第4話 魔寄せの娘、魔王と遭遇する

文字数 3,182文字

「魔寄せの娘よ、俺とともに来い」

 男が、ソフィアに手を差し伸べている。

「ソフィア、逃げろ! そいつはお前を狙っている!」

 フィロが男に向かって剣を構えながら、ソフィアをかばうように立ちふさがった。
 フィロが率いていたパーティーのメンバーも、散り散りになってパニック状態で脇目も振らずに逃げ惑う。
 ソフィアは戸惑っていた。
 なぜなら――目の前にいるその男が、伝説に謳われた『魔王』であり、現れた目的が自分であるというのだから。

 ――この場面に至った経緯を説明せねばなるまい。
 冒険者ギルドで知り合ったフィロという男にパーティーの仲間に加えてもらったソフィア。

「魔寄せの力で弱い魔物を惹き寄せてパーティーメンバーに戦闘の経験を積ませてほしい」

 フィロにそう頼まれたソフィアは快諾して、パーティーの面々とクエストに出掛けたのである。
 ソフィアは目を閉じ指を組んで、自らのへそのあたりに力が集まるイメージで気を集中させる。
 小さい頃には無意識のうちに惹きつけてしまい、モンスターが群がってきていたが、このときには既にある程度のコントロールができるようになっていた。
 やがて、弱い魔物が草むらから出てきて、それをパーティーメンバーが攻撃し、戦闘訓練を開始する。
 しかし、フィロがあることに気づいた。

「おや、アレはツボミミックじゃないか?」

 彼が指差す先には、どう見ても普通の壺が置いてあるが、その壺のフタが開くと鋭い牙がずらりと並んでいる。

「ツボミミックは弱いわりにレアなモンスターだ。壺の中に光り物……つまり貴重品を蓄える習性がある」

 それを聞いて、パーティーの面々は目を輝かせ、逃げるツボミミックを追いかける。
 ツボミミック自体はそこまで強くはなく、壺を割るとすぐに黒い煙を残して消えてしまった。そして、黒いモヤが晴れると金貨が入っていたようだ。見たところ、五百枚ほどはある。

「おお、こりゃ大儲けだ!」

「ソフィア、お手柄だよ! 魔寄せの力ってすごいな!」

 パーティーの仲間たちから称賛され、ソフィアは嬉しさでほんのり顔が赤くなる。自分の力のことで褒められることなど滅多になかったからだ。

「なあ、あのツボミミックをまた呼び寄せることは出来るか?」

「特定のモンスターだけを呼び出せるかは分からないけど、やってみます」

 ソフィアは目を閉じて、再び集中する。ツボミミックのイメージを思い浮かべて力を込めてみた。
 しかし、予想外のことが起きてしまった。褒められて嬉しくなってしまったソフィアは気分が高揚しており、そのせいで力の制御が多少うまくいかなくなってしまっていたのだ。

「お、おい、なんか鳴き声が聞こえてこないか?」

 パーティーメンバーは動揺した。それはどう考えても獰猛なモンスターの咆哮で……。
 ズシン、ズシンと地を揺らす音が轟いて、森の中から『それ』が顔を出す。
 ――『それ』は巨大なドラゴンであった。

「う、うわぁぁぁぁっ!?

 パーティーの初心者冒険者が肝をつぶして絶叫した。ソフィアも予想外の事態に困惑していた。

(魔寄せの力でドラゴンを惹き寄せた!? 今までこんなことなかったのに!)

 突然の大物モンスターの登場に、パーティーメンバーはパニック状態だった。
 ドラゴンはじろりと地上の人間たちを睨み、その眼にソフィアを映す。
 ソフィアは思わずたじろいだ。

(さすがにドラゴンは……戦って勝てるのか……!?

 しかし、またもや予想外のことが起こった。ドラゴンはソフィアを襲うことはなく、むしろ甘えるようにソフィアに頭を擦り付けてくるのだ。
 ソフィアはわけがわからなかった。

(なに……? 人に馴れてるドラゴンなの……?)

