第4話 初めての帰り道と神社。

文字数 2,531文字

 期末テストが終わり、いよいよ夏休み目前である。今学期最後の美化委員会の会議のあと、シオンが言った。


「このあと時間ある?確か今日は茶道部ないよね」


 キコは初めて話しかけられたときと同じくらい、固まった。何かの誘いだとしたら、いったい何なのか。けれどすぐ持ち直して答えた。


「…あああ、うん、今日は部活無いから帰るだけ、うん、時間ある。何、テストの復習、なわけないか私より勉強できるのに」

「じゃあ一緒に帰ろう」

「え?」


 キコは思考が止まった。しばし立ったままだったが、シオンに声をかけられて我に返り、急いでカバンを取りに教室に入った。


 初めてシオンと一緒に帰る事になった。


 そういえば、男子と二人で帰ること自体、初めてだ。そもそも、男子から「大っ嫌い」と言われたことも初めて。告白だってされたことがないのに、「大っ嫌い」とは。


 キコは地元民なので自転車通学だが、シオンは電車で約1時間ほどかけて学校まで通っている。ということは駅まで一緒に行くのだろうと思ったキコだったが、シオンは駅とは反対方向へ歩いていく。


「駅はこっちじゃないけど。迷った、わけないか」

「迷うわけないね。まっすぐ帰るのもつまらないから寄り道だよ。時間あるんでしょ」

「うん、まあ」


 二人の通う高校は市街地にある。15分ほど歩き駅とは反対方向の住宅地を抜けると、畑や田んぼが見えてきた。


「こっちの方に来るの久しぶりだなあ。地元だけど、田んぼに用事ないからさ」

「僕、生まれてから小1まで、この街に住んでたんだよ」

「え、そうなんだ!?じゃあ実は地元一緒なのね」

「そうなるのかな。そのあとも何度か引っ越したけど、この街が一番長く住んだし、高校もこの街だもんね」


 さらに歩いていくと小高い森が見えてきた。森の中には小さな神社がある。神社の敷地は狭いのだが、そこまで上るには急な階段を上らねばならない。


「ここの神社ね、小さいころにおじいちゃんとよく来てたよ。全然人がいなくて落ち着くし遊び放題で…」


 シオンは何も答えず、さっさと鳥居をくぐり、階段を上って行った。キコも急いで自転車を鳥居の近くに停め、シオンを追った。


 久しぶりに上る急な石段は、若い体にも堪えた。キコは中学ではゆるいテニス部に入っていたのでそこそこ運動をしていたが、高校では茶道部に入部。授業以外で体を動かしていなかった。家だって自転車ですぐだ。なまっているのである。


 やっと神社に着くと、キコはしゃがみこんだ。シオンは平気そうな顔でキコを見下ろしている。


「大丈夫?」

「はあ…はは、子供の頃はもっと軽々上ってたのになあ…運動しなきゃな…」


 シオンは階段の一番上、鳥居の真下に座り、キコに隣に座るよう促した。石段の幅はそう広くなく、二人で座ると、教室の机の並びより距離が近くなる。近い距離で並んで歩くのは何も気にならなかったのに、キコは近距離で座ることにはどきどきしていた。


 断るのも失礼だし、ずらして下に座るのも変に意識しているように見えるかもしれない、と考え、キコは促されるまま隣に座った。


 木々に囲われた神社は、蒸し暑い下界とは大違いの涼しさだった。通り抜ける風も気持ちよく、階段運動で噴き出た汗がたちまち引いていく。


 無言が苦手なキコだが、この沈黙は心地よかった。
 この沈黙は知っている。


「大っ嫌い」


 シオンがこの沈黙を破った。しかも「大っ嫌い」で。満面の笑みで。まっすぐキコを見つめて。


「…何も覚えてないか」


 笑顔のままだったが、この時のシオンからは読み取れた。
 さみしい。
 この笑顔も知っている。
 同じくらいの年の男の子。


「あ…そうか…しおん、しおん…しおん君!!しおん君か!あの時の!突然いなくなってさみしかったんだよ!わ、え、まさかまた会えるなんて!久しぶり!」

「うん、久しぶり。なかむらきこさん」

「あれー、なんで分かんなかったんだろ。あの日のこと、忘れてたわけじゃないんだよ?面影ある?いやないな。かなりかっこよくなったよ。わからん」

「変わってない。面影だらけ。記憶を引き出すのが遅いんじゃない」

「え、すごい失礼!わーでも嬉しいな。そうだよ、初めて会った時も、笑顔で私のこと『大っ嫌い』って言ったんだ」

「言えば気づくかと思ったけど、1学期の間、全くその気配なしだったね」

「いや、気づいてるなら早く言ってよーもー恥ずかしい。大っ嫌いって言われてさ、シオン君を傷つけるようなことしたのかなって、私もやもやしてたんだから」

「…もやもやね」


 キコは、物心がつくかつかない頃、祖父に連れられて、たびたびこの神社に遊びに来ていた。いつ来ても、祖父とキコ以外は誰もいない、静かな神社だった。祖父と二人で座ってジュースを飲んだり、けん玉を教わったり。


 ほどなく祖父は帰らぬ人となり、キコもそれからは神社に来ることはなくなっていた。


 小学一年の時のこと。当時、キコの両親の仲は修復不可能なまでになっていた。常に二人はいらいらギスギス、ケンカを通り越してお互いを無視していた。特に母親は手は出さないまでも、子供たちが呼びかけるたびに、異常なまでに「うるさい」「静かにしろ」と叫んでいた。


 母親に話しかけると怒鳴られる、父親はまだ優しかったが、子供にもわかるほど疲れていた。せめて姉とだけでは仲良くしたくて、話しかけたり遊ぼうと誘ったりしていたのだが、母親の気分が移ったように、キコにつっけんどんな態度をとっていた。


 姉はよく「離婚しろよ」とつぶやいていたが、キコには「リコン」が何かよくわからないし、家族がバラバラになることが怖かった。でも家にいることもつらかった。


 仕事で両親が家にいないとはいえ、家そのものに辛さを覚えていたキコは、学校が終わってもまっすぐ帰らなかった。近所を適当にぶらぶらしたり、公園で友達と遊んでから帰ってみたりしたが、全く楽しくないし気分も晴れなかった。


 家でキコと触れ合ってくれるのは、猫だけという状況。朝から晩まで、つらくて、そしてもやもやしていた。


「そんな時だよ。シオン君と出会ったのは。あれも今くらいの季節だったねえ。おじいちゃんとよく来たこの神社を思い出したの。おじいちゃんにまた会えるかもしれない、なんて思って」
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登場人物紹介

中村キコ

高校1年生。猫が好き。

渡辺シオン

キコと同じクラスの生徒。猫が好き?

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