第1話 ベンチウォーマーはハイスペック
文字数 5,714文字
昼休み。学校の花壇農園の水やりをしていた美咲の元に透がやってきた。
「ん?見事なトウモロコシだな」
「そうでしょう。もうすぐ収穫だからお楽しみに。で、今日は何ですか」
「ああ。いつも悪いな相談に乗ってもらって……」
サッカー部のコーチに就任した美咲に、主将の透はそんな彼女にだけ話したい事が結構あった。
「実はメンバーの事なんだ。ずっと怪我をして休養していた二年の邦衛は精密検査の結果、激しいスポーツは無理と診断されたんだ」
「やっぱり」
サッカーが好きなのに身体が弱い彼の悪い結果だったが、想定していた美咲はこれの話の続きを聞いた。
「ああ。本人は這ってでも出ると言っているが、家族が反対しているそうだ。そこで百田監督は、選手を見つけて来いというのだよ」
「今の控えは?二年のジョニーと富雄は?」
「その二人なんだか、あ?」
この時、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
「全く。時間は待ってくれないものだな。今夜、二人を連れて美咲の家に行っていいだろうか?いつもお邪魔して申し訳ないが、翼先輩にも聞いてほしいんだ」
「わかりました。今日は私もまっすぐ家に帰る日なので、お待ちしてます」
そんな二人は話しをしながら玄関まで歩いた。
「ところで。今週末、お前達一年生は登山キャンプに行くんだろう」
「そうです。山に一泊で、当日の夕食と翌日の朝食を自炊するんですよね。結構山登りがハードみたいだけど」
一年恒例の行事であったがなぜか透は半笑いだった。
「ああ。俺の時は雨が降って登山道が泥でぬかるんだんだ。その道で和希が尻もちをついて転んだのを陽司がバカにしたせいで、怒った和希が泥を飛ばしてな。それがロミオに当たって。泥だらけになったロミオは嬉しくなって、俺達サッカー部員を泥だらけにしてしまったんだ」
この長い説明を美咲はうんうんと聞いていた。
「『泥だらけのロミオ事件』の真相はそういう事なんですか。その後、泥はどうやって落としたの?」
「頂上の山小屋にはそういう設備は無いので、俺達だけ山を少し下山した所にある避難小屋の温泉に入ったんだ。あの時、引率をしてくれた百田先生も泥だらけにしてしまって怒っていたな……フフフ」
透は思い出しながら笑い出していた。
「あれ?そういえば兄貴も山登りで温泉に入ったっていってたけど」
「恥ずかしい話しだか。頂上で問題を起こしてサッカー部員だけ下山するのは翼先輩の時からの伝統らしいぞ」
透はクリスの時は五郎が財布を落としたので下山。昨年の晴彦と優作は、怪我をした天然記念物のライチョウを避難小屋まで運ぶ理由で下山だと話した。
仲良く歩く二人はほほえみながら話をしていた。
「ウフフ……あの二人らしい」
「まあ、俺としても今年のお前達にはぜひ頂上で過ごして欲しいが、たぶん無理だろうな」
「え?どうしてそんな意地悪言うのの、透さん」
すると透は眉を上げて美咲を見つめた。
「だって。尚人達がいるんだぞ?いくら美咲が付いていても事件を起こさないわけないじゃないか?」
「ひどいよ透さん!私は楽しみにしているのに」
「済まない。フフフ、美咲。ごめん……そんなに怒るなフフフ」
「笑うなんて!」
膨れる美咲をまあまあ、と透は肩を叩いた。
「ハハハ。わかった。祈ってる!だから、もう教室に行け」
美咲はそんな透に背を推されて教室へ向かった。
その夜。久しぶりにジョニーと富雄が真田家にやってきた。
「うわ久しぶり。ええ、翼かよ?そんなにデカかったけ?」
「ジョニーこそ。声、そんなに低かったっけ?それに富雄。顔色悪いぞ、お前飯食ってんのか」
「ああ。詳しくはこれから話すよ」
そして透も交えて、夕食になった。
「実は、邦衛の代わりに控えの選手のジョニーと富雄に試合に出て欲しいのだが、二人はやはり多忙なんだ」
すると翼が箸を止めた。
「多忙か確か。ジョニーの家は政治家だもんな。お父さんの選挙とかか?」
「そう。俺に地盤を継げってうるさくてさ。親父の代わりに地域活動に出ているんだよ」
「お前、まだ高校二年だろう?親父の代わりが務まるのかよ」
「違うよ!将来を考えると今からボランティアをして俺の顔を売っておけっ言うんだ」
「これはもうボランティアでは無い気がするな。じゃあ、富雄は?」
「俺の家は医者だろう。てっきり頭の良い兄貴が継ぐかと思ったら、IT関連の会社を起業しちまって。継がないって言い出したんだよ」
そう言う富雄は美咲の作ったけんちん汁中のニンジンを何気に翼の腕に入れており、美咲だけが気がついたが翼はニンジンが好きなので黙ってみていた。
「そうか……でも、その兄貴はちょっと頭が良すぎたんだな。そうか。だから富雄がものすごく勉強しないといけないのか。なるほど」
