三 雪は降る ケイは来ない
文字数 3,081文字
一月二十七日、月曜。
年明けにチーフデザイナーの不祥事が発覚して以来、チーフデザイナーとデザイン企画室長は出社していたが、実務から外されていた。その二人が本日付けで解雇された。
これまでMarimuraの全商品企画は、オーナと事業部の部長、各部のデザイン企画室長とチーフデザイナーによって行われてきた。
今回の不祥事で企画会議の在り方が見直され、担当デザイナーも商品企画に加わることになった。タエが在籍しているデザインルームは、レディース事業部のレディースアウターウエアデザイン企画室にある。
一月二十九日、水曜。
「こんな格好でいいのかな?」
午後からの商品企画会議に出席するため、デザインルームの奥にあるドレスルームで、メタボの中林なつみが服装を気にしている。
タエが、服装を選ぶメタボのナツに、デザインルームからアドバイスする。
「こっちの紺のベルベットのサロペットにして、このブレザーを着ればいいよ。中はそうだね。薄紫のブラウスかな・・・」
中林なつみにアドバイスするタエに生方京子が言う。
「ねえ、チーフは誰になると思う?」
「今日の商品企画会議は商品パターンとカラー決定だ。人事は関係ないよ」
そう言いながらタエは、コイツ、何を勘違いしてるんだろうとは思った。
「でもさ、ちょっとくらい、話は出るでしょう?」
生方京子は何か期待している。昇進したいのだろう。
「生産予定が遅れてるから、そんな話は出ないよ。素材メーカーも縫製も生産を止めてるんだ。呑気なことを言ってられない。
はい、サンプルと色見本を運びなさい。タブレット忘れてるよ」
タエはデザイナーたちに企画会議の準備を急がせた。デザインルームではデザイン専用の端末かパソコンを使うが、会議では持ち運びに便利なタブレットを使う。
デザイナーたちに指示しながら、タエは苛立ちを感じた。いちいち注意しないと、デザイナーたちは準備しない。あたしが入社した時よりデザイナーの質が落ちてる。嫌になっちゃう・・・。なんだか足が冷えるなあ・・・。
タエはデザインルームの窓を見た。ブラインドの影から、窓ガラスにあたる白い物が見える。わっ、雪が降ってる。こんな時期に夏物の商品企画会議なんて気乗りしない。いくら仕事でも、季節感がずれすぎてる・・・。
そう思いながら、タエはデザイナーたちとともにデザインルームを出て、同じフロアにある会議室へ向った。
夕刻四時に会議が終った。
タエは、決定した商品企画にそった発注書をパソコンに入力しながら、身体の痛みを感じた。仕事が一区切りしたと思ったらコレだ。気が一機に緩んだみたいだ。このスリムな身体が悲鳴をあげはじめてる・・・。
ちっとばっかし太りたいなあ。太れば、胸もちっとはでっかくなるのに・・・。
タエはメタボの中林なつみをチラ見した。胸はまさに大(おお)ッパイだ。タエは小(ちい)ッパイだ。だけどワイン樽のような中林なつみのウエストに比べたら、タエのウエストはバイオリンのように括れてる。そう思うとタエはうれしかった。この体型に生んだ母と、母を生んだ祖母に感謝だなあ・・・。タエは笑みを浮かべた。
「やっと一区切りついて、なんだかうれしいね」
生方京子がタエの笑みを見て話している。
「うれしいけど、とっても疲れたよ・・・」
そう言いながらタエはふと思った。チーフデザイナーとデザイン企画室長がいなくたって仕事は進む。二人の立場って何だったんだろう・・・。
「だけど、妙だよね。解雇された二人、不要な人材だよ。何してたんだろう・・・」
赤井あつみもタエと同じに、デザイン企画室長とチーフデザイナーが何をしてたかふしぎに思っている。
デザインデスクのインターホンが鳴った。会話はスピーカーでデザインルームの全員に聞える。
「はい。木村です」
「ああ、総務の大沢です。緊急連絡です」
タエは木村タエ。ケイは大沢ケイだ。
「大雪で交通が止まりそうだから、仕事を切りあげて帰宅してください。
社内放送するけど、事前に伝えておきます。
地下鉄も止まる可能性があります。
あとの指示は、Marimuraの社員専用ホームページで確認してください」
ケイの声はキビキビしている。
「わかりました。仕事の区切りがいいから、全員帰宅させます」とタエ。
「こっちが終ったら、そっちへ行きます」
業務連絡を終えたケイは、なんだか陽気な感じだ。
「はい、待ってます」
タエはインターホンを切った。
「聞いてのとおり、急ぎでない事はやめて退社してくれ!
