十二 誰かの駒
文字数 4,329文字
昼休み(現在、二月五日、水曜日)。
タエは、ヤスオと出会ったあとの事をタエなりにメモにまとめて、社員食堂へ行った。
「ご飯がすんだら、お茶にしようね」
タエとケイは社員食堂で昼食をすませ、同じフロアの喫茶部へ移動した。
監視カメラの死角にあたる、カメラの真下の席に座り、タエは用意したメモをケイに見せた。
『ヤスオはMarimuraのデザインデータと企業データを見るために、あたしに近づいた』
「一目惚れはウソか・・・」
ケイは、ヤスオがタエに手を出さなかった訳がわかった気がした。ヤツは、タエに手を出すと私に言わなかった。そういう面でヤツは筋を通した。なんて事を考えてるんだ?あたしはアホな事を考え過ぎだ・・・。
タエは監視カメラが気になった。向きは今までと同じだが、機種が変っている。
カメラを目配せして、タエがケイに囁く。
「夕飯、また鍋物にすべさ。
焼き肉は、換気扇をまわしても、部屋に匂いがこもるから・・・」
タエもケイもベジタリアンに近い食生活をしている。肉は食べない。
「いいよ。なんの鍋にすっか、食材を見て決めるべ」とケイ。
「焼き肉の匂いは、シツコク部屋にくっついて、なかなか部屋から抜けないからね」
ケイは、上目づかいに目配せするタエを理解した。監視カメラが変ったのだから、盗聴機能がアップしている可能性があるのだ。
「スーパーで何を食いたいか、聞かせてな」とタエ。
「ああ、いいよ」とケイ。
「デザートは」とタエ。
「デザートも食うんか?寝る前の炭水化物の取り過ぎは、身体によくねえべさ。
タエはデブっていいんか?」
ケイが呆れたようにそう言ってタエを見つめて目配せした。盗聴を意識してわざとタエがふざけているのはわかっている。
「そんなこと、わかってるべ。だけど、目の前にケーキ出されたらどうする?」
タエがケイを見てニタニタ笑っている。
「べつばら~」とケイ。
「だよね~」
昼休みは笑いとともに過ぎていった。
仕事が終った。
帰宅前にタエとケイは錦糸町の駅ビルにあるスーパーマーケットに入った。
カートを押して食品売り場のフロアを移動しながらタエが訊く。
「夕飯、おでんはどう?」
「いいねえ!」
気持ちが一致した。二人は練り物のコーナーへ移動した。
練り物のコーナーで、おでん種を見つくろいながら、タエがケイに囁く。
「ヤスオの目的は何だったと思う?」
「タエは、ヤスオにデザインデータを見せたんだべ?何度くらい見せた?」
ケイの囁きに、タエが囁いて答える。
「ああ、スタイル画作成を手伝ってもらった。数回だ・・・」
なんてアホな事したんだ!
ケイはタエに、なぜ、部外者にデザインデータを見せたか問いつめたかったが、今さら問いつめても何もならない。口から出かかった言葉を引っこめて、おでん種をカートに入れた。
「そいで、二人で作業を終えたんか?
それとも、ヤスオが一人でデザインデータを見た時があったんか?
どっちだ?」
ケイはそう囁いて、
『タエ、この事は重要だぞ!はっきり答えろ!』
と心の中で呟いていた。
「あたしが疲れて居眠りしてるあいだに、ヤスオがスタイル画を完成させて、デザインデータのフォルダにファイルした事が何度かあった。
ヤスオが、企業データのサーバーにアクセスした可能性がある・・・」
なんて事だ!やべえぞ!ひっじょーにやべえぞ!