そのニンジンを旨そうに食べる兄を美咲はじっと見ていた。
「でもな、翼。俺達はサッカーが好きなんだ。毎日の練習は出られないけれど、俺達がメンバー登録をしないと出場もできないし。せめて時間のある時は練習に行きたいんだ。なあジョニー」
「ああ。しかし。今のチームは本気で全国大会優勝できるレベルだろう。それに美咲も加わったんだから俺達も出来るだけの事をしたいんだ」
こんな熱い思いの二人を前に翼は箸を振るいながら話を続けた。
「そうか。二人の気持ちはよくわかった。でも当日必ず試合に出られる奴がいないとまずい。棄権になる可能性だってあるもんな」
「陸上部とか、バスケ部とかからスカウトするわけにはいかないかな」
ジョニーの意見に透は眉間にしわを寄せた。
「それは最後の手段だな。まずは新メンバーを探すのが道理だろう」
「あのね、みんな」
「いや?美咲。お代わりはもういいよ」
「そうじゃなくて、メンバー」
「だからもう麺は要らないって……メンバー?」
ここで一同は美咲を一斉に見た。
「……心当たりがあるんだけど。彼には少し問題があってサッカーが出来ずにいるのよ」
「美咲!お前、兄貴に隠し事をするなんて……。俺はお前をそんな女の子に育てた覚えはないぞー?」
「落ち着いて下さい?翼先輩!それに先輩は兄なんだから、育ててはいないじゃないですか」
「良く考えてよ透さん。育てていなんだから。翼の言っていることは合ってますよ」
「うーん俺はそれよりも美咲が翼を育てていると思うけど」
「なんだと富雄?そこに直れ!」
「おい。ジョニー!翼先輩を取り押さえろ!富雄は足を押さえろ」
こんな興奮している兄に美咲はそっと言った。
「あのね。私、秘密にしていたわけじゃないよ。誰も私に聞かなかったじゃない。あのね。私、明日彼に相談しに行ってくるよ」
「だから一体誰なんだよ。そいつは」
しかし彼女は頑なに首を横に振った。
「……名前を出すと向こうに迷惑が掛かるかもしれないから。まだ言えない」
「ほら?やっぱり隠しているじゃないか!美咲、頼むからはっきり言ってくれ。これじゃ俺は夜も眠れないぞ!」
「じゃあ一晩じゅう起きて大学の課題を終らせてよ」
「うわああ!反論できない?」
騒がしい兄貴をほおっておいて、美咲はまともなメンバーに向かった。
「透さん、これは私に任せてください。それに二人も付き合ってくれないかな。私一人よりもその方が良いと思うんだ」
明日は午前中で学校が終わるので、彼らは美咲と約束をしたのだった。
お昼で終った学校。
目的前に美咲とジョニーと富雄はランチをしながらファミレスで打ち合わせをした。
「あのね。私が誘うとしているのは本郷倉之助なの」
「倉之助か!?確かにあいつは中等部で一緒にサッカーしていたけど。学校を辞めたんじゃなかったのか」
「ううん。休学しているのよ。お家の事情で」
すると富雄がハンバーグにナイフをすっと挿した。
「うちの事情って。失礼かもしれないけど経済的な事かい」
「……倉之助の家はコンビニを経営しているんだけど、高校に入学した時にお父さんが倒れてしまって、倉之助は代わりにコンビニの店長をしているのよ」
俯く美咲に二人は驚きながらも食べていた。
「……あいつまだ高校生だろう?もう働いているのか」
「そうなの。倉之助は少しの間だけ学校を休む予定だったんだけど。なかなか思う様にいかないみたいで。最初は私が逢いに行ったら嬉しそうにしてくれていたんだけど。ここ半年くらいは行っても話しもしてくれないんだ」
「そうだったのか。俺は全然そんな事知らなかったよ」
うんとうなづく美咲は元気がなかったので二人は何とかしてあげたくなった。
「倉之助はね、前はお父さんが元気になってバイトがみつかったら学校に戻るって言ってたんだけど。最近は考えが違うみたいなの。でもね、私達と一緒にサッカーをしたいはずなんだ……」
「なるほど。俺も富雄も最近忙しくて連絡取って無かったけど。昔は一緒にサッカーをした仲間だからさ。これはいきなりサッカー部の話しよりも、まずは挨拶をしてみるかな」
政治家志望のジョニーに、美咲は微笑んだ。こうして彼らはコンビニに行った。
「いらっしゃいませ」
「ほら。あれは倉之助だよ。ね、こんにちは倉之助!」
「お。美咲か?久しぶりだね。学校の帰りか?」
「うん。今日はジョニーと富雄と近くまできたものだから」
「よ!倉之助」
「うわ?……ジョニーなんだその低い声は。そして富雄?お前めっちゃ顔色悪いぞ」
「アハハハ。翼と同じ事言ってるし」
笑顔の倉之助であったが、店内にお客さんがやってきた。
「あ。お客さんだ。すまん。いらっしゃいませ!」
