第11話 魔寄せの娘、魔寄せの力について調べる

文字数 4,660文字

 ――結局のところ、魔寄せの娘が持つ『魔寄せの力』とは、いったい何なのか?
 何が原因で発生し、どうすれば治療できるのか?
 いや、そもそも治療が可能な代物なのだろうか?
 己の持つ力に苦しめられてきたソフィアと、その力に魅了され、骨抜きになった魔王ナハト。
 ふたりはその正体に迫り、真相を突き止め、そして解決策を導き出すことになる。
 ……しかし、それがソフィアにとって納得の行くものになるかどうかは、また別の問題である。

(この魔国に来て、どのくらい経ったのだろう……)

 陽の光の代わりに月の光が差し込む魔城の自室で、ソフィアは天蓋付きベッドに仰向けに寝ながら、ぼんやりと考える。
 魔国に来てから色々あったが、ソフィアの体感ではまだ一ヶ月も経っていないと思う。少なくとも半年や一年ではないはずだ。魔国の時間の流れが王国と一緒なら。一度その考えに至ると色々と怖いのだが、とりあえず自分の感覚を信じたい。

 さて、この魔城に軟禁される生活を送るのもいい加減飽きてきたところだ。ソフィアはベッドから身を起こし、身支度を済ませた。
 そもそも魔国マーガに来た狙いは、「王国にはびこる魔物たちを魔国に呼び戻す」といったものだったが、ソフィアにはもうひとつ、大事な目的がある。
 ナハトの執務室に向かうと、彼は既に書類に判を捺す仕事の真っ最中だった。

「ナハト、少しいいか?」

「お前から俺に声をかけてくるのは珍しいな」

 ナハトは書類から視線を上げ、真っ直ぐにソフィアを捉えた。

「何かあったか、ソフィア?」

「折り入って頼みというか……ちょっと手伝ってほしいことがある」

「お前が、俺に?」

「いや、忙しいなら別にいいけど……」

 ナハトの手が空いていなければ、適当にその辺の魔族を捕まえてもできそうなお願いごとではあった。
 しかし、ナハトは仕事よりもソフィアの願い事を叶えるつもりらしく、書類を机に置くとガタッと席を立つ。

「お前より優先する仕事などあるものか。ひたすらに判を捺すのも飽きたしな。それで、俺に手伝ってほしいこととはなんだ?」

「えっと……私の『魔寄せの力』について知りたいんだ。おそらく王国よりは魔国のほうがそういうの、詳しいと思うんだけど」

 王都では結局、魔寄せの力について研究している施設にはたどり着けなかった。
 しかし、餅は餅屋、魔のことならおそらくは魔国のほうが適任のはずだ。
 自分の『魔寄せの力』について調べるならば、魔城の主たるナハトがなにか知っているのではないか、知らないまでも調べやすいのでは、と思い、こうして相談してみたというわけである。

「そういうことなら、俺も一緒に調べよう。俺も気になっていたことではあるしな」

 ナハトの快諾を受け、ふたりで向かったのは魔城の図書室。ここには魔国のあらゆる本が所蔵されているそうだ。
 レンガで出来た床に、木製の本棚がずらりと並んでいて、なかなかの壮観である。古い紙の匂いが、図書室の扉を開けた瞬間から漂っている。

「関連書籍を探してみるから、少し待っていろ」

 ナハトにそう言われ、近くのテーブルに座って大人しく待つ。
 魔王は、図書室の番人たる司書らしき魔族に話しかけ、司書はなにやら紙に文字を書いている。どうやら、関連のありそうな本のリストを作ってくれているらしい。
 ブックリストを渡されたナハトは、今度は本棚の森に足を踏み入れ、リストに載っている本を集め始めた。戻ってきたときには、彼の周りにふわふわと本が何冊も浮かんでいた。魔力で本を抜き出して持ってきてくれたのだろう。それらを一冊ずつ、テーブルに積み上げていく。ざっと見たところ、十冊ほどはあるだろうか。

