第3話
文字数 1,915文字
「彼」のお願いという名の命令にしぶしぶ従い、身支度を調えたわたしは食卓につく。メニューは手作りらしい、ハムと玉子とレタスを挟んだサンドイッチにコーンスープ。
わたしの好物だ。
「いただきます」
サンドイッチは文句の付けようがない完璧なバランスだった。向かいには、同じメニューをまえに「彼」が座って、わたしをじっと見ている。
「おいしいわよ」
「恐れ入ります」
「彼」のことはいまだによくわからない。
最初は全然食事を摂らなくて、というかもともと料理をする習慣がないみたいで、調理器具の使い方や料理の作りかたはわたしのそれを見て覚えたようだった。そのくせ、わたしより数段器用で、料理本どおりの完璧なメニューを難なくマスターするところに腹が立つ。
身体の構造がどうなっているのか、食事をしなくても生命活動を維持できるみたいで、ひとり食事をするところをじっと見られるのが落ち着かないわたしが「あんたも食べて」と強制してから、「彼」は食事に口を付けるようになった。
「月子さんは、今日はまっすぐに帰宅されますか」
「え、うん、たぶん」
「畏まりました。ではその時間に合わせて食事の支度を致します」
なに、この微妙に新婚夫婦みたいな会話。口調がちょっと堅すぎるけど。
「ご飯の支度とか、しなくていいって。わたしに気を遣わなくていいから好きなことして過ごしなよ」
「好き、とはどういうものなのか、私には把握できていませんが、おそらく、私の好きなことは、月子さんのお世話をすることなのだと思います」
生真面目な顔でそういわれてわたしは絶句する。柄にもなく動揺した。それを「彼」に見透かされていると思うと、ますます落ち着かない。
「な、なんでわたしなのよ? 地球人なんていっぱいいるじゃない。あんたの星の先祖が助けてもらった地球人の子孫がわたし、というわけじゃないんでしょ?」
「はい。なぜ月子さんなのか、と問われても、お答えできません。波長が合った、というか、私はあなたにお仕えしたいと感じたので、そのとおりにしているだけです。ほかの仲間たちもそのようなものだと思います」
「え?」
今なにか聞き捨てならないことを耳にした気がする。
「あんた以外にも地球に来てる異星人がいるの?」
「はい、もちろんです。私の星の先祖の時代からもうずっと、地球との交流はつづいています。その縁から地球人とつがいになり、こちらに帰化して永住する仲間も少なくありません」
つがいって。
「ええええっ」
「じゃ、じゃあ、ふつうにそのへんにあんたみたいなひとがいるってこと?」
「はい、そうです。先日も買いものに出かけたさい、仲間に会いました」
「えっ、わ、わかるの?」
「もちろんわかります。ああ、人間から我々を識別するのは難しいようですが」
それはそうだろう。わたしなら絶対に気付かない自信がある。
「そのひとも、地球人のだれかと一緒に暮らしてるの?」
「そのようです。月子さんよりは少し年上の男性と一緒にいましたから」
「その人は男? 女?」
「女性の姿でしたが、我々には明確な性別の区別はありません。雌雄同体です。今の私は男性体ですが、これは月子さんとつがいになるよう私が選んだためで、我々は地球を訪れるさいに、こちらの流儀に倣って、相手とつがいになるように性別を選択します。同性でも問題はありませんが、こちらではそれはまだ主流ではないようなので」
「そ、それってつまり、ペアになること前提で地球に来てるってこと!?」
「希望としてはそのとおりです。我々も子孫は残したいですし、地球人にはとても親近感を抱いていますから。結果として、地球人とつがうことも想定してあります」
「そんなことひとこともいわなかったじゃないの!」
「聞かれませんでしたから」
しれっと答える「彼」をわたしは睨み付ける。それって結局、確信犯じゃないの!
「人聞きの悪いことをいわないでください。当然ですが、私は月子さんの意思を尊重します。決して無理強いはしません」
あたりまえじゃない! もし万が一なにかされたら大家さんにいいつけてやる!
って、待てよ。
あの大家さんなら、むしろ喜んで「彼」に協力する気がするのはなぜ。
「そのとおりです。大家さんは私の味方になってくださるとのことです」
やっぱり。
「わたしはもう男には懲り懲りだから! ひとりで強くたくましく生きていくんだから! 絶対にあんたと、つ、つがいになったりしないんだから!」
お願い。だれかわたしの平和な生活を返して!