あとの事は、社員専用ホームページで確認すること!」
タエはデザイナーたちに帰宅を急がせた。
「わかりましたあ~。さあ、かえろ!かえろ!」
タエの指示に、生方京子がさっさっと帰り支度している。赤井あつみも大林さゆりも生方京子に遅れずに帰ろうとデスクを片づけはじめた。
まもなく、帰宅を促す社内放送がフロアに流れた。
「ナツ。片づけはいいから、早く帰るんだよ。わかった?
途中で食べ物なんか買い込むんじゃないよ」
タエはメタボの中林なつみに注意した。
「はい、帰ります・・・」
ドレスルームの中林なつみは着換えを急いでるつもりだろうが、のんびり動いているようにしか見えない。タエはそう思いながら、書きあげた発注書を送信した。コレで、ほんとに一区切りする。
デザインルームの強化ガラス越しに、通路を行く男が見えた。このフロアで見覚えない男だ。なんとなくヤスオに似てる。考え過ぎか・・・。
デザイナーたちが帰り、午後五時を過ぎた。
デザインルームにケイが現れない。ケイはまだ六階の総務部にいるはずだ。何をしてるんだろう?
ぐう~っと腹が鳴った。はらがへった~。ケイはどうして来ないんだろう?
午後六時が過ぎていた。
雪はどうなった・・・。
タエはデザインデスクから離れ、窓辺でブラインドの隙間から窓の外を見た。
雪は、昼過ぎより激しく降っている。
「おまたあ~」
ケイのスットンキョウな声に、タエはふりかえった。ケイがデザインルームのドアでタエを待っている。
いつも、オマタア~は、他の事を連想するからヤメロって言ってるのに、ケイはやめない。まあ、男の前で言うわけじゃないから、良しとするか・・・。
「はらへった~。電車、どうなった?」
タエはデスクの上のバッグを取った。ケイとともにデザインルームを出てドアをロックし、照明を消して通路へ歩いた。
「まだ動いてる。雪が降ってるのに積ってないよ」
「よかった!電車が混むといやだからね。
ケイ。最近、新人が入った?」
「誰も入ってねえぞ」
「さっき、みんなが帰ったあと、見たことねえのがここを歩いてた。ヤスオに似てた」
タエは退社時刻前に見た男のことを話した。
「部外者は立ち入り禁止だ。見覚えあんのが、ヤスオに見えたんだべ」
ケイがそう言う間に、二人はエレベーターホールに着いた。
「他人の空似か・・・。」
「そういうこと・・・。まあ、ヤスオに見えても、無理ねえべ」
タエは下りボタンを押した。待機していたエレベーターのドアが開いた。二人はエレベーターに乗った。ふりむいて閉じるドアを見たタエは、五階フロアの隅が明るいのに気がついた。まだ人がいるらしい。さっき見た男はレディース事業部担当の営業部員か・・・。
「今晩はなに食う?」とケイ。
「ブリはどう?だけど、その前に何か食いたい。ハラヘッタゾ!」
タエは空腹だった。このまま帰るのはつらい。何か食べたい・・・。
「わかった。駅ビルで買物の前に、ちっと寄り道すっか・・・」
エレベーターが一階に着いた。
年明けにチーフデザイナーの不祥事が発覚して以来、チーフデザイナーとデザイン企画室長は出社していたが、実務から外されていた。その二人が本日付けで解雇された。
これまでMarimuraの全商品企画は、オーナと事業部の部長、各部のデザイン企画室長とチーフデザイナーによって行われてきた。
今回の不祥事で企画会議の在り方が見直され、担当デザイナーも商品企画に加わることになった。タエが在籍しているデザインルームは、レディース事業部のレディースアウターウエアデザイン企画室にある。
一月二十九日、水曜。
「こんな格好でいいのかな?」
午後からの商品企画会議に出席するため、デザインルームの奥にあるドレスルームで、メタボの中林なつみが服装を気にしている。