一瞬、昔の言葉づかいが、ケイの心の中を駆けめぐった。
「タエ、その事、誰かに話したんか?」
ケイが囁いた。タエのことだ。誰にも話していないはずだ・・・。
「ケイだけだ」
「絶対、他で話すな!いいな!」
ケイがサーバーのアクセス履歴を調べた時、ナツはもちろん、部外者がサーバーにアクセスした記録はなかった。アクセスしたのは管理職と総務だけだ。株主もアクセスできるのに、アクセス記録はなかった。
「わかってる・・・。
根菜は、野菜のコーナーで買うベ。大根と里芋とジャガイモはあたしたちで調理した方がいいべさ」
タエはペットボトル入りのおでん用出汁をカートに入れた。
「ああ、いいよ」
ケイがそう答えて二人は野菜のコーナーへ移動した。
これまでに起こったデザインデータ流失の結果が今回の人事異動だ。この事にヤスオが
絡んでる。ヤスオの件はあたしたちで調べるしかない。おでんの根菜類の調理と同じだ。
ケイはそう思いながら、タエに囁いた。
「時期から考えて、ヤスオがサーバーにアクセスしてれば、チーフデザイナーの件が発覚する前から、ヤスオは、デザインデータがコピーされたのを知ってた事になるべ。
あたしはタエの部屋にいても、サーバーにアクセスした事はない。
ヤスオがタエの部屋のパソコンからサーバーにアクセスしたんなら、ヤスオが使ったアクセスコードと顔認証と声帯認証は、誰んだべ?」
「あたしの部屋からなら、ケイのじゃないぞ」
「ヤスオは、誰かのアクセスコードと顔認証と声帯認証を使ったことになる」
「うん。あたしのパソコンを使われたんなら、完全なミスだな」とタエ。
「そう言うな。あたしだって、アクセス認証を使われた可能性があるんだ」
「ヤスオは黒幕だべか?」とタエ。
「その線が濃いな・・・」とケイ。
「そうなら、人事異動はヤスオが絡んでるぞ」
そう言った後で、タエは新しい部長の指示を思いだした。
「部長から指示された調査はどうなったん?」
「ああ、メールで連絡しといた・・・。ははあ、なんかわかった気がすんぞ・・・」
ケイは説明した。
株主たちは、デザインデータ流失を他社の企画担当から聞かされて、かなり前からMarimuraに四人のデザイナーを調査員として潜入させが、データ流失の指示が何処から出てるかわからなかった。
そこで、ヤスオがタエに近づいた。ヤスオはサーバーを調べて、デザインデーター流失に、前チーフと前室長が関係していた事を知ったが、それ以上はわからなかったため、人事移動が行われて、本田部長がケイに管理職の携帯の通信履歴を調べさせた。
その結果、前チーフと前室長は鞠村まりえの指示で動いていた事が解った。株主の通信履歴から、前チーフによるデザインデータのコピー履歴を見つけたのはナツだった。実際にコピー履歴を見つけたのはヤスオだったんだろう。
「と言うと、ヤスオはナツのアクセス認証を使ってたことになるけど、ナツの認証だと、サーバーのコピー履歴は探れねえべ。管理職の誰の認証を使ったんかな?株主の認証かな?」とタエ。
「その線が強いけど、株主のアクセス履歴はなかったし、本人がいないのに、顔認証と声帯認証をどうやって使ったんだべ?」
ケイもふしぎだった。
「わかんねえな・・・」とタエ。
「まあ、そんことはあとにすべさ。
通信履歴でわかったのは三つださ」
ケイは、調べた事を説明した。
「株主に指示されてナツがサーバーを調べ、デザインデータのコピーの実態を株主に伝えたことになってる。
株主は鞠村まりえを通じて、鞠村まりえの部下のチーフと室長を解雇させ、本田部長を就任させて実態をあたしたちに探らせた。
そして、鞠村まりえが前チーフと前室長に指示してMarimuraのデザイン企画を持ちだした事実がわかった。Marie Marimuraで販売するつもり気だったんだべさ。
ナツ(中林なつみ)もキョン(生方京子)もアツミ(赤井あつみ)もサユリ(大林さゆり)も株主の駒だ。部長の本田も株主の駒かもしんない」
「やっぱ、ヤスオは黒幕の一人だな。どうやってとっちめるべか」とタエ。
「帰っておでん食って考えるべさ」
「そうすべさ。先が見えてきたぞ。
おで~ん、でん、でん、おでん、でん。
おで~ん、でん、でん・・・」
タエが、妙なリズムで野菜コーナーを歩きだした。
野菜コーナーで、
「いらっしゃい。ケイさん。タエさん」
担当の田部井が二人を呼びとめた。
「気になって、昨日の話、妻の実家に電話で聞きましたよ。
そしたら・・・」
田部井は奇妙な事を教えてくれた。
昨日、田部井が話したように、沼田市の資産家は『本田隆太郎』と言い、本田隆太郎には二人の息子と娘がいた。
長男は本田康夫、次男は本田孝夫、末娘の妹は本田奈津だ。
長男康夫と妹奈津は、正妻昌江の子。
次男孝夫は、愛人矢部美沙の子。
正妻の昌江は高崎市の資産家、中川真蔵の娘だと言う。
愛人美沙は檜原村と奥多摩町に広大な山林を所有する矢部倫太郎の娘だ。
矢部倫太郎は八王子の本宅に暮らし、娘の美沙は八王子市内の別宅に暮している。
「田部井さん。それ、すごい話だね!」
タエは驚きを隠さずに言った。
「ええ、私も驚きました。資産家は資産家でつながってるんですね。
まるで、ハプスブルク家みたいです・・・」
「ハプスブルク家とは、畏れいったべ。田部井さんも、うまい表現するね」
ケイは田部井に感心した。同時に、今回の事件に絡んだMarimuraの経営に絡む、一連の状況がわかったように思え、タエを見て頷いている。
タエはケイの考えを理解してケイに頷いた。
「ところで、今晩は?オオッ、おでんですか!」
田部井はカートを見て感激している。寒い時はおでんに限ると言いたいらしい。
「そうで~す」
「それなら、根菜ですね!
