——破壊神Kさん

文字数 942文字

 『隔離』の女性患者さんで、Kさんという病棟の有名人がいらっしゃった。

 その方はホールに出てきては叫びながら椅子を倒したり本のページを破いたり、日々破壊活動に勤しんでおられるとても

患者さんだった。



 ところで、病棟で使われていた独特な言い回しとして、「元気」と「調子がいい」というものがあった。
 それは心身の具合が良さそうだというわけではなく、その逆を表す 。
 普段から叫んだり暴れたりしている患者さんが、いつも通り叫んだり暴れたりしているのを見て、そう言うのだ。



 毎日とてもお元気なKさんだが、愛すべきポイントは何と言ってもその ”叫び声のボリューム” だった。
 見た目の4分の1くらいに小さいのだ。

 私はその声真似が得意で患者仲間と話すときに鉄板ネタとしてよく使っていたが、病棟を出た今となっては誰にも伝わらないし、不謹慎極まりないので全く役に立たない。

 とはいえ破壊神であることには変わりなく、机を叩いたり、モノを投げたり、ホールの中心でギャーと叫びながら下半身を露出し始めたりと、非常に調子がよろしくなってくると普通に悪影響なので、男性看護師に羽交い締めにされ隔離へ引きずられていく姿は日常茶飯事だった。(同年代女子の患者と私はそれを『バックハグ』と呼んで、「私たちも叫びながら暴れたらバックハグしてもらえるかなあ」と羨ましがっていた。)

 ハロウィンの夜なんかは、渋谷に負けじと消灯間際までたいそうお元気で、「ハロウィンってやっぱすごいんだな……」とみんなで感心したものだ。



 そんなKさんの母性を垣間見ることができた日があった。

 破壊活動中のKさんをよく(なだ)めていた男性の患者さんが明日で退院、というある昼下がり。
 ホールのソファでKさんがその男性の腕をがっしり抱いて仲良く(?)座っていた。

 他の患者たちはにこやかに
「Kさんも寂しいんだねえ」
と笑い合い、
 看護師たちも
「お2人の邪魔しちゃ悪いですから」
と引き剥がしたりせずに放置して、その日は病棟全体に2人を暖かく見守ろうという一体感が生まれていた。
 私も謎のエモさ(と自分じゃなくて本当によかったという安堵感)に浸っていた。

 ただ看護主任だけは、Kさんにしがみつかれて身動きが取れない男性患者の姿に慌てふためいていた。
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