タエが、服装を選ぶメタボのナツに、デザインルームからアドバイスする。
「こっちの紺のベルベットのサロペットにして、このブレザーを着ればいいよ。中はそうだね。薄紫のブラウスかな・・・」
中林なつみにアドバイスするタエに生方京子が言う。
「ねえ、チーフは誰になると思う?」
「今日の商品企画会議は商品パターンとカラー決定だ。人事は関係ないよ」
そう言いながらタエは、コイツ、何を勘違いしてるんだろうとは思った。
「でもさ、ちょっとくらい、話は出るでしょう?」
生方京子は何か期待している。昇進したいのだろう。
「生産予定が遅れてるから、そんな話は出ないよ。素材メーカーも縫製も生産を止めてるんだ。呑気なことを言ってられない。
はい、サンプルと色見本を運びなさい。タブレット忘れてるよ」
タエはデザイナーたちに企画会議の準備を急がせた。デザインルームではデザイン専用の端末かパソコンを使うが、会議では持ち運びに便利なタブレットを使う。
デザイナーたちに指示しながら、タエは苛立ちを感じた。いちいち注意しないと、デザイナーたちは準備しない。あたしが入社した時よりデザイナーの質が落ちてる。嫌になっちゃう・・・。なんだか足が冷えるなあ・・・。
タエはデザインルームの窓を見た。ブラインドの影から、窓ガラスにあたる白い物が見える。わっ、雪が降ってる。こんな時期に夏物の商品企画会議なんて気乗りしない。いくら仕事でも、季節感がずれすぎてる・・・。
そう思いながら、タエはデザイナーたちとともにデザインルームを出て、同じフロアにある会議室へ向った。
夕刻四時に会議が終った。
タエは、決定した商品企画にそった発注書をパソコンに入力しながら、身体の痛みを感じた。仕事が一区切りしたと思ったらコレだ。気が一機に緩んだみたいだ。このスリムな身体が悲鳴をあげはじめてる・・・。
ちっとばっかし太りたいなあ。太れば、胸もちっとはでっかくなるのに・・・。
タエはメタボの中林なつみをチラ見した。胸はまさに大(おお)ッパイだ。タエは小(ちい)ッパイだ。だけどワイン樽のような中林なつみのウエストに比べたら、タエのウエストはバイオリンのように括れてる。そう思うとタエはうれしかった。この体型に生んだ母と、母を生んだ祖母に感謝だなあ・・・。タエは笑みを浮かべた。
「やっと一区切りついて、なんだかうれしいね」
生方京子がタエの笑みを見て話している。
「うれしいけど、とっても疲れたよ・・・」
そう言いながらタエはふと思った。チーフデザイナーとデザイン企画室長がいなくたって仕事は進む。二人の立場って何だったんだろう・・・。
「だけど、妙だよね。解雇された二人、不要な人材だよ。何してたんだろう・・・」
赤井あつみもタエと同じに、デザイン企画室長とチーフデザイナーが何をしてたかふしぎに思っている。
デザインデスクのインターホンが鳴った。会話はスピーカーでデザインルームの全員に聞える。
「はい。木村です」
「ああ、総務の大沢です。緊急連絡です」
タエは木村タエ。ケイは大沢ケイだ。
「大雪で交通が止まりそうだから、仕事を切りあげて帰宅してください。
社内放送するけど、事前に伝えておきます。
地下鉄も止まる可能性があります。
あとの指示は、Marimuraの社員専用ホームページで確認してください」
ケイの声はキビキビしている。
「わかりました。仕事の区切りがいいから、全員帰宅させます」とタエ。
「こっちが終ったら、そっちへ行きます」
業務連絡を終えたケイは、なんだか陽気な感じだ。
「はい、待ってます」
タエはインターホンを切った。
「聞いてのとおり、急ぎでない事はやめて退社してくれ!
