましたわ」これは『無駄に時間を浪費した』という皮肉語だ。
「
「いや、ある程度の素養————聖職に付いた事があるとか、深い繋がりが無ければ奇跡は起きない。どの程度かと聞かれると判らんが、それで飯が食える程度のスキルは必要だろうな」
「じゃあ、アタシは無理か……」
「神学校に通うなら口を利いてやろう。お前が何日耐えるか見物だ」
「冗談やめてよ……でも、超人の姐さんすら防御役だもんなぁ」
天井を仰ぐ呂尚に、ヴァリキエがイタズラに微笑む。
「おや……私と同じことが出来るんじゃ無かったのか?」
「姉さんは〝ズバッ〟ていくじゃん。アタシはなんか〝ボゴォ!〟みたいな」
「お前の
性同一障害を抱えるヴァリキエも根は闘士、強さの追求に興味がある。
暗殺に重きを置くバルクスと違い、理想像が近い呂尚の意見は今まで得られなかったもの。更に二人は『名家から勘当された』という共通点もあり、何かしらのシンパシーを感じ合っている。
(姐さん、ですって……? 猿の分際で、ヴァリキエ様をあだ名で呼ぶなど……何処にでもおりますのよね、こういう図々しい者が)
ヘレンにとっては、それが不愉快な理由らしい。
「この穢らわしい女と、食卓まで囲むことになるだなんて……まさに悪夢ですわ」
歯を剥き出し、『頭と顎を掻くポーズ』で威嚇する。
「むっ!」
呂尚も歯を剥き出し『胸の前で大きな二つの玉を掬い上げるポーズ』でやり返す。
ヴァリキエが二人をなだめる。
「ヘレンとルリアの魔法は、
そうだ、ワタクシは切り札なのだ————猿女め、少しは敬え。
ヘレンは棒々鶏を音を立てて飲み込みながら、心の中で罵倒する。
「ただ……ルリアはなんと言うか、芸術志向だからな」
マイペースな女性メンバー、ルリアが会話に加わる。
「アタシぃ~、魔法って性に合わないのよねぇ~♪ 嫌いな同僚、思い出すのぉ~♪」
「そう言うな。頼りにしている」
ルリアはルシラと同様、呂尚やヘレンよりも大人の雰囲気を漂わせる。その魔法は威力よりも『美しさ』に重きが置かれている。
「ルリっち、音術してる時のが楽しそうだもんね」
「あたしぃはぁ、メネストレルよぉ~ん♪ どっちかっていうとぉ、そっちが本職ねぇ~♫」
メネストレルとは、宮廷に仕えるプロの音楽家のことだ。
「投擲と兵站か……ルリっち、めちゃくちゃ重要じゃん!」
ルリアはアイドルのように、目元にピースサインをキメる。
「任せてぇ~ん♬」
のほほんとした性格と対象的に出身も曖昧、謎に包まれたルリアだが、ヘレンと同じく大陸で数人しか扱えぬであろう伝説級魔法を操り、ハープ術ではルシラの師を務めるなど、その能力は底が知れない。
『音術も魔法も根っこが同じ理屈だから』と本人は言うが、その理屈をどこで学んだかも謎だ。
「それでいくと、
一報、木製のマイ
「————っ!」
初めは〝気持ち悪い〟と思いながら、いつしかやめられなくなった鯉の
ヴァリキエが呂尚の意見を拾う。
「何故そう思う?」
「一見万能だけど、後衛の
ヴァリキエ隊では各々、なるべく『二つ以上のアルス』でチームに貢献する風潮がある。
ヴァリキエは
マニュエルは
バルクスは
ルリアは
ルシラは吟遊詩人、メイド
呂尚は釣り、
大まかにこのような役割となっている。精鋭七人旅団は皆優秀だけに大忙しだ。
「有事に代わりにならない死にスキル。ソイツは仲間の為じゃ無く、自分の為を想定してる。仲間をあんまり信用してない————もしいればだけど?」
ヘレンの表情に怒りが混じる。
(この釣り専めェ……言うに事欠いて、ぬけぬけとですわ!)
