番外編 肝試し
文字数 3,284文字
海合宿の夏の夜。
美咲はサッカー部員達に誘われて夏限定の神社の肝だめしのコースにやってきた。
そのコース前には浴衣姿の女子マネさん達と三年の部員達が立っていた。
「美咲さん!こっちよ。わあ、可愛いわよ。その浴衣姿」
「ありがとうございます」
「そろったな。すまんな来てくれて」
人があんまり来ないのでサッカー部員に来て欲しいと地元商店街に頼まれた透はこれから皆で入ろうと言った。
そして彼はみんなにチケットを配った。
今夜のメンバーは、透、和希、純一、そして女子マネが二名だった。
「ちょうど男女六人だし、女の子だけでは心配だから二人一組で入ってくれ。じゃ、ペアを決めよう」
すると和希がすっと手を上げた。
「……透。すまんが俺は美咲でいいかな?美咲は俺の彼女から『本当のガールフレンド』として公認してもらっているんだよ」
「そうか。美咲は?」
「はい和希さん。行きましょう!」
「おう。一番に行かせてもらうぜ」
こうして二人は肝試しのコースへ入って行った。
神社の境内に行って帰って来るコースのようだった。
「なあ、美咲。デートの時は車道側を歩くけどさ、こういう狭い通路はどうしたらいいんだ?」
暗い道で本気の彼の誠実さに美咲は微笑んだ。
「ふっふ。本気で言ってるの和希さん?」
「おかしいかな」
「だって。階段で車は通らないでしょ……キャー?」
急に上から何を落ちて来てびっくりした美咲は和希さんの腕にしがみついた。こんな彼女を彼は珍しいなと思っていた。
「へえ。美咲は結構怖がりなんだな」
「お化けはなんでもないけど。急に襲ってくるのは驚くでしょ……キャー?もう!」
急に音がして驚いた彼女は和希にしがみついた。
「アハハ。少しは元気が出たみたいだな」
「別に私、普段通りだよ」
「そんなはずないだろう?俺達、反省しているんだ。美咲が全然元気がないからさ。無理やり合宿に誘ったのがいけなかったかなって」
「無理やり?」
「ほら、わざと冷凍庫のお金を忘れて届けさせたり。後はお前に海水をかけて帰れないようにしたとか」
「え?あれって、わざとだったの?」
「……理由はそれじゃなかったの?」
二人は思わず顔を見合わせた。
「でもさ。美咲は飯の時にいつもため息付いていたからさ。俺達みんな心配してたんだ」
「……そんな風に思ってたんだ……」
彼女はみんなの想いに胸が痛んだ。
そして和希がゆっくりと歩き出したので美咲も歩いた。
「じゃあさ。塞ぎこんでいる理由を言ってくれよ。俺達すぐに直すからさ」
「……ごめん。でもこれは私の問題だから」
優しい言葉に思わず涙が込み上げて来た美咲に和希は思わず顔を覗き込んだ。
「泣くなよ?頼むから教えてくれ!な、この通りだ!」
わがままイレブンを代表して理由を聞きにきた和希だったが、マジで心配なので彼女に寄り添った。
「……だって。今までの歴史を覆すような出来事なんだよ」
「こっちで聞くから、なあ、ここに座ろう?」
すると和希は美咲の腕をとり、神社の境内の階段に一緒に座った。
月が綺麗だった。
彼女はずっと気になっていたことを和希に打明けた。
「……今の話しを整理すると。美咲が用意したラー油を陽司が全然使わない事が原因なんだな。あの、俺ここまで合ってるよな?」
美咲はうんと頷いた。
「でも、ラー油を使わないくらいでそこまで落ち込むのはちょっと……俺にはわかんねえな」
「うううう」
「わ?ごめん」
「だって?陽司さんに持たせたラー油は私の特製なんだよ?あれを掛ければ何でも美味しいって言ってくれるから私、結構頑張って作って持たせたのに。一度も使わないんだもの。それよりも三ノ丸先輩に七味唐辛子をかけてもらって嬉しそうにしてるんだもん」
「美咲、お前……陽司の事……」
しかし美咲は話を続けた。
「だから陽司さんは今まで無理してラー油を掛けていたのかなって思って。そんな風に考えたらロミオもマヨネーズが好きじゃないかもしれないし、尚人だってまずいのに無理して食べているじゃないかって……ううう」
「それは……考え過ぎじゃないか」