大根とジャガイモは別の鍋で煮て下ごしらえしてください。
里芋も別の鍋で煮てぬめりを取って、別に味つけした方が煮崩れしないですよ。
出汁を沸騰させると、練り物はまずくなるから、八十℃くらいで温めてくださいね。まあ、釈迦に説法でしょうね」
田部井は陽気に笑っている。
タエとケイは田部井が勧める根菜類をカートに入れて、田部井に礼を言い、レジへ移動した。
思わぬ時に思わぬ情報が手に入る。知り合いは作っておくものだ。ヤスオも、あたしをそんなふうに見ていたのだろうか。タエはヤスオが残して行った指輪が気になった。指輪について、まだ、アクセサリー部のデザインデータすら調べていない。タエは、指輪が何かのメッセージのように気がした。
会計しながらケイが囁く。
「調べるのは、高崎の資産家中川真蔵と大株主の中林宗佑とナツ(中林なつみ)の関係と、本田康夫と本田孝夫だな・・・」
タエもケイに囁き返した。
「本田ヤスオ部長は本田康夫。矢部ヤスオは本田孝夫。ナツ(中林なつみ)が本田奈津だとすれば、高崎の資産家中川真蔵と大株主の中林宗佑は同一人物か、親族だね・・・」
これで、裏で動いているヤツラがわかる。なんだかタエは一安心した。
問題は矢部ヤスオだ。アイツ、なんで家電を持っていったんだ?八王子の矢部家が矢部倫太郎の別宅なら、矢部ヤスオは裕福なはずだ。家電なんか、盗む必要はない。
やっぱり、指輪を調べよう・・・。
タエは、ヤスオと出会ったあとの事をタエなりにメモにまとめて、社員食堂へ行った。
「ご飯がすんだら、お茶にしようね」
タエとケイは社員食堂で昼食をすませ、同じフロアの喫茶部へ移動した。
監視カメラの死角にあたる、カメラの真下の席に座り、タエは用意したメモをケイに見せた。
『ヤスオはMarimuraのデザインデータと企業データを見るために、あたしに近づいた』
「一目惚れはウソか・・・」
ケイは、ヤスオがタエに手を出さなかった訳がわかった気がした。ヤツは、タエに手を出すと私に言わなかった。そういう面でヤツは筋を通した。なんて事を考えてるんだ?あたしはアホな事を考え過ぎだ・・・。
タエは監視カメラが気になった。向きは今までと同じだが、機種が変っている。
カメラを目配せして、タエがケイに囁く。
「夕飯、また鍋物にすべさ。
焼き肉は、換気扇をまわしても、部屋に匂いがこもるから・・・」
タエもケイもベジタリアンに近い食生活をしている。肉は食べない。
「いいよ。なんの鍋にすっか、食材を見て決めるべ」とケイ。
「焼き肉の匂いは、シツコク部屋にくっついて、なかなか部屋から抜けないからね」
ケイは、上目づかいに目配せするタエを理解した。監視カメラが変ったのだから、盗聴機能がアップしている可能性があるのだ。
「スーパーで何を食いたいか、聞かせてな」とタエ。
「ああ、いいよ」とケイ。
「デザートは」とタエ。
「デザートも食うんか?寝る前の炭水化物の取り過ぎは、身体によくねえべさ。
タエはデブっていいんか?」
ケイが呆れたようにそう言ってタエを見つめて目配せした。盗聴を意識してわざとタエがふざけているのはわかっている。
「そんなこと、わかってるべ。だけど、目の前にケーキ出されたらどうする?」
タエがケイを見てニタニタ笑っている。
「べつばら~」とケイ。
「だよね~」
昼休みは笑いとともに過ぎていった。
仕事が終った。
帰宅前にタエとケイは錦糸町の駅ビルにあるスーパーマーケットに入った。
カートを押して食品売り場のフロアを移動しながらタエが訊く。
「夕飯、おでんはどう?」
「いいねえ!」
気持ちが一致した。二人は練り物のコーナーへ移動した。
練り物のコーナーで、おでん種を見つくろいながら、タエがケイに囁く。
「ヤスオの目的は何だったと思う?」
「タエは、ヤスオにデザインデータを見せたんだべ?何度くらい見せた?」
ケイの囁きに、タエが囁いて答える。
「ああ、スタイル画作成を手伝ってもらった。数回だ・・・」
なんてアホな事したんだ!