あとの事は、社員専用ホームページで確認すること!」
タエはデザイナーたちに帰宅を急がせた。
「わかりましたあ~。さあ、かえろ!かえろ!」
タエの指示に、生方京子がさっさっと帰り支度している。赤井あつみも大林さゆりも生方京子に遅れずに帰ろうとデスクを片づけはじめた。
まもなく、帰宅を促す社内放送がフロアに流れた。
「ナツ。片づけはいいから、早く帰るんだよ。わかった?
途中で食べ物なんか買い込むんじゃないよ」
タエはメタボの中林なつみに注意した。
「はい、帰ります・・・」
ドレスルームの中林なつみは着換えを急いでるつもりだろうが、のんびり動いているようにしか見えない。タエはそう思いながら、書きあげた発注書を送信した。コレで、ほんとに一区切りする。
デザインルームの強化ガラス越しに、通路を行く男が見えた。このフロアで見覚えない男だ。なんとなくヤスオに似てる。考え過ぎか・・・。
デザイナーたちが帰り、午後五時を過ぎた。
デザインルームにケイが現れない。ケイはまだ六階の総務部にいるはずだ。何をしてるんだろう?
ぐう~っと腹が鳴った。はらがへった~。ケイはどうして来ないんだろう?
午後六時が過ぎていた。
雪はどうなった・・・。
タエはデザインデスクから離れ、窓辺でブラインドの隙間から窓の外を見た。
雪は、昼過ぎより激しく降っている。
「おまたあ~」
ケイのスットンキョウな声に、タエはふりかえった。ケイがデザインルームのドアでタエを待っている。
いつも、オマタア~は、他の事を連想するからヤメロって言ってるのに、ケイはやめない。まあ、男の前で言うわけじゃないから、良しとするか・・・。
「はらへった~。電車、どうなった?」
タエはデスクの上のバッグを取った。ケイとともにデザインルームを出てドアをロックし、照明を消して通路へ歩いた。
「まだ動いてる。雪が降ってるのに積ってないよ」
「よかった!電車が混むといやだからね。
ケイ。最近、新人が入った?」
「誰も入ってねえぞ」
「さっき、みんなが帰ったあと、見たことねえのがここを歩いてた。ヤスオに似てた」
タエは退社時刻前に見た男のことを話した。
「部外者は立ち入り禁止だ。見覚えあんのが、ヤスオに見えたんだべ」
ケイがそう言う間に、二人はエレベーターホールに着いた。
「他人の空似か・・・。」
「そういうこと・・・。まあ、ヤスオに見えても、無理ねえべ」
タエは下りボタンを押した。待機していたエレベーターのドアが開いた。二人はエレベーターに乗った。ふりむいて閉じるドアを見たタエは、五階フロアの隅が明るいのに気がついた。まだ人がいるらしい。さっき見た男はレディース事業部担当の営業部員か・・・。
「今晩はなに食う?」とケイ。
「ブリはどう?だけど、その前に何か食いたい。ハラヘッタゾ!」
タエは空腹だった。このまま帰るのはつらい。何か食べたい・・・。
「わかった。駅ビルで買物の前に、ちっと寄り道すっか・・・」
エレベーターが一階に着いた。