「これだけの本があるところでも十冊か……」

「まあ、魔寄せの力自体があまり例の多い代物でもなさそうだからな」

 ソフィアのぼやきに、ナハトは肩をすくめる。
 とりあえず読むだけ読んでみるか、とソフィアが本を手に取ると、さらにある問題が浮上した。本の表紙に書かれた題名が、読めないのである。嫌な予感がしつつ書物を開いても、やはり見慣れない文字が並んでいる。

「なんだこれは」

「ん? ああ、そうか。お前はマーガ語が読めないんだな」

 当たり前である。ソフィアがこの国に来て、まだ一ヶ月。それまで魔国語の勉強などしていない。魔族特有の言語など知るはずがないのだ。

「よ、読めない……」

 ソフィアは途方に暮れてしまった。魔寄せの力について調べる以前の、由々しき事態である。

「どれ、見せてみろ」

 ナハトが魔国語を読むため、ソフィアの手に持っている本を覗き込む。ナハトの髪がソフィアの頬に触れる。

(近い……)

 ソフィアは、魔王の接近にわけもなく緊張していた。自分がなぜドキドキしているのか、よくわからなかった。ナハトの髪からふわりとほのかに香る石鹸の匂いが、思考を鈍らせる。

「ふむ……どうもこの本はハズレだな。これは『魔寄せの札』の作成方法について書かれている本のようだ」

 ナハトはつまらなそうに本から顔を離す。石鹸の匂いが遠のいたのが残念に思えるのが、ソフィアには不思議だった。

「そ、それにしても、ナハトは魔国語の他にも語学ができるんだな。ほら、人間の言葉で私宛に手紙を書いていただろう?」

 ソフィアは自分が魔王にドキドキしたことから目を背けたくて、必死に話題を逸らそうとする。

「ああ、魔国ではニンゲンの言葉も学ぶことになっているんだ。敵国の言語も知っておいたほうが、なにかと攻略に役立つとかなんとか。俺としては、ニンゲンと仲良くなるために使いたいがな。それに、そのおかげで、お前と文通できた」

 ふわりと優しい微笑みを浮かべるナハトに、ソフィアの胸がチクリと痛む。

 あのときは、文通などと呼べるものではない。魔王を誘い出して、罠にかけ、人間たちで結託して袋叩きにするために手紙を書いたのだから。しかも、ソフィアの方から出したのは、その一通だけだ。

「……ごめん」

「気を落とすな、まだ本はある。どれかには魔寄せの力について記述があればいいんだが」

 ソフィアが何のことについて謝ったのか、ナハトは追及しなかった。それがありがたくもあり、申し訳なくもある。
 その後も図書室にこもり、ナハトの協力もあって色々と本を読んでみたが、特に有力な手がかりになりそうな『魔寄せの力』に関する記述のある書籍はなかなか見つからなかった。

「うーん、ダメか……」

 ソフィアは大きく伸びをしながらため息をつく。
 魔国の書籍を網羅した魔城の図書室でも見つからないとなると、この力の解決法は絶望的と言ってもいいだろう。

「いや、根本的な治療法ではないが、手がかりはゼロではなさそうだぞ」

 諦めかけていたソフィアに、ナハトが最後の一冊を手に取った。
 それは、やはり題名は読めないのだが、どうも子供向けの本のように感じられる。

「それは……絵本、か?」

「ああ。我ら魔族が幼いときに読み聞かされる、とある伝承についての児童書だ」

 ナハトがその絵本を開き、内容を読み上げる。
 その絵本の伝承によると、魔物を惹き寄せる魅力を持った人間の娘が、魔族と人間の長きにわたる対立を終結させ、異種族同士が手を取り合う鍵になるという。

「……まるで、未来のことを記した予言書のようだな」

「俺も子供の頃に読まされた話だから、記憶が曖昧だったが……やはり俺たちは結ばれる運命なのだ」

「……もしかして、ナハトが自分で描いた絵本なんじゃないのか?」

「疑り深いな」

 ナハトは満足そうだが、ソフィアは腑に落ちなかった。
 しかも、魔寄せの力自体が予言されていることはわかったが、何の解決法にもならないのである。わかるのは、魔族と人間の間をソフィアが取り持たなければいけないらしいことだけだ。