迷惑と思った彼らはコンビニのイートインコーナーでコーヒーを買って座った。倉之助は忙しそうだった。
「なあ。ここもバイト募集中ってあるな。最近はどこも人出不足なんだってな」
「ああ。うちの病院も看護師不足でさ。親父もいつもぼやいているよ」
「あ、倉之助のお母さんだ。こんにちは!」
コンビニの制服を着た倉之助の母は、息子の友人達にアイスを御馳走してくれた。
「ありがとうね。逢いに来てくれるのは美咲ちゃんだけなのよ。本当はあの子も学校に戻りたいと思っているんだろうけど」
すると富雄が口を開いた。
「実は僕達。また倉之助と一緒にサッカーをしたいんです。だから彼に学校に戻ってきてほしいんです」
しかしこの場に倉之助がやってきた。怖い顔をしていた。
「おい母さん!いい加減な事を勝手に話すなよ!さ、買わないんならもう帰ってくれ」
「?ごめんね。仕事中だったね」
「あのさ美咲。もうここには来ないで言ったろう?僕はもう。サッカーは諦めたんだから」
彼の冷たい声に美咲の顔色はサッと変わった。これを見たジョニーと富雄は黙っていられず立ち上がった。
「おい!!そんな言い方ないだろう」
「ほおっておいてくれるかな。俺はもう藤袴とは関係ないんだ!」
こんな男子の喧嘩にじっとしていられなくなった美咲は、間に入った。
「……ジョニー。富雄。帰ろう。倉之助、ごめんね、お邪魔して」
「……」
黙っている倉之助に頭を下げた美咲は二人の袖を引き、店を出ようとした。するとジョニーが倉之助に向かった。
「あのな。美咲はやっと藤袴のサッカー部に入部できたんだ。そして今、メンバーが不足の今、一番にお前を誘いに来たんだ。他の部の奴を誘う事もできるのに」
しかし、この話を富雄が制した。
「止めておけ!どういう事情か知らないが、自分を心配して来てくれた友人にそんな態度をとる奴に何を言っても無駄だ。ほら帰るそ、美咲も」
三人はコンビニを出た。美咲は静かに話し出した。
「ごめんね。二人供。これから塾なのに」
「俺達は良いけど。それよりも美咲の方こそ大丈夫か」
「まあ。へこんだけどね。すっかり私嫌われちゃったし」
いつも元気な彼女の悲しそうな顔にジョニーも富雄も胸が引き裂かれる思いだった。
「……美咲。俺達さ。後で倉之助にもう少し事情を話しに行くよ。だからお前はもう気にするな」
「そうとも。それにお前、週末、登山に行くんだろう?サッカー部伝統の露天風呂に入って来いよ。満点の星だぞ」
彼女を元気付けようと軽い話をしてくれる二人に美咲はうん!とうなづいて見せた。
「フフフ。やっぱり二人とも入ったんだね」
「情けないよな。俺達はオヤジから緊急連絡があって、山が噴火するかもしれないか下山しろって言われて仕方なく降りたんだよ。バカだろう?」
「そんなこと無いよ?息子思いの優しいお父さんだもん。ちょっと過保護だけどね?」
するとジョニーは美咲の肩を優しく抱いた。
「おいおい?翼に対して激甘の美咲がそれいうか?」
これを聞いた富雄も美咲の肩を抱いた。
「……違うよジョニー。やっぱり美咲は優しさで出来ているんだよ」
「ありがとう。二人とも。そんなに心配しないで?」
こうして彼らは家路に着いたのだった。
そして迎えた一年生の登山。 美咲は早朝学校に集合しバスに乗り山を目指した。親友の瞳は元気のない美咲を心配してくれていた。
こんな優しさで何とか山を登った美咲は友人達とさっそく夕飯の用意をした。かまどに薪をくべる瞳は楽しそうだった。
「あんたの手料理楽しみって……何それ。レトルトじゃないの」
「うん」
美咲が薪をくべて沸かしたお湯にいれたレトルトパウチを見て、瞳は眼を見開いた。
「何してんのよ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと食べ物作るから」
「ちょっと待って?あのさ、他の班みたくカレーとかシチューとか作らないの」
「うん」
「うんって?あんた料理が得意なんでしょう?」
驚く瞳に美咲は真顔で答えた。
「だって……こういう所で手の込んだ料理は難しいよ?それにお鍋も洗わないといけないし。油を使うと汚れるし、ちゃんと加熱しないとお腹を壊すしね。でも工夫するから任せて!」
そう言って美咲はレトルト食品に調味料をパっと混ぜて、オリジナル料理を作った。
「お待たせしました!」
「へえ。お洒落でおいしそう……まずインスタにアップしようっと!」
この料理を同じ班の男子も食べた。
「うわ?俺さ。いつも尚人が真田の料理を美味そうに食べているから食べてみたかったんだ……う、これ美味しい?」
「まだあるよ。これもどうぞ」
料理に全然労力を掛けなかった美咲達は、こうして食事を終え片付けも済ませ石を積んで遊んでいた。
するとそこに尚人が駆けこんできた。
「あ、いた?美咲!お助け!」
つづく