ケイはタエに、なぜ、部外者にデザインデータを見せたか問いつめたかったが、今さら問いつめても何もならない。口から出かかった言葉を引っこめて、おでん種をカートに入れた。
「そいで、二人で作業を終えたんか?
それとも、ヤスオが一人でデザインデータを見た時があったんか?
どっちだ?」
ケイはそう囁いて、
『タエ、この事は重要だぞ!はっきり答えろ!』
と心の中で呟いていた。
「あたしが疲れて居眠りしてるあいだに、ヤスオがスタイル画を完成させて、デザインデータのフォルダにファイルした事が何度かあった。
ヤスオが、企業データのサーバーにアクセスした可能性がある・・・」
なんて事だ!やべえぞ!ひっじょーにやべえぞ!
一瞬、昔の言葉づかいが、ケイの心の中を駆けめぐった。
「タエ、その事、誰かに話したんか?」
ケイが囁いた。タエのことだ。誰にも話していないはずだ・・・。
「ケイだけだ」
「絶対、他で話すな!いいな!」
ケイがサーバーのアクセス履歴を調べた時、ナツはもちろん、部外者がサーバーにアクセスした記録はなかった。アクセスしたのは管理職と総務だけだ。株主もアクセスできるのに、アクセス記録はなかった。
「わかってる・・・。
根菜は、野菜のコーナーで買うベ。大根と里芋とジャガイモはあたしたちで調理した方がいいべさ」
タエはペットボトル入りのおでん用出汁をカートに入れた。
「ああ、いいよ」
ケイがそう答えて二人は野菜のコーナーへ移動した。
これまでに起こったデザインデータ流失の結果が今回の人事異動だ。この事にヤスオが
絡んでる。ヤスオの件はあたしたちで調べるしかない。おでんの根菜類の調理と同じだ。
ケイはそう思いながら、タエに囁いた。
「時期から考えて、ヤスオがサーバーにアクセスしてれば、チーフデザイナーの件が発覚する前から、ヤスオは、デザインデータがコピーされたのを知ってた事になるべ。
あたしはタエの部屋にいても、サーバーにアクセスした事はない。
ヤスオがタエの部屋のパソコンからサーバーにアクセスしたんなら、ヤスオが使ったアクセスコードと顔認証と声帯認証は、誰んだべ?」
「あたしの部屋からなら、ケイのじゃないぞ」
「ヤスオは、誰かのアクセスコードと顔認証と声帯認証を使ったことになる」
「うん。あたしのパソコンを使われたんなら、完全なミスだな」とタエ。
「そう言うな。あたしだって、アクセス認証を使われた可能性があるんだ」
「ヤスオは黒幕だべか?」とタエ。
「その線が濃いな・・・」とケイ。
「そうなら、人事異動はヤスオが絡んでるぞ」
そう言った後で、タエは新しい部長の指示を思いだした。
「部長から指示された調査はどうなったん?」
「ああ、メールで連絡しといた・・・。ははあ、なんかわかった気がすんぞ・・・」
ケイは説明した。
株主たちは、デザインデータ流失を他社の企画担当から聞かされて、かなり前からMarimuraに四人のデザイナーを調査員として潜入させが、データ流失の指示が何処から出てるかわからなかった。
そこで、ヤスオがタエに近づいた。ヤスオはサーバーを調べて、デザインデーター流失に、前チーフと前室長が関係していた事を知ったが、それ以上はわからなかったため、人事移動が行われて、本田部長がケイに管理職の携帯の通信履歴を調べさせた。
その結果、前チーフと前室長は鞠村まりえの指示で動いていた事が解った。株主の通信履歴から、前チーフによるデザインデータのコピー履歴を見つけたのはナツだった。実際にコピー履歴を見つけたのはヤスオだったんだろう。
「と言うと、ヤスオはナツのアクセス認証を使ってたことになるけど、ナツの認証だと、サーバーのコピー履歴は探れねえべ。管理職の誰の認証を使ったんかな?株主の認証かな?」とタエ。
「その線が強いけど、株主のアクセス履歴はなかったし、本人がいないのに、顔認証と声帯認証をどうやって使ったんだべ?」
ケイもふしぎだった。