 結局、図書館に半日こもった結果、魔寄せの力の根本的な治療法が見つからなかったソフィアとナハトは、一緒に医務室へ向かってみた。
 医務室の主だったアスクはナハトに黒焦げにされて殺されたため、現在はケロンという医者が代わりに医務室に常駐していた。ケロンはアマガエルのような頭に白衣を来た、緑色の肌が特徴的な男だった。

「ケロンは魔王派、つまりは俺の味方だ。今回は安心してコイツに任せるといい」

 ナハトのお墨付きをもらっているケロンは、ソフィアにいくつか質問と診察をして、見解を述べた。

「ふむ……どうやら、この魔寄せの力……でしたかな? 一種のフェロモンのようなものですな」

「ふぇろもん?」

 聞き慣れない言葉に、ソフィアは首を傾げる。

「簡単に言うと、魔物や魔族など魔の血を持つものを魅了する、特殊な匂いが身体から発せられています。魔族を惹き付ける体臭が原因ですな」

「つまり、その体臭をなんとかしないと、『魔寄せの力』の治療法も解決策も望めない、と……」

「そういうことです」

 ケロンの話を聞いて、ソフィアは途方に暮れてしまった。

「体臭なんて、どうしたらいいんだ……」

 香水や消臭剤を使っても、一時的な効果しかあるまい。根本的な解決法にはならないのだ。

「俺としては、ソフィアにはずっとそのいい匂いをさせていてほしいのだが……」

「やかましい」

 ソフィアの身体から出ているフェロモンが悪臭というわけではないようだが、それでも魔族を惹き寄せるのは嫌だ。ソフィアはジトッとした目でナハトを睨みつけた。

「そうですな……。食事療法で様子を見るのはいかがでしょう?」

「食事療法?」

 ケロンの言葉に、ソフィアは怪訝な表情を浮かべた。

「体臭というのは、食べたものによって変化するものです。肉を食べれば、それだけ体臭が強くなる、といったように。まずは食事の内容を変えることで、ある程度の体臭はコントロールできる可能性があります」

 それがケロンの見解だった。

「食事療法か、試してみる価値はありそうだ。早速、料理長のニスロクに頼んでみよう」

 ナハトはソフィアを伴って、またあの厨房に向かった。料理長に簡単なあらましを説明する。

「――というわけなんですが、ニスロクさんでも流石にそんな食事は用意できないですよね」

「いえ、可能ですけど」

「えっ、できるの!?

 驚愕するソフィアに、ニスロクはいつも通り、不機嫌そうな仏頂面で答える。

「私は魔国でも有数の料理研究家。食事療法などいくらでも依頼が来ます。あなたの『魔寄せの力』の源である匂いの成分さえ分かれば、それに対応した料理を作ってみせましょう」

 ニスロクは相変わらず傲岸不遜な態度であったが、その実力は本物だ。

「匂いの成分に関しては、ケロンが詳しく検査をすれば特定は可能なはずだ。すぐに検査の手配をしよう」

 ナハトもソフィアのために、協力の姿勢を示す。

「ニスロクさん、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げるソフィアに、ニスロクはフンと鼻を鳴らす。

「お礼など不要ですよ。こっちは頼まれた料理を作るだけなので」

 ニスロクはそっけない態度だが、ソフィアに手を貸してくれることには変わりない。
 ところで、吉報に喜ぶソフィアであったが、ふとあることに気づいた。

「つまり、ずっと魔城に住んでいないと食事療法を続けられないのでは……?」

 王都でも食事療法自体はできるかもしれないが、ソフィアの発しているフェロモンの成分を調べるのは、人間では難しいかもしれない。
 しかし、ナハトは「お前は魔寄せの力をなんとかしたいと言っていたから、望みは叶うだろう?」と答えるのみである。やはり腑に落ちないソフィアであった。

〈続く〉
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