第3話

文字数 649文字

早朝猿の寝ぐら、母猿が騒いだ。
「坊や!坊やが帰ってきた!」
不格好な走り方、へとへとなかれをひしと抱きしめ、「ごめんよ、もう諦めるしかなかったんだ」
「あら、右手が血だらけ、沢で洗ってらっしゃい」
かれはじんじん熱い右手を沢に浸けた。
まじまじと見て驚いた。
右手首から先の、手がなかった。
血がいくらでも沢に流れ、気が遠くなる。
本能的に沢から手を引っ込めると、意識を失いその場に倒れた。

目を醒ますと血が止まっていた。
母猿が傷を舐めたり、笹の葉をあてたりしていたが、季節は夏、乾いたのが良かった。
しばらく具合が悪かった間、母猿は親身に世話をした。
しかし元気になると、途端に冷たくなった。
かれは、そろそろ大人の猿として見られる年頃になっていたからかもしれない。
それからが不便した。
片手じゃうまく殻が剥けず、もたもたしてたら餌がなくなる。
胃腸、歯の順に悪くして、痩せ細った。
群れの中で立場がなかったかれは、それまでオスの猿たちが交代でしていた見張り役を、自分からする様になった。
みんな嫌がった見張り役の仕事は、だから簡単にやり過ごされた。
みんなが食ってる間食えないのだから。
役目を終えて戻ると、僅かな木の実。
嫌な仕事だから、交代でされていた。
しかし、かれは違った。
持ち前の好奇心と脚力で、尾根をあちこち歩き回り、危険があるとすぐにキーキー騒いで報せた。
やりがいに満ちていた。
天職と思った。
認めてもらえるかもしれない。
かれは、必死だった。
しかし、みんなと食事をともにする事がなくなり、かれはより孤立するばかりだった。
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