籠の中のみかん

文字数 856文字

 南九州の山道を車で移動中、掘っ建て小屋でみかんを売っていた。ひと籠百円の殴り書きの看板に誘われて車を止める。籠に盛ったみかんが並ぶ、店とは言えない軒先で、店番の老婆が二人、ストーブを囲んで何の戸惑いもない、世界に春が訪れたような輝く笑顔で、若い娘のようにはしゃいでいる。大きな声で喋っているが方言がきつくて何を言っているのかわからないが、南国の情熱が燃えているのか、とにかく楽しそうなのだ。世界は暖かい光、慈愛や平和に満ち溢れているように感じた。二人は近づく私に気がつかず会話を続けている。
 「きみちゃん、利通とはいめっの時、あたはそれをみっちょんきいもたのよ。」
 きみちゃんはこらえきれずに笑いを吹き出した。
 「しげちゃん、利通のはふとかった?」
 「ふといってもんじゃない、しまでこんじゃった!あたはおとろしかだ!」
 両手を広げるしげちゃんは細い目を開き、そのあと、大笑いをした。
 「しげちゃん、おはんな受け入れいっきゃしたな?」
 しげちゃんは笑いをこらえて右手をあげると、選手宣誓のように背筋をピンと伸ばした。
 「せんせい!股がぱしいないもした!」
 しげちゃんのふざけっぷりにきみちゃんは、この世の終わりのように破壊的な大笑いをし、しげちゃんは手で顔を多い、「ひゃー!」と言いながら大きな照れ笑いを隠そうとしていた。これは、おそらく、しげちゃんが初体験を面白おかしくふざけ倒して話をしていたのだ。他人が聞いてはいけない話だろう。そっとその場を離れようとしたら、私が居たのをきみちゃんが気付いてしまった。笑いをこらえながら
 「こあ、ぼっはんも!ひゃひゃひゃ!」
 虚をつかれたしげちゃんは、一瞬目を開いたが、しかし笑いを止めもせず、しわくちゃな顔を手で顔を覆い、腹を抱えた照れ笑い。
 「あたはげんねい、げんねい!」
 と言いながら照れつつも私に近づいてきた。此の期に及んで恥ずかしがるしげちゃんときみちゃんを見て、私の出来ることは、照れ笑いを浮かべつつ、しげちゃんのさするような握手を受け入れることだけだった。
 
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