 そう思いながらソフィアが視線を上げると、ふとドラゴンの背中に誰か……男が乗っていることに気づいた。
 その男はサラサラの長い黒髪に美しい容貌をしており、ソフィアを見てその紅い目が弧を描いた。
 黒を基調とした鎧姿に深紅のマントという出で立ちは、歴戦の冒険者に見える。

(そういえば、ドラゴンを飼いならして乗りこなす、『ドラゴンライダー』っていう珍しい職業があるって聞いたことある。そういう人なのかな? 王都には色んな人がいるんだなあ)

 ソフィアはドラゴンの背中に乗った男に話しかける。

「こんにちは! あなたもクエスト中ですか?」

「いいや。お前を迎えに来た」

「え?」

 キョトンとするソフィアと対照的に、フィロの顔色がサッと変わる。

「ソフィア、僕の後ろに下がって!」

 フィロは男に向かって剣を構えた。
 そして、パーティーメンバーに向かってこう叫ぶ。

「逃げろ! コイツは魔王ナハトだ!」

「な……ナハトだって!?

 パーティーの仲間たちがどよめいた。
 魔王ナハト。『夜の支配者』という異名を持っている。その存在はあらゆる神話、伝説、歴史書に悪行が残されている。
 母親が子供をしつけるとき、「言うことを聞かない悪い子は、ナハトにさらわれるよ!」と叱るだけで子供が大人しくなるほど、恐れられている存在だ。ソフィアも散々、母にナハトの名を出されて叱られたものだ。

(こんなに美しい男の人があの恐ろしい魔王……? いや、それより、私を迎えに来たってどういうこと……!?

 ソフィアの頭の中が疑問符で埋め尽くされる。フィロは冷や汗を流しながら、魔王と思われる男と対峙する。男は口の端をつり上げて、不敵な笑みを浮かべる。

「ほう、よく俺が魔王だと分かったな。そうとも、俺はナハト、魔王ナハトだ。『魔寄せの娘』を迎えに来た。娘よ、俺とともに来るがいい」

 ナハトはソフィアに手を差し伸べている。
 フィロはソフィアをかばうように背後に隠し、剣を構えたままナハトの前に立ちふさがった。
 パーティーメンバーは既に全員パニックになって散り散りに逃げてしまっている。

 ――そして、冒頭のシーンに戻るのである。

「勇敢な剣士だな。だが、俺には勝てない」

 ナハトが人差し指をフィロに向けると、指先から黒い炎の球が発生し、フィロをめがけて飛んでいく。
 フィロの鎧に火球が当たった瞬間、真っ黒な火柱が上がって、ソフィアは思わず目をつぶった。
 フィロの叫び声が辺りに響く。
 ソフィアが恐る恐る目を開けると、フィロは煙を上げて、ぐったりと地に伏していた。

「そ……そんな……」

「これで邪魔者は消えたな。さあ、『魔寄せの娘』よ、俺とともに――」

 ナハトがフワッと浮くように地面に降り、手を差し伸べる。
 ソフィアは、その手を払いのけた。キッと真正面から魔王を睨みつける。

「ふざけるな! 私はお前が大嫌いなんだ!」

「なぜ」

「この世界のモンスターはお前が創り出したものなんだろう!? お前の生み出したモンスターのせいで私は村を追われて、私が出ていくまで両親も村八分にされていたんだ! そのうえ、フィロさんをこんな目にあわせるなんて! 私はお前を絶対に許さない!」

 自分を拒絶して戦闘態勢に入るソフィアを、ナハトはしげしげと眺める。

「俺に従わず、また俺を恐れない……ますます興味深いな、お前は。無理やりさらってもいいが、今回のアプローチはこのくらいにしておこうか。今日は顔合わせに来ただけだからな。また会おう、『魔寄せの娘』よ」

 ナハトはクスッと笑うと、またふわりとドラゴンに浮くように飛び乗り、そのまま飛び去っていった。
 その光景に見覚えがある、と思ったソフィアだったが、今はそれどころではなかった。

「フィロさん! 大丈夫ですか、フィロさん!? しっかりしてください!」

 フィロは全身に大火傷を負っている。息はあるようだが、瀕死の状態だ。回復術師はパーティーにいたのだが、魔王に怯えて逃げ去り、既にここにはいない。
 ソフィアは鎧姿のフィロに肩を貸して、かなりの重量の彼をなんとか引きずりながら王都に戻ったのだった。

〈続く〉
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