*****
彼女の受難の日々はまだ始まったばかり。
わたしの好物だ。
「いただきます」
サンドイッチは文句の付けようがない完璧なバランスだった。向かいには、同じメニューをまえに「彼」が座って、わたしをじっと見ている。
「おいしいわよ」
「恐れ入ります」
「彼」のことはいまだによくわからない。
最初は全然食事を摂らなくて、というかもともと料理をする習慣がないみたいで、調理器具の使い方や料理の作りかたはわたしのそれを見て覚えたようだった。そのくせ、わたしより数段器用で、料理本どおりの完璧なメニューを難なくマスターするところに腹が立つ。
身体の構造がどうなっているのか、食事をしなくても生命活動を維持できるみたいで、ひとり食事をするところをじっと見られるのが落ち着かないわたしが「あんたも食べて」と強制してから、「彼」は食事に口を付けるようになった。
「月子さんは、今日はまっすぐに帰宅されますか」
「え、うん、たぶん」
「畏まりました。ではその時間に合わせて食事の支度を致します」
なに、この微妙に新婚夫婦みたいな会話。口調がちょっと堅すぎるけど。
「ご飯の支度とか、しなくていいって。わたしに気を遣わなくていいから好きなことして過ごしなよ」
「好き、とはどういうものなのか、私には把握できていませんが、おそらく、私の好きなことは、月子さんのお世話をすることなのだと思います」
生真面目な顔でそういわれてわたしは絶句する。柄にもなく動揺した。それを「彼」に見透かされていると思うと、ますます落ち着かない。
「な、なんでわたしなのよ? 地球人なんていっぱいいるじゃない。あんたの星の先祖が助けてもらった地球人の子孫がわたし、というわけじゃないんでしょ?」
「はい。なぜ月子さんなのか、と問われても、お答えできません。波長が合った、というか、私はあなたにお仕えしたいと感じたので、そのとおりにしているだけです。ほかの仲間たちもそのようなものだと思います」
「え?」
今なにか聞き捨てならないことを耳にした気がする。
「あんた以外にも地球に来てる異星人がいるの?」
「はい、もちろんです。私の星の先祖の時代からもうずっと、地球との交流はつづいています。その縁から地球人とつがいになり、こちらに帰化して永住する仲間も少なくありません」
つがいって。
「ええええっ」
「じゃ、じゃあ、ふつうにそのへんにあんたみたいなひとがいるってこと?」
「はい、そうです。先日も買いものに出かけたさい、仲間に会いました」
「えっ、わ、わかるの?」
「もちろんわかります。ああ、人間から我々を識別するのは難しいようですが」
それはそうだろう。わたしなら絶対に気付かない自信がある。
「そのひとも、地球人のだれかと一緒に暮らしてるの?」
「そのようです。月子さんよりは少し年上の男性と一緒にいましたから」
「その人は男? 女?」
「女性の姿でしたが、我々には明確な性別の区別はありません。雌雄同体です。今の私は男性体ですが、これは月子さんとつがいになるよう私が選んだためで、我々は地球を訪れるさいに、こちらの流儀に倣って、相手とつがいになるように性別を選択します。同性でも問題はありませんが、こちらではそれはまだ主流ではないようなので」
「そ、それってつまり、ペアになること前提で地球に来てるってこと!?」
「希望としてはそのとおりです。我々も子孫は残したいですし、地球人にはとても親近感を抱いていますから。結果として、地球人とつがうことも想定してあります」
「そんなことひとこともいわなかったじゃないの!」
「聞かれませんでしたから」
しれっと答える「彼」をわたしは睨み付ける。それって結局、確信犯じゃないの!
「人聞きの悪いことをいわないでください。当然ですが、私は月子さんの意思を尊重します。決して無理強いはしません」
あたりまえじゃない! もし万が一なにかされたら大家さんにいいつけてやる!
って、待てよ。
あの大家さんなら、むしろ喜んで「彼」に協力する気がするのはなぜ。
「そのとおりです。大家さんは私の味方になってくださるとのことです」
やっぱり。
「わたしはもう男には懲り懲りだから! ひとりで強くたくましく生きていくんだから! 絶対にあんたと、つ、つがいになったりしないんだから!」
お願い。だれかわたしの平和な生活を返して!
*****
彼女の受難の日々はまだ始まったばかり。