「私もそう思う……。だからこの事は気にしないようにしてたの。あのラー油だって良く考えたら陽司さんが持たせてくれって言ったわけじゃないもの。私が一方的に渡したのだし」
「………何もそこまで思わなくても」
「ううん。だからこれからは私。みんなにお料理をするのは止めようと思って。無理をさせちゃうから」
「美咲……」
その時、和希のスマホが鳴った。
そろそろゴールしないといけないみたいだ。
「さ、行こう。私、和希さんに話を聞いてもらって、すっきりしたから」
こうして立ち上がった和希と美咲はゴールを目指した。
しかし。ゴールした所には仲間はいなかった。
美咲は和希と一緒にベンチに座って後続を待っていた。
「おい、見ろ。星が綺麗だぞ」
「うん。そうだね……」
満点の空にはまぶしいくらいの星が瞬いていた。
「あのな。今日の浴衣も綺麗だし。美咲は料理が上手で優しいしから。みんなお前が好きなんだ」
「ありがとう」
「あのさ、俺は彼女がいるけどさ。心の友というか、美咲は一番の女友達として大切なんだよ」
「嬉しい……そんな風にいってもらって」
二人で空を見上げた。
他人が見たら恋人同士に見える二人だった。
「なあ、だからさ。自信持てよ。俺達何年付き合っているんだよ?もっと仲間を信頼しろよ」
そういって和希は彼女の頭をそっと撫でてくれた。
「……うん。ありがとう。すこし元気でたよ。あ。先輩達が出て来た」
純一と女子マネの一宮がこっちへやってきた。
今の話しを絶対他の人には言わないと和希と約束した美咲は、彼らを出迎えた。
そして全員で民宿に帰った。
そんな事があった後日。
帰りの貸し切りバスに美咲は乗り込んだ。
……来る時は兄貴のバイクだったから、ええーとどこに座ろうかな?
すると女子マネさんに言われた席に彼女は座った。
今朝も片付けのために四時起きだった美咲は、出発する前で席で寝てしまった。
「……おい起きろ。美咲。イビキかいてるぞ」
「うん……って?ここはどこ」
高速道路の景色だった。しかも隣は……。
「陽司さん?あ、あの」
「なんだ」
「わ、私がいたら、狭いでしょう?私、補助席に移るから」
すると彼はムスとした顔で彼女を見た。
「いや。補助席はぜんぶ壊れているから、ここに座ったままでいいぞ」
「でも……」
……非常に気まずい……
「じゃあ。私、空席に移動するから」
「あいにく空席は一つも無い!あ、キョロキョロするな。皆が起きるから」
この話に美咲は席に小さくなって座り直した。
……でも陽司さんは三ノ丸先輩と座りたいんじゃないのかな?
「あのね。私やっぱり席を交換するよ?次のパーキングエリアで、ね?」
すると陽司は彼女をぐっと肩寄せた。
「え」
「ラー油の件だが。それにはちょっとした理由があるんだ」
耳元で囁く低い声に思わずドキとした。
「あの、別に無理して使わなくていいから。あんなの捨てても良いし……」
「……美咲。これを見ろ」
そういって陽司は唇を見せた。
「何これ」
「口内炎が出来ていて。辛い物を控えていたんだ。せっかくお前がもたせてくれたの悪かった」
……口内炎か。ラ―油はしみるだろうな……。そんな事に気が付かないとは。やっぱり私はまるでダメだな。
「ごめんね。まるで気が付かなくて」
「謝る事はない」
「言ってくれれば傷にしみない料理にしたのに」
「お前のものは一切しみない」
「でも……」
落ち込む彼女に陽司は彼女の手を取った。
「美咲。はい、これ」
「……え」
小さな貝殻は綺麗なピンク色だった。
「ああ。綺麗だから、やる」
「……貝殻か」
「おい、不満か?」
「ううん?フフフ!」
この時、この二人の背後から透が声を発した。
「……よし。みんな起きていいぞ。美咲の機嫌が治ったぞ」
やったーと!寝たフリ軍団は奇声を上げた。
「起きてたの?」
美咲の通路を挟んだ隣のロミオはうん!とうなづいた。
「そーだよ!ねえ、美咲。愛してる《14106》……」
「心配かけてごめんね!あ」
美咲にキスしたロミオにマネジャー五人はきゃあああと悲鳴を上げた。
「ちょと美咲ちゃんに何しているのよ、ロミオ」
「だって。好きなんだもん