2020年6月10日 

文字数 999文字

「それでね、オンライン面会というのを予約しといたんだけど、私これの使い方全然わからんで……」

 佳代子さんは申し訳なさそうに頭を垂れて、病院のオンライン面会の案内用紙を私に渡してきた。
 私は佳代子さんの生活を支援する訪問介護員をしている。だから、オンライン面会に必要なアプリをインストールしたり、その対応をすることは業務の範囲外だ。「それぐらいやってあげたらいいのに」と思われるかもしれないが、介護保険を利用するにあたって、訪問介護員がその日の気分で業務内容を調整するなんてことは原則あってはならない。
 今、入院しているのは佳代子さんの夫の周治さんで、もともと老々介護だった。周治さんの持病の悪化に伴って入院となり、そのタイミングで新型コロナの騒ぎが起こったのだ。
 以前は夫婦どちらの支援もしていたので、佳代子さんが周治さんを献身的に介護していたのも知っている。面会もできなくて、佳代子さんの食欲が落ちていることも、冷蔵庫の中を見ればわかることだった。

「手伝いたいのは山々なんですが……」

 そう答えると、佳代子さんは悲しそうに笑った。

「……そうよね。面倒なこと言ってごめんなさい」

 このコロナ禍の影響で、私達の仕事はいつにも増してハードになった。リモートワークなんて不可能な仕事なうえ、仕事をするリスクから退職者も増えていた。今日も佳代子さんの支援が終わったら、あと三件回らなければいけない。
 オンライン面会の案内用紙を見る。面会時間は予約制で10分間。もうすぐ予約の時間だ。

 私は腕を組んで唸る。買い物の時間、調理の時間、掃除の時間を想像する。

「佳代子さん、スマホ貸してください!」

 佳代子さんが健康的に過ごすために、これは必要な支援だ。会社やケアマネージャーさんには事後報告になってしまう。だけれど、いい。怒られてしまおう。
 佳代子さんのスマホに急いでアプリをインストールして、面会の手続きを終わらす。
これで間に合ったはずだ。

 予約していた時間ちょうどに、病院からビデオ通話がかかってきた。

「もしもーし、聞こえていますかー?」

 画面の向こうには、笑顔の周治さんと看護師さんが映っていた。

「お父さーん、ヘルパーさんが手伝ってくれたんだよぉ」

 佳代子さんは涙を流しながら手を振っている。看護師さんは私の姿を見ると、一礼をした。

「お疲れ様です!」

「……お疲れ様です!」

頑張っているのは、私だけじゃない。

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