クレリックスキル『ユスティニアヌスの斑点』は、ヴァリキエとマニュエルの夥しい実験により解明されつつあるが、未だに謎多き黒に近い白魔術。
自分には
ほぼ
100%成功するのに、他者にはほぼ
成功しない。この『ほぼ』という点がタチが悪い。
〝死に征く大切な者へ施すべきか?〟という葛藤に苦しみ、勇気を振り絞る度に厄災を起こし、変わり果てた愛する者に涙しながらその脳を破壊する。
それでも力を持つ限り最後の希望は消えず、幾度も同じことを繰り返し————やがては神に絶望する。
いつしか最後の希望は自分を壊す呪いへ変わる。保有者の彼らは古代からその葛藤を乗り越えてきた。
「確かに……そう言われれば、そうだな」
(ヴァリキエ様!? この女は、適当を申しておりますのよ!?)
ヘレンが『二つ目のアルス』を模索している事はチームも知っている。しかし、それが何のスキルであるかは『ひ・み・つ』とされている。
「Oh......ユスティニアヌスハ、私利私欲デ使ッテハナリマセーン」
『
(マズイ……この流れは、マズイですわ……)
一方『
そんな立場にも関わらず、自分には100%成功するユスティニアヌスを、
自分が傷付いた時に備えて
修得する『WIZクレ』『仲間を信用していない』という指摘は正しく見える。
(弁明しなければ……! このままではWIZクレの心象がどんどん悪く————でも)
弁明すれば、秘密にしている『
「そんなことはぁ~、無いと思うよぉ~?」
(ルリア様っ!)
ヘレンの顔が明るくなる。
「魔力があればぁ、祈りも強くなるしぃ~♪ 他者への成功率もぉ、高いんじゃないかなぁ~?」
ルリアはヘレンと違い、WIZ
バド
と確定している。よってWIZクレ
を擁護しても不謹慎にはあたらない。「それにほらぁ~♪ ヴァリちん達だってぇ、やられちゃう事もぉ、あるかもしれないじゃなぁ~い?」
「そうか……やはり私では、信用に足らないか」
(ヴァリキエ様!?)
ルリアの擁護が、意図せずヴァリキエを傷付けた。
「ごめん~、そういうワケじゃあ……」
「構わない、自業自得の至すところさ」
(んもうっ! このヴァリキエめっ! 騎士の癖に女々しい女ですのねっ!)
ヘレンが静かに一喜一憂する中、呂尚が追い打ちを掛ける。
「ルリっちは成功率が上がるって言うけどさ————それ、
確証無いよね
?」「えっ? えっとぉ~……う、うん……」
ルリアの生返事に、呂尚は邪悪な笑みを浮かべる。
(いいや、ルリっちには確証がある……)
ルリアは何でも知っている、もちろん確証はある。ルリアが〝ヘレンが使えば成功率が上がる〟と言うなら、上がるのだ。
同時にルリアは、徹底的なまでの『秘密主義者』
(〝確証がある〟なんて言えば、その根拠を聞かれる……ユスティニアヌスにまで精通していれば、いよいよ出自への言及も避けられない。アタシも今、気になってしょうがない……)
現在の世界人口は二億人程度である。
ユーラシア大陸————つまり世界で数人しか扱えない『ユスティニアヌス』『魔法』『音術』の三大魔法とは、それぞれ数千万人に一人しか扱えない計算になる。
(両手の頭脳線と感情線が繋がってる御父が自慢してた……〝これは片手だと一万人に一人、両手では十万人に一人なんだぞ〟って)
扱う本人にとっても未知である、
三大魔法全て
に精通している者————その確率は単純計算で『二億人に一人』を容易にオーバーする。(つまり、ルリっちは
世界に存在するハズの無い人間
てコトになる……)そもそも『大陸に数人』という称号も、特に確証がある訳では無い。
どこかに、こういった特異能力を持つのが当たり前で、村人みんな能力者。そんな
(そんな奴らがいれば、逆にそっちのが気になるけど……)
けれど今は、ルリアよりも言及すべき者がいる。
「そう言えばさ————ヘレンて
魔法の他に何が出来るの
? 天幕?」