「わかんねえな・・・」とタエ。
「まあ、そんことはあとにすべさ。
通信履歴でわかったのは三つださ」
ケイは、調べた事を説明した。
「株主に指示されてナツがサーバーを調べ、デザインデータのコピーの実態を株主に伝えたことになってる。
株主は鞠村まりえを通じて、鞠村まりえの部下のチーフと室長を解雇させ、本田部長を就任させて実態をあたしたちに探らせた。
そして、鞠村まりえが前チーフと前室長に指示してMarimuraのデザイン企画を持ちだした事実がわかった。Marie Marimuraで販売するつもり気だったんだべさ。
ナツ(中林なつみ)もキョン(生方京子)もアツミ(赤井あつみ)もサユリ(大林さゆり)も株主の駒だ。部長の本田も株主の駒かもしんない」
「やっぱ、ヤスオは黒幕の一人だな。どうやってとっちめるべか」とタエ。
「帰っておでん食って考えるべさ」
「そうすべさ。先が見えてきたぞ。
おで~ん、でん、でん、おでん、でん。
おで~ん、でん、でん・・・」
タエが、妙なリズムで野菜コーナーを歩きだした。
野菜コーナーで、
「いらっしゃい。ケイさん。タエさん」
担当の田部井が二人を呼びとめた。
「気になって、昨日の話、妻の実家に電話で聞きましたよ。
そしたら・・・」
田部井は奇妙な事を教えてくれた。
昨日、田部井が話したように、沼田市の資産家は『本田隆太郎』と言い、本田隆太郎には二人の息子と娘がいた。
長男は本田康夫、次男は本田孝夫、末娘の妹は本田奈津だ。
長男康夫と妹奈津は、正妻昌江の子。
次男孝夫は、愛人矢部美沙の子。
正妻の昌江は高崎市の資産家、中川真蔵の娘だと言う。
愛人美沙は檜原村と奥多摩町に広大な山林を所有する矢部倫太郎の娘だ。
矢部倫太郎は八王子の本宅に暮らし、娘の美沙は八王子市内の別宅に暮している。
「田部井さん。それ、すごい話だね!」
タエは驚きを隠さずに言った。
「ええ、私も驚きました。資産家は資産家でつながってるんですね。
まるで、ハプスブルク家みたいです・・・」
「ハプスブルク家とは、畏れいったべ。田部井さんも、うまい表現するね」
ケイは田部井に感心した。同時に、今回の事件に絡んだMarimuraの経営に絡む、一連の状況がわかったように思え、タエを見て頷いている。
タエはケイの考えを理解してケイに頷いた。
「ところで、今晩は?オオッ、おでんですか!」
田部井はカートを見て感激している。寒い時はおでんに限ると言いたいらしい。
「そうで~す」
「それなら、根菜ですね!
大根とジャガイモは別の鍋で煮て下ごしらえしてください。
里芋も別の鍋で煮てぬめりを取って、別に味つけした方が煮崩れしないですよ。
出汁を沸騰させると、練り物はまずくなるから、八十℃くらいで温めてくださいね。まあ、釈迦に説法でしょうね」
田部井は陽気に笑っている。
タエとケイは田部井が勧める根菜類をカートに入れて、田部井に礼を言い、レジへ移動した。
思わぬ時に思わぬ情報が手に入る。知り合いは作っておくものだ。ヤスオも、あたしをそんなふうに見ていたのだろうか。タエはヤスオが残して行った指輪が気になった。指輪について、まだ、アクセサリー部のデザインデータすら調べていない。タエは、指輪が何かのメッセージのように気がした。
会計しながらケイが囁く。
「調べるのは、高崎の資産家中川真蔵と大株主の中林宗佑とナツ(中林なつみ)の関係と、本田康夫と本田孝夫だな・・・」
タエもケイに囁き返した。
「本田ヤスオ部長は本田康夫。矢部ヤスオは本田孝夫。ナツ(中林なつみ)が本田奈津だとすれば、高崎の資産家中川真蔵と大株主の中林宗佑は同一人物か、親族だね・・・」
これで、裏で動いているヤツラがわかる。なんだかタエは一安心した。
問題は矢部ヤスオだ。アイツ、なんで家電を持っていったんだ?八王子の矢部家が矢部倫太郎の別宅なら、矢部ヤスオは裕福なはずだ。家電なんか、盗む必要はない。
やっぱり、指輪を